「10年にわたるひきこもり生活から奇跡の脱出」38歳男性が虐待された親を恨んでいない理由
プレジデントオンライン / 2022年2月26日 11時30分
関西地方出身の山添博之さん(現在38歳)は、公務員の父親と、園芸用品店を経営する母親のもとに三男として誕生。小5の冬、同級生たちからいじめられるようになる。体は常にアザだらけで、小6時には不登校に。すると、父親は殴る蹴るの暴力を振るい、それまでやさしかった母親も「お前に食べさせるものはない!」と食卓から排除し、夜中に「死ね!」と言いながら首を締めてくる。中2からは自室にこもり始めたが、両親も2人の兄も学校の先生も、助けてくれない。高校には入学したものの3年で中退した後は、長いひきこもり期間に突入した――。
■精神科の受診、NPOへの参加
高校3年時に中退してから、本格的にひきこもり生活となった山添博之さん(現在38歳)。小5生の時に同級生からいじめを受けたのを契機に不登校になると、親から虐待されて生きる希望を見いだせなくなり、何度も自殺を試みたが、怖くて死ねない。
「何度挑戦しても死ねないなら、社会に出ていくしかない」
そう思えたのは、23歳ごろのことだった。
自室にこもるようになった中2(13歳)から23歳までの約10年間、両親や兄弟、同級生らとほとんど話をしていないことや、小学校でのいじめによる対人恐怖がひどかったため、まずは精神科を受診するのが順当ではないかと自ら判断。精神科にかかるための費用を親に出してもらいたいという旨のメッセージを紙に書いて食卓に置いた。
ところが、山添さんがかかった精神科の医師は、数分話を聞いただけで、向精神薬や睡眠薬を処方。最初は出されるままに飲んでいたが、頭痛、吐き気、喉の乾きやめまいなどの副作用がひどい状態に。しかし、自己判断でやめれば、離脱症状に悩まされ、もっとつらくなる。
「おそらく抗不安剤や睡眠導入剤の依存症となっていたのだと思います。副作用がつらい。でも飲まないともっとつらい状態になるから、飲み続けるしかない。八方塞がり状態になっていました。でも2年ほどして、自分の判断で断薬しました。最初はとてもつらく、毎日ほとんど眠れず、強い不安に支配され、頭が常にボーとしていましたが、徐々にそういった禁断症状のようなものも消えていきました」
その後、社会復帰を目指すため、ひきこもりの人に居場所を提供するNPOを自分で見つけて参加。NPOではカードゲームをしたり、公園を散歩したり、掃除のボランティア活動をしたりして過ごした。
「当時は身近にひきこもり向けの居場所がなく、県を1つ超えて通っていました。結局私は、あいさつ程度の会話をするのが精いっぱいで、そこで友だちや人間関係を作ることはできませんでしたが、人がいる場所に慣れるという意味ではいい練習になったと思っています」
同じ時期、高卒認定試験を受け合格。人がいる場所に慣れてきた頃から自動車教習所に通い、介護初任者研修を受け、運転免許とホームヘルパー2級の資格を取得。24歳ごろからは、ハローワークから紹介された介護施設で働き始めた。
■人生の再スタート
社会人として初めて介護施設で働き始めた山添さんだったが、1カ月で辞めてしまった。対人恐怖症の度合いは減ったものの、壁があったのだ。
「介護の世界では、利用者や同僚と緊密な関係を築かないといけないのですが、私にはそれができませんでした……」
山添さんはしばらく職探しをし、あまり人と接することのない製造業の仕事に就く。1年経って、25歳になった頃、ある程度のお金が貯まってきたところで家を出た。父親は暴力、母親は食事を与えない。そんな“虐待の館”を自ら出たのだ。
最初に決めたのは、家賃2万9000円の狭い木造アパートで、エアコンもなかった。それでも山添さんは、毎日誰とも顔を合わせずに生活することができると思うと、「自分はやっと解放されたんだ! 自立して生きていくことができるんだ!」と感慨深く思ったという。
32歳ごろには、子供の頃から夢だった海外旅行を決行。以降、6年間で10カ国、30都市に滞在してきた。山添さんは1度旅に出ると、2~4週間は戻らなかった。
「日本にいると緊張するし、日本人はどこで仕事をしているのか、どの学校を出ているのかとすぐに聞くので、あまり話したくありません。海外ではネットで知り合った友人に会ったり、友人の家に泊めてもらったり。それが楽しくて、お金を貯めては海外に行くようになりました」
山添さんは昨年、TOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)で905点(990点満点)を取得した。中2年から不登校だった山添さんの英語学習は、自分で参考書や問題集を購入し、インターネットを活用した独学だ。将来的には通訳案内士などの英語を使う仕事の資格取得も視野に入れつつ、「英語学習は自分にとって、おそらく一生の課題としてマイペースに勉強を続けていきます」と語る。
■親を恨んでいるわけではない
33歳で製造業の仕事を辞め、現在は関東に移り住み、給料から積み立ててきた蓄えで生計を立てている。将来は動画制作やネットを活用したフリーランスワーカーとして稼げるようになるのが目標だが、「うまくいかなければ非正規の仕事をしながらでも動画制作は続けていきたい」と話す。
13〜23歳までの約10年間ひきこもりを続けた山添さんだが、自力で抜け出すことができたことが、当然ながら大きなターニングポイントとなった。
「私は相当重度のひきこもりだったと思います。早朝に犬と散歩したり、トイレや風呂、食事をとりに行く以外は全く部屋から出ませんでした。当時は自殺をしようと思って何度もチャレンジしていましたが、どうしても怖くて死ぬことができない。なら生きるしかないと思い、仕方なく社会復帰を目指しました。孤独で不安で怖くてみじめで押しつぶされそうで最低最悪な気分でしたが、両親も兄たちも学校の先生も、全く誰も助けてくれない。だったら自分でどうにかするしかないと自分を追い込むような形で、どうにか一歩を踏み出しました」
最初の一歩はとても勇気が必要だったに違いない。山添さんは23歳ごろにその一歩を踏み出し、25歳頃に家を出た。そして家族との関係性は自然とフェードアウトしていった。
「だからといって親を恨んでいるわけではないです。食べるものもパソコンも与えてくれた。NPOに参加する交通費や運転免許取得費用なんかも出してくれました。感謝しています。でも、そう思えるようになったのは、ひとりでも生きていけると思えるようになれたから。それまで自分は不幸だと思っていたし、不幸の原因は両親が私を虐待したり放置したりしたからだと強く恨んでいました」
山添さんは社会に出てしばらくは、自分がいじめられていたこと、ひきこもっていたことを隠してきた。知られたらまたいじめられるかもしれないという恐怖心とともに、「恥ずかしい」という思いもあったからだという。
「両親は、ひきこもりの息子がいることを世間に知られることが『恥ずかしい』と思っていたと思います。そうでなければ、専門機関などに相談したりして、何らかの対応をしたはず。でも、ずっと放置されていました。私自身にも家族に対する羞恥心はあって、身勝手な彼らのことを世間に知られたくないという気持ちがありました。いじめられてひきこもってしまった弱く不甲斐ない自分に対する羞恥心も強かったです」
誰かに相談し、助けを求めることができたら、山添さんはひきこもらずにすんだかもしれない。だが、山添さん自身も声をあげることができなかった。
筆者は家庭にタブーが生まれるとき、「短絡的思考」「断絶・孤立」「羞恥心」の3つが揃うと考えている。
山添さんの両親や兄たちは、家族がピンチに陥っても見て見ぬふりする「短絡的思考」に陥っていた。だから、外部に山添さんのひきこもりやいじめを知られまいとして隠匿し、山添さん自身も、ひきこもることで社会から「断絶・孤立」する。そして山添家全員に、世間に対する「羞恥心」があった。
山添家のタブーを破ったのは、他でもない山添さん自身だった。「生きるしかない」「自分でどうにかするしかない」と自らを追い込み、勇気を振り絞って自室を出たのだ。
■世界中にひきこもりは存在する
「羞恥心」を払拭(ふっしょく)できたのは、ひきこもり時代にインターネットを介してできた、海外の友人たちのおかげだった。
「長い間私は、自分が社会のレールから外れた恥ずべき存在だと思っていました。でも、それは狭い社会のフィルターを通じて見ていたから。もっと幅広い観点で自分を見られるようになってからは、『自分だけが特別に恥ずべき人間ではない』と開き直ることができるようになりました。視野を広げるきっかけになったのは、インターネットや海外で出会った友人たちの評価や言葉が大きいと思います」
山添さんは現在、YouTubeを使い、世界に向けて自分のひきこもりの体験談などを英語で発信している。
「海外にもひきこもりの人はたくさんいます。最近は『Hikikomori』という単語が英語圏に浸透しつつあり、英語圏の一部の辞書にも収録されています。私のYouTubeやSNSに海外から寄せられるメッセージから感じたのは、ひきこもる原因は日本と似ていて、親子関係やいじめ体験が関わっていることが多いこと。一方、海外特有の傾向としては、ドラッグ中毒がひきこもりのきっかけになっているケースも珍しくないようです」
2021年には海外のひきこもりの人々と共同し、ひきこもり体験談を収録したドキュメンタリー動画を制作。ドイツやアメリカ、インドネシアやリトアニアなど、11人の男女のひきこもり体験談を紹介している。
■誰でもひきこもりになる可能性はある
内閣府が公表した「令和3年版 子供・若者白書(全体版)」の「不登校の状況」によると、平成25年度から令和元年度にかけて、小・中学生の不登校者は7年連続で増加し続けている。
不登校の要因は、「無気力、不安」が最も多い(39.9%)。次いで「いじめを除く友人関係をめぐる問題」(15.1%)。3番目に多かったのは「親子の関わり方」(10.2%)だった。
「不登校」と聞くと、「学校の問題」「友人関係の問題」のようなイメージがあるが、「親子の関わり方」が3番目の要因に挙がっているように、「家庭の問題」も大きく関わっている。
山添さんのケースからも、きっかけは友人関係だったが、両親の関わり方も多大な影響を及ぼしていることがわかる。
しかし、「不登校」や「ニート」など、近年「ひきこもり」に準ずる人口が増えているのはなぜだろうか。
自身も元不登校・ひきこもり当事者であり、2001年に不登校・ひきこもり状態の本人や家族の相談や援助を実践する「ヒューマン・スタジオ」を設立した丸山康彦さんはこう話す。
「かつては、大人になってもブラブラしている人は地域に1人や2人はいたようですし、『居候』という言葉も当たり前にありました。私見ですが、ひきこもりが増えている理由は、『大人になったら就労するのが当たり前』という価値観が年々強まっている反面、社会のキャパシティが狭まり、社会に出るルートが少なくなっているからだと考えられます」
丸山さんは設立から現在まで、約90人の不登校・ひきこもり状態の本人や家族の相談や援助を行ってきた。
「相談会や家族会を実施していると、誰でもひきこもりになりうるということがわかります。また、生きていて何らかの『困難に直面した/困難が積み重なった』ときの表れ方には、ひきこもり以外にも、非行や犯罪・いじめや虐待・自死や精神疾患などがあり、どれになるかは人それぞれです」
■家族や友人がひきこもりになった時の3つの対処法
では、もしも自分の大切な家族や友人がひきこもりになってしまった場合、どのように対処したらいいのだろうか。丸山さんは、対処法として「3原則」を挙げてくれた。
【家族や友人がひきこもりになった時の3つの対処法】
本人を「ひきこもっている○○」と見るのではなく「家族の○○」「友だちの○○」と、ひきこもりになる前と同じように見て同じように接する。「ひきこもっているから~する/しない」という接し方(特別扱い)をしない。
2:対応の基本は「配慮」「模索」「積み重ね」
ひきこもりは病気でも悪行でもなく生きざま。だから普遍的な技術や正解はない。治療でも矯正でもなく妊婦に接するように配慮した接し方を続ける。常に本人に合った対応を模索し積み重ねていく。
3:“支援思考”から“生活思考”へ
社会復帰させるための対応ではなく「ひきこもり生活の質(ひきこもりQOL)」を高める対応(生活上の困りごとを解決・楽しみを見つける・安心感を持たせる)を考え実行し、本人と家族の幸せを追求する。
1と2は相反するようだが、丸山さんは、「『気にしない』をベースにして、その上に必要な対応を積み重ねていくイメージ」と話す。
「お子さんが病気になった場合、親御さんは看病したり、病院へ連れて行ったりしますが、それ以外ではいつもどおり接します。病気であることを除けば、そのお子さんはそれまでどおりのお子さんですから。しかしひきこもりの場合、『ひきこもりであることを除けば、わが子はそれまでどおりのわが子だ』と思える親御さんはほとんどいないのです」(丸山さん)
山添さんのように、ひきこもる本人が自発的に自室や家を「出よう」と思えるようになればそれに越したことはないが、実際はなかなか難しい。
ひきこもりの子供を「いない存在」として扱い、家族全員がひた隠しにする、“家庭のタブー”は家庭の構成員によって生じるものだ。だからこそ、ひきこもり事例の中には、家族の対応を改善しただけで、本人が社会参加できるようになったケースもある。
家庭のタブーが破られるタイミングは、前出の「短絡的思考」「断絶・孤立」「羞恥心」のどれか、もしくは全部が解消されたときだと筆者は考えている。つまり、家族全員がこれら3つの要素を解消できれば、ひきこもり問題も解決につなげることができるのではないだろうか。
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ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。
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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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