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「ウクライナは早く降伏するべき」そうした主張は日本の国益を損ねるトンデモ言説である

プレジデントオンライン / 2022年3月28日 13時15分

2022年3月22日に撮影・公開された、ロシア軍の攻撃によって破壊されたウクライナ南部マリウポリの市街地 - 写真=Satellite image ©2022 Maxar Technologies/AFP/アフロ

■脅威を理解するための3つの視座

ロシアのウクライナに対する侵略戦争が、世界中に大きな衝撃を与えている。ヨーロッパから離れた日本ですら、かつてない衝撃を受けている。ただ日本では、テレビやラジオで、評論家ら日本人がウクライナ人に対して降伏を説教するなど、異様な事件も起こっている。日本人の多くは、まだ事態の深刻さがのみ込めていないのではないか、と感じざるを得ない。

多くの人々が、大変なことが起こっている、とは感じている。だがそれがどんな大変さなのか、理解するのは、必ずしも簡単ではないのだろう。そこで本稿では、国際法、地政学、政治体制論の3つの視座から、ウクライナ危機が国際秩序に放っている脅威の性格を描いてみる。そしてそれぞれにおける日本の立場を確認することによって、日本にとってそれらの脅威が何を意味しているのかを見ていくことにする。

■明白な国際法違反と言い切れる理由

まず強調しなければならないのは、ロシアのウクライナ侵略が、明白な国際法違反だということだ。現代国際社会の秩序は、「国連憲章体制」とも呼ばれる。国連憲章は、世界憲法とは違うが、しかし193の加盟国が国際社会の根本秩序について合意した内容を持っているという点で、国際法の体系的な基盤となっている。国連憲章とは、組織としての国連も凌駕(りょうが)した規範のことである。

今回のロシアの侵略行為は、この国際社会の根本規範に明白に反している。国連憲章は、第2条4項において武力行使の一般的禁止を規定している。2条1項は主権平等の原則をうたい、2条7項では他国の国内管轄権への干渉を禁じている。一般人への攻撃などの国際人道法違反も甚大だが、まずもって国連憲章に明白に違反していることが、国際社会の秩序そのものに対する脅威だと認識されている理由である。

■国際司法裁判所はロシアに武力行使の停止を命じている

なお憲章2条4項が禁止している武力行使には、自衛権行使と、国連安全保障理事会が発動する憲章7章の強制措置を含まない。例えば、現在ウクライナが行使している武力は、侵略者ロシア軍に対する自衛権の行使であり、合法である。ロシアは、ウクライナ東部にいる住民の保護のために武力行使をしているかのような言い方もしているが、規模と範囲と方法において、そのような説明が全く成立しないことは言うまでもない。

オランダ・ハーグの国際司法裁判所
写真=iStock.com/Monique Shaw
オランダ・ハーグの国際司法裁判所 - 写真=iStock.com/Monique Shaw

3月17日に国際司法裁判所(ICJ)がウクライナの訴えを認めて、ロシアの武力行使の停止を命じる仮保全命令を出した。ウクライナが手続き論的にロシアも加入するジェノサイド条約に依拠した訴えを行ったこともあり、法的拘束力を持つ判断だ。ICJは、国際社会において最も権威のある法審査機関である。また、国連総会も、法的拘束力を持つものではないとはいえ、ロシアの国際法違反を非難する決議を採択している。ロシアが現代国際法の中核原則に違反していることは、すでに高い次元で確定していると言える。

■国際法を軽視する日本人の大誤解

人間の社会は、規則によって成り立っている。規則がなければ、社会生活を営めない。ただし国内社会にも法を破る者はいるし、国際社会にいる。その違反者に対して社会がどのような態度をとるかが、法秩序維持のために重要になる。もし社会が法の違反を認めてしまったら、社会の秩序は成り立たない。国内社会でも、国際社会でも、同じだ。

日本では、著しく国際法の理解が低く、偏見も大きいため、「国際法などは法ではない」といった類いの言説がまかり通りがちである。日本では、司法試験でも公務員試験でも、憲法などの国内法科目ばかりが強調され、国際法を選択する者がほとんどいない。「国民主権が絶対で、憲法は国際法に卓越する」といったことが書かれている憲法学者の教科書を信奉し、いきおい余って国際法を蔑視するくらいにならないと、法律家にも公務員にもなれない。

さらに言えば、憲法学者が国際法を語っている場合、20世紀以降の現代国際法の話になっておらず、19世紀までの古い国際法の概念を参照していたりする。例えば憲法9条の絶対平和主義的な解釈の牙城である憲法学者の芦部信喜の教科書には、戦争とは宣戦布告を伴って行われるもの、などと書いてある。しかし宣戦布告などは、もはや国際法で使われている概念ではない。司法試験受験のバイブルである芦部信喜に従えば、「ロシアがまだ宣戦布告していないので、まだ戦争は起こっていない」といった話になってしまう。

■「NATOに近づいたウクライナが悪い」論の出どころ

憲法9条をめぐるイデオロギー闘争において、いわゆる護憲派が国際法を警戒し、「憲法優位説」を声高に主張し、国際法の地位をおとしめるような画策を多々行ってきた。その弊害が、日本社会に鬱積(うっせき)している。しかし国際社会の秩序を保っているのは、憲法9条ではなく、国際法だ。日本人は、この機会に、その当然の事実を、あらためてよく認識すべきだ。

溶けていく世界地図のイメージ
写真=iStock.com/kentoh
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kentoh

日本では国会においてすら「戦争の責任はウクライナにもある、日本は喧嘩(けんか)両成敗でやるべきだ」、といったことを公然と述べる者がいる。国際法蔑視の偏見に浸りきっているので、国際法秩序を無視する態度の深刻さがわかっていないのだろう。

それら国際法蔑視者がしばしば口にするのは、「ウクライナは緩衝地帯だ、だからNATOに近づいたウクライナが悪い」、といった考え方である。独立主権国家であるウクライナが独自の外交政策をとることを公然と非難する態度が全く論外なのだが、いずれにせよこれらの国際法蔑視者が依拠しているのは「ロシアは大国なので自国の影響圏を持つのが当然だ」といった考え方である。

■地政学的な観点から見たウクライナ侵攻の意味

この「地政学」の見取り図は、第二の論点となる。プーチン大統領にも影響を与えたと言われるロシアの地政学者のドゥーギンによれば、そもそもウクライナはロシアの一部である。それ以外の諸国に対しても、スラヴ人やギリシア正教会の信者がいる地域であれば特に、ロシアが自らの影響圏に取り込んで従えていくのが当然だ、とドゥーギンは主張している。

【参考文献】『新しい地政学』(東洋経済新報社)
【参考文献】『新しい地政学』(東洋経済新報社)

ドゥーギンの地政学は、ナチス・ドイツに影響を与えたドイツの地政学者カール・ハウスホーファーに近いとされる。ハウスホーファーは、世界を四つの影響圏に分け、それぞれをソ連、ドイツ、アメリカ、日本が盟主として管理していくのが、地政学から見て自然だと信じていた。

これは実はアメリカの西半球世界における卓越した力による「モンロー・ドクトリン」に触発されているのだが、ナチスの「生存圏」の思想や、大日本帝国の「大東亜共栄圏」にも連なる地政学理論である。ハウスホーファーは、日独同盟の熱心な推奨者だったが、影響圏が確立されることによって世界はむしろ安定すると信じていた。

この思想は、現代国際法秩序と相いれない。だが隠然とした影響力を持っており、プーチン大統領が、ウクライナはロシアの一部だ、東欧諸国を加盟国にしたNATOが悪い、ただしアメリカが極悪なのでドイツとは仲良くやってもよい……、といった態度をとるのも、ハウスホーファー/ドゥーギン流の地政学の考え方が背景にあるからだと言える。

■ロシアの「影響圏」とNATOの根本的な違い

現代国際社会は、民族自決(国連憲章第1条2項)の原則に基づいた主権国家の独立を大原則にしている。したがってそもそも「ドゥーギン地政学を受け入れた外交政策をとれ」とウクライナに要請すること自体が間違っている。

ただし確かに現実には、世界に200近くある独立主権国家の全てが自分の力だけで自国の安全保障を確保できるわけではない。むしろ逆だろう。そこで主権国家の独立と、現実の安全保障の整備を両立させるために、国連憲章51条は集団的自衛権を定め、憲章8章で地域組織の役割も強調している。つまり独立主権国家が、自らの判断で、他の諸国と地域組織を作り、それを通じて安全保障を図ることを認めている。

NATOは人類史上最も成功した軍事同盟組織と言われることもある。発足以来70年以上にわたって、NATO同盟諸国の間で武力紛争を起こしておらず、域外の国家からの攻撃も許していない。冷戦終焉(しゅうえん)後にソ連の影響圏から離脱した東欧諸国が、NATOへの加入を渇望したのは、当然であった。

国際法蔑視論者は、ロシアの「影響圏」も、NATOの同盟網も、同じようなものだと考えているようだが、全く違う。前者は国際法上の根拠がなく、後者は国際法に合致している。前者は主権国家の独立を否定するものだが、後者は主権国家の独立を前提にしたものである。

■対立する2つの地政学

確かにNATOも、地政学的な考え方に依拠していないわけではない。ただしそれは全く違う地政学の伝統である。イギリスのハルフォード・マッキンダーや、アメリカのニコラス・スパイクマンは、地理的条件から、世界の諸国は「海洋国家」と「陸上国家」に分類されると考えた。ロシアを典型とする「陸上国家」は、海に向かって膨張する傾向を持つ。イギリスやアメリカなどの「海洋国家」は、それを封じ込めようとする。このせめぎあいが、歴史を動かす国際政治の基本構造だと考えた。

この考え方からすると、海洋国家連合であるNATOは、本質的に陸上国家の雄であるロシアを封じ込める性質を持つ。ロシアはそれを息苦しく感じるだろう。そもそもハウスホーファーの地政学に従えば、アメリカは西半球の雄としての地位だけに甘んじていればよかった。したがってアメリカがヨーロッパ諸国の安全の保障者となる仕組みを持つNATOをめぐる争いは、マッキンダー/スパイクマン地政学と、ハウスホーファー/ドゥーギン地政学の間の争いである。

■日本の安全を支えるのはどちらの地政学的世界観か

前者が国際法秩序と合致しているのは、第2次世界大戦後の国際秩序が米英主導で形成されたからだ、という洞察は、間違っていないだろう。だが、だからといって他の諸国が確立された国際法秩序を無視していいわけではない。プーチン/ドゥーギンの地政学に従っていない、という理由で、ウクライナを非難していいわけではない。

明治期の日本は、帝国主義の時代を生き抜くために、イギリスとの同盟を選び、ロシアとの戦争も辞さなかった。いわば島国の海洋国家として、マッキンダー理論に従って行動していた。しかし1930年代に方針を転換し、ハウスホーファー路線に走った。その結果、海洋国家連合との戦争に敗れて悲惨な体験をした。そのため戦後は日米同盟を外交の基軸に据え、再びマッキンダー路線に立ち返って外交安全保障政策を進めている。

今回の日本の同盟国・友好国と強調したロシアへの制裁とウクライナ支援は、マッキンダー地政学に依拠した外交安全保障政策の延長線上に位置づけることができるものだ。プーチン擁護者やウクライナ降伏推奨者は、どの地政学的世界観に基づいて日本の外交安全保障政策を進めていくべきか、という根本的なところから、考え直すべきだ。

■「民主主義vs権威主義」という政治体制論的観点

アメリカのバイデン大統領は、就任以来、「民主主義諸国vs権威主義諸国」の世界観を一貫して披露してきている。今回のロシアのウクライナ侵略で明らかになったのは、実際にそのような図式で整理できる傾向が存在していることだ。

国連総会におけるロシア非難決議に反対したのは、ロシア以外には、ベラルーシ、シリア、エリトリア、北朝鮮の4カ国だった。これらの諸国が、まずもって世界有数の悪名高い独裁政権国家であることに異論はないだろう。ロシアの近隣諸国のみならず、アジアやアフリカの諸国の中に棄権に回った国々がある。いずれも中国のような権威主義的性格を強く持つ諸国だ。国連総会決議は、バイデン大統領が語る「民主主義諸国vs権威主義諸国」の分断が確かに存在していることを可視化したとも言える。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、ウクライナは世界の諸国の自由と独立のために戦っている、と強調しているが、諸国のウクライナに対する視線も、確かにその世界観をそのまま反映したものだ。自由民主主義の価値観への関与の度合いが高ければ高いほど、ロシアを非難してウクライナを支援する。度合いが低ければ、必ずしもそのようには行動しない。

■民主主義諸国のために働くことに日本の国益がある

日本は、自他ともに認める民主主義諸国の中のアジアの有力国である。その行動に他の民主主義諸国の期待が集まる。日本にとっても、民主主義諸国が駆逐されるよりも、勢いを高めるほうが、望ましい。日本は自由民主主義諸国との連携を外交安全保障の基盤にしており、経済においても相当程度にそう言える。

権威主義諸国が、国際法を破って、民主主義諸国を駆逐して圧倒していく状況を防ぐことに、日本の国益がある。現在の日本政府のロシア非難とウクライナ支援の姿勢は、妥当なものだと言える。

日本は武器提供などの支援はできない。そのことは一つの政策的な論点ではある。だがウクライナに関しては、NATO構成諸国が軍事支援をしているので、日本は特に心配しなくていい。防弾チョッキの提供も国際的に注目されるくらいの努力ではある。日本は、国際的な人道援助に対する支援もしている。周辺国における難民支援も含めて、人道援助のニーズは甚大だ。最大限かつ継続的に支援をしていくべきだ。

■東アジアでの危機発生時にも必ず活きる

停戦や和平に向けた動きで、日本が直接的に支援できることは限られているかのようにも見える。確かに派手なことはできないだろう。だがウクライナをめぐって新しい国際安全保障の運営がなされなければならないことは、必至である。例えばボスニア・ヘルツェゴビナでの紛争の終結に伴って設立された上級代表事務所(OHR)に日本は継続的に関与している。それをモデルにした国際的な政治調整活動に、日本が側面支援をしていくべきであることに疑いの余地はない。

これらはウクライナのための利他的な行動ではあるが、日本自らを助けるものでもある。国際法秩序の維持が、東アジアにおける秩序の維持にも大切であることはすでに述べた。同盟国アメリカと、準同盟国と言ってもよいNATO構成諸国に、日本の安全保障維持への関心をアピールすることは、東アジアにおいて危機が発生した際には必ず活きる。潜在的敵対国に、自由民主主義諸国の安全保障面での結束を示すことには、計り知れない重要性がある。同盟国・友好国と連携した行動は、現場の要員の経験としても、貴重なものになるだろう。

日本は、長きにわたる同盟関係にもかかわらず、アメリカと共に戦ったことがない。そもそも日本はその歴史の中で、同盟関係を持って戦ったことがほとんどない(第1次世界大戦と第2次世界大戦中に同盟関係があったが、共同作戦をとったことまではない)。同じ原則・価値・目的のために、同盟国・友好国と協働する経験は、将来の日本にとっても、極めて大きな重要性を持つはずだ。

■ウクライナという国に生き残ってもらわなければならない

かつてウクライナは中国に軍艦を売却した、といったことを気にしている者もいる。冷戦終焉後の1990年代にスクラップ扱いで中国に売却しただけだ。現在のウクライナと全く関係がない。日本は、むしろこの機会にウクライナと親密な関係を築き、ヨーロッパ全体を日本に引き寄せ、それを東アジアの安全保障の改善につなげていく機会とするべきだろう。

そのためにはウクライナという国に生き残ってもらわなければならない。黒海に面した欧州の有力な自由民主主義国として発展していくことは、日本の国益にも合致する。引き続きプーチンの敗北とウクライナの勝利を通じた平和を、模索していきたい。

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篠田 英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保』(風行社)、『ほんとうの憲法―戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)など。

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(東京外国語大学教授 篠田 英朗)

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