コロナでは休めない社会になるだけ…現役医師が「5類引き下げには大反対」と訴えるワケ
プレジデントオンライン / 2022年2月2日 16時15分
■現状では入院勧告や外出自粛要請が可能
オミクロン株の感染急拡大で、再び「新型コロナを2類感染症相当から5類感染症相当に格下げすべきだ」という議論が巻き起こっている。
小池百合子東京都知事が国に対して、新型コロナウイルス感染症を季節性インフルエンザと同等の5類に引き下げる検討を行うように求め、安倍晋三元首相や松井一郎大阪市長も同様の見解を持っていると報じられている。テレビでは感情的に「今すぐ5類に引き下げよ!」と口角泡を飛ばしている医師が引っ張りだこだ。
先月末に行われた日本経済新聞の世論調査でも「コロナをインフル並みに」という回答が6割を占め、現在の位置づけを維持すべきと答えた人は3割だったという。
現在、新型コロナウイルス感染症は感染症法における1~5類とは別の枠組みである「新型インフルエンザ等感染症」に分類されていて、入院勧告や外出自粛要請といった強い措置が可能となっている。また感染した場合、その治療にかかる医療費も公費負担となるため、費用面からも感染症法上の1~2類と同等の扱いだ。
これが小池都知事の求めるように5類相当となった場合、今後の感染拡大と医療供給体制にいかなるメリット・デメリットがあるのだろうか。またそれによって私たちにどのような影響が及ぶのだろうか。本稿では、この「新型コロナウイルス感染症5類問題」について、感情的な議論は努めて抑えて冷静に考えてみたい。
■5類引き下げ賛成派の意見
東京都では新規感染者が連日1万人を超え、病床使用率も50%を超える事態(本稿執筆時点)となっている。
一方、前回のデルタ株による第5波に比して感染者数が多い割には“重症者”がさほど増えておらず、感染者の症状は概してごく軽症で、それほど恐れる必要はないのではないかという楽観論がテレビをはじめとしたメディアで流されている。
そして何より2年以上におよぶマスク着用の“義務”、旅行や宴会、イベントの中止や延期、会いたい人に自由に会えないという不自由な生活に「いいかげんウンザリだ」との鬱憤が限界にまで蓄積してきている。これらが「新型コロナは季節性インフルエンザと同等でも良いのではないか」との意見が増えてきている理由であろう。
では「新型コロナを季節性インフルエンザと同等の扱い」にすることで、どのようなメリットが生じるのだろうか。それには現行のままではダメだという意見を述べている人たちの言葉に耳を傾けてみることが必要だ。
数多くの新型コロナ患者の診療を行ってきた経験から、現在の扱いを今すぐ変えるべきだと力説する医師の主張を動画で見た。その医師によると、現行のままでは、外来で診ていた新型コロナ患者を入院させようとするにも保健所を通さねばならず、そうかと言ってその保健所にも連絡がつかない。保健所を通さず診療した医師が紹介先の医師と直接交渉して入院できるようにすべきだと言う。
■「現状だと特定の医療機関しか診察できない」と言うが…
また現在の「新型インフルエンザ等感染症」の位置づけでは、診療所において感染疑い者を時間的・空間的に分離させる必要があるため、特に冬場の今は寒い外で待たせておかねばならず非常に危険。よって「今すぐ法改正もしくは省令を出してカテゴリーを変え、これまでの季節性インフルエンザのときのように診察室内に患者を入れ、そこで診察、検査できるようにすべきだ」としている。
この医師の他にも「今すぐ5類に」との意見を発する人の中には、「2類相当の現行のままだと、街のすべての医療機関で治療できず、一部の医療機関に殺到してしまう」というものがある。感染症法の縛りによって特定の医療機関でないと新型コロナの診察と治療が許されないため、病床が逼迫し医療難民が出てしまうという意見だ。
では、これらについてひとつずつ検討してみよう。
■コロナ患者でなくても入院は困難
まず、保健所を通さずに医師同士で直接入院交渉できるようにすべきだとの意見。確かにこれには一理ある。診断した診療所医師が自分で患者さんの経過を観察し、容体に変化を来した場合は、機を逸することなく高次医療機関に紹介する、これは通常診療ではごく当然に行われているやり方だ。それが可能であれば一番いいに決まっている。
しかし現在のように感染急拡大の局面で入院病床が逼迫している状況では、医師が直接高次医療機関に電話で交渉に臨めばスムーズに入院できるなどということはない。
先日も発熱外来を受診した高齢者を精査したところ、新型コロナ検査は陰性だったものの他の緊急入院を要する疾患が見つかったのだが、周辺の病院はどこに連絡しても満床につぐ満床。結局5カ所に断られ、受け入れ可能な病院にたどり着くまで優に1時間を要した。入院病床が逼迫している場合には、新型コロナでなくとも入院困難なのだ。
■診療の片手間に転院先を探すのは無理
現場の医師が患者さんの転送の段取りに手を取られていると、その他の患者さんの診療が完全にストップしてしまう。これも現場では大きな悩みのタネだ。その間に次から次に訪れる患者さんのカルテは、うず高く積み上げられることになる。このことは臨床現場を知っている人なら誰でも経験したことがあるはずだ。医師が直々に電話をすれば、その医師の願いとあらばと、特別な空きベッドが湧いて出てくるような病院が近隣にいくつもあるならまだしも、そんな魔法を使える病院など、このご時世どこにも存在しないだろう。
現場の診療所では近隣の高次医療機関の空床情報や重症病床使用状況などの情報がリアルタイムに分からない。仮に分かったところで診療の片手間に転院先を探すことなど極めて困難なのだ。
やはり現在のような入院病床逼迫時には、地域の行政機関が司令塔となってこれらの情報を一元管理し、それに基づき入院調整してもらうしかない。第5波が去ったあと、なぜそのような入院調整業務を強化する体制を作っておかなかったのか。あまりにも怠慢と言わざるを得ない。
このようなことを言うと「だからこそコロナを5類にして全数入院などにしなければ良いのだ」とのリプライを必ずもらうが、そのような主張をする人には自宅療養がどれだけ厳しいものであるかの想像力が著しく欠けている。現状では入院か自宅かの100かゼロなのだ。ホテル療養もあるが、感染急拡大局面では焼け石に水だ。
第5波であれだけ自宅放置となる人が多数出て死者まで相次いだにもかかわらず、入院適応外となった人の自宅療養を極力減らすための大規模療養経過観察施設の建設を、なぜ感染爆発が一段落していたときに行ってこなかったのだろうか。
■5類に引き下げたところで医療難民は減らない
次に、新型コロナを法的に季節性インフルエンザと同等の扱いにすれば、広く一般の診療所でも診察できるようになるのだから医療難民が減らせるのではないか、という議論について考えてみたい。それにはまず現状ではどうなっているのかを知る必要がある。
多くの人が誤解している可能性があるが、現在でも一般の診療所で新型コロナの患者さんの診療をすることは法的には問題ない。わざわざ5類に格下げしなくとも、現行の位置づけのまま街場のすべての診療所で診断・治療して構わないのだ。だが現実は違う。それはなぜか。
それは医療機関側の事情なのだ。ご存じの通り新型コロナは感染力が非常に強い。もし感染者が一般診療所の待合室で一定時間過ごしてしまうと、他の感染症以外の患者さんに容易に感染させてしまう。入り口や待合室が複数あるとか、動線が分離できる診療所でないと、感染疑いの患者さんを受け入れることは困難、いや不可能なのだ。先述の医師は「今までは完全に動線分離していたが、もう分離しきれない。インフルエンザと同じように診療するように変えた。おっかなびっくりやっている」と言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか……?
■コロナ以降に「発熱者お断り」に変えた診療所はインフルエンザにはどう対応していたのか?
そもそも5類であるインフルエンザであっても、本来なら入り口、受付、待合室は完全に分離しなければならないはずだ。だがコロナ以前を思い出してみてほしい。感染症対策に意識の高い院長の経営する診療所は分離していただろうが、多くの診療所では厳密に分離していなかったはずだ。
少し意地悪なことを言わせてもらえば、コロナ前はインフルエンザや発熱者を普通に診ていたのに、コロナ以降に「発熱者お断り」と急に変えた診療所は、コロナ以前はインフルエンザ疑いの患者さんを厳密に隔離していなかったということなのだ。
皆さんの中にも「新型コロナはそろそろ季節性インフルエンザのように街の診療所で普通に診療してくれればいいじゃないか。もう5類でいいよね」と思う方もおられるかもしれない。だがもし5類となったら、待合室で隣に座っている人がおでこに冷えピタを貼って咳込んでいる、あのコロナ以前の冬の待合室が再現されることになるのだ。「今すぐ5類に」と言っている方々は、それをまったく気にもせず許容できると言うのだろうか。
おそらく許容できると言う人は皆無だろう。では医療難民についてはどのような解決方法があるだろうか。「発熱者お断り」としている知人の医師は、感染急拡大のあおりを受けて一般の受診者が激減、連日ヒマでしょうがないと言っている。発熱外来のある診療所は逼迫している一方で、発熱外来を行っていない診療所は閑古鳥というアンバランスが生じているのだ。
これらの診療所に手伝ってもらわない手はない。後者のような診療所を地域で行政と医師会が抽出し、輪番で一般患者さんを診療せずに発熱外来を行う担当日を作って回してもらえないだろうか。これなら動線分離できない構造の診療所でも発熱者の診療は可能だ。5類にして待合室で発熱者をごちゃ混ぜにするより、よっぽど安全だし機動的・効果的ではないか。
「今すぐ5類に」の人たちに共通しているのは、「新型コロナとくにオミクロンは普通のカゼと同じだ。そのようなものの感染者数を数えたり、行動制限をするのはナンセンス。メリットよりもデメリットの方が大きい」という理屈だ。
さらにウイルス感染症が終息するには集団免疫が必要。感染者を抑えるよりも、むしろより多くの人が感染することによって多くの人たちが免疫を持つことでしか終息は期待できない。そのような意見に賛同する人も少なくない。すなわち、その過程で生ずる「多少の犠牲はやむを得ない」という主張もそこには垣間見える。
■次の変異株の重症化率が高かったらどうするのか
そして「今すぐ5類に」という人たちはオミクロンを最後に普通のカゼになる、これでコロナ禍は終息する、という希望的結末を大前提としている。ウイルスが今後も変異を続けることを否定しているわけではなさそうだが、感染力は強くとも重症化はさせないウイルスが主流となってwithコロナの時代が来るということを信じているのだ。
もちろん私だって一日も早くそのような世界になることを待ち望んでいる。だがその結末が必ず来るということを明確な証拠を持って断言できる人はいないはずだ。仮に断言する人がいたとして、その大前提が破綻しても何ら責任を負うことはないだろう。
このような希望的結末のもと、拙速に新型コロナを季節性インフルエンザと同程度の位置づけにしてしまって「オミクロンの次」が来た場合、そしてその新たな変異株がオミクロンのような“軽い”ものではなかった場合、またその位置づけを元に戻すのか。
また今の状況で季節性インフルエンザと同等の扱いとしてしまうと、検査体制は今よりもさらに不十分なものとなる。新たな変異株の出現さえ見逃すことになるだろう。「今すぐ5類に」の人たちの口から、このような事態への対処法は発せられているだろうか。
■基礎疾患なし20歳代の女性が肺炎に
そもそも「オミクロンが軽い」という昨今振りまかれているウワサ自体が間違いだ。確かに第5波のときのような急激な呼吸困難、肺炎といった症状を呈する患者さんは多くない。肺炎の有無で重症か否かを決める現在の分類では「軽症」に入る人が多いだろう。とはいえ、39度超えは珍しくない。ものを飲み込みたくないほどの咽頭痛もザラだ。
さらに先日、20歳代で基礎疾患なしのコロナ陽性者の女性が1週間たっても解熱しないためCT検査を行ったところ肺炎であった。一人暮らしで食料調達も困難、咳、熱が出続けているが、酸素投与レベルでないことから入院適応外、発症1週間以上たっていることからホテル療養も適応外と判断された(その数日後やっと入院が決まった)。
長年インフルエンザの診療をしてきた私だがこのような経験はしたことはない。やはり現時点で新型コロナとインフルエンザを同じとするのは乱暴だ。
「オミクロンの特性に応じた対応に変えるべき」などと医師でもない評論家がテレビでまことしやかに言っているのも目にした。だが実は外来で新型コロナと診断した患者さんがデルタなのかオミクロンなのか、現場の私たちにすら知らされていない。
現在では9割以上がオミクロンに置き換わっている(らしい)という、一般の方々と同じ情報しか持たないまま治療にあたっているのだ。つまり実際に現場で日々感染者と接している私たちでさえ、「オミクロンの特性」を完全に掴みきれているとは言えないのだ。この状況で5類、さらに検査せずとも診断してよいなどとなったら、せっかくの新薬を適切に使うことさえできなくなるだろう。後遺症さえうやむやとなる。これが医療現場の現実だ。無責任な発信は厳に慎んでいただきたい。
■「社会が回らなくなるから」という声は筋違い
「ウンザリ、もうたくさん」という気持ちは分かる。私も同じだ。自分自身が正常性バイアスに陥っているのではないかと思ってしまうこともある。しかしその不自由な生活は、新型コロナが5類でないことが原因ではない。不自由な生活に対して、行政、政府、政権が必要かつ十分な補償を行わないことが原因なのだ。その補償を十分に行った上で、感染防御体制、迅速かつきめ細かな治療フォローアップ体制を十分構築した上でなければ、元の生活には戻れないのだ。
「社会活動の維持が困難になるから5類に引き下げよ」との声もある。カゼ扱いにすれば社会を止めずにすむということだろうが、それはコロナ以前の市販のカゼ薬のCMにあった「カゼでも休めないあなたへ」という社会への回帰そのものだ。カゼよりも感染力の強いウイルスでこのようなことをやれば感染者はさらに増加し社会は止まる。考えてみるまでもない。
これまでの後手後手の不作為を棚に上げて、行政も政府も政権も、検査も診断も経過観察も治療もすべて自分でやるようにと私たちに迫ってきている。究極の自己責任社会だ。「もう国に頼っても仕方ない」と諦めてしまう気持ちになってしまうかもしれない。
しかしここで自暴自棄になり感染拡大を許容する方向に舵を切れば、老若男女問わず、余力のない者から淘汰されていく。それはひとごとではない。明日は自分自身に起きるかもしれないのだ。それでも良いのか。
■自己責任社会を許せば、弱者から淘汰されていく
「今すぐ5類に」と言っている人からは、5類にすれば現状をどう解決できるのかという具体的な話が一切出てこない一方で、言葉では「基礎疾患のある人、肥満、高齢者というリスキーな人に特化せよ」とのヒューマニストぶりはアピールされる。だがその「選択と集中」はその他の弱者をひとまとめにして切り捨てていることに他ならない。
医療費についてもそうだ。現行では公費負担となるところ、5類相当となれば公費負担とする法的根拠を失う感染症扱いとなる。それについて「今すぐ5類に」の人たちは「とりあえず期間限定で公費負担を続ければよい」などという。まさに本性見たり。すなわち「いずれは自己負担とすべき」という考えだ。
つまり公的負担、国家の責任をいかに期間限定、最小限にとどめるかということだ。医療費の負担が困難な経済的弱者は真っ先に切り捨てられることになろう。「今すぐ5類に」と言っている人たちの言葉に騙されてはいけない。
おや、そう言えば「今すぐ5類に」と声高に語っている政治家と彼らが所属する党派は、自己責任論者とくしくも同じか親和性が高いじゃないか。果たしてこれは単なる偶然と言えるだろうか。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。
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(医師 木村 知)
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