誰でも「いま」より頭がよくなれる…脳科学者・中野信子と精神科医・和田秀樹が語る「脳トレ」の真実
プレジデントオンライン / 2022年4月7日 12時15分
※本稿は、中野信子×和田秀樹『頭のよさとは何か』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■脳は前頭葉から「老化」する
【和田】僕はこれまで、精神科医として多くの高齢者を見てきました。
ふつうはみなさん、歳をとったら自分も記憶障害や知能障害が起きるのではと不安に感じているものでしょう。でも、臨床的な観察から言うと、これがずいぶん違う。記憶障害や知能障害が起こるはるか以前に、まず脳の前頭葉機能が衰えてしまうんです。
【中野】ということは……。
【和田】意欲だとか新しいことへの対応能力だとか、クリエイティビティとか、そういった能力から先に「老化」してしまうんですね。
それでよく聞かれるのが、「じゃあどうやったら前頭葉を鍛えられるの?」ということ。流行の「脳トレ」だと、「単純計算を繰り返したり、声を出したりするのがいい」なんて言いますよね。
■「脳トレ」に意味はあるか?
【中野】ご家庭で日常的にできる脳のトレーニングといった類のものって、15年くらい前からある気がしますが、いわゆる「脳トレ」を本当にやっている人は、実際どれだけいるんでしょうか?
【和田】「脳トレ」自体はかなり眉唾(まゆつば)なところがあるけれど、続けることで脳の血流が増えることは悪いことではないし、前頭葉を使うことになるのは間違いないと思うんだよね。
【中野】血流と神経新生(*)やシナプスの形成に相関があると仮定すれば、血流の増加によって、いわば脳は本当に鍛えられると考えてよいということですか?
*神経幹細胞が分裂、分化して、新たな神経細胞が生まれること。
【和田】歳をとっても、日頃から筋肉を使っている人のほうが、使わない人よりも筋肉は落ちにくいですよね。それと同じで、たとえば日本人の高齢者は新聞をよく読むから、意外に側頭葉機能は落ちないと思うんです。前頭葉機能というのも、使っているほうが落ちにくいんじゃないかと、高齢者をずっと見てきた僕としては感じています。
【中野】なるほど。
■前頭葉を使わない日本人
【和田】ところが問題があって、日本人というのはなかなか前頭葉を使わないんです。
企業活動もそうですし、政府や自治体の新型コロナ対応などもそうでしたが、日本は前例踏襲型です。そんな環境で長年暮らしていると、ふだんの生活で前頭葉をあまり使わなくなる。そのため、高齢になればなるほど「面白くない老人」が多くなってしまう。
昔は「お年寄りの知恵」というものがありましたよね。いま80代の高齢者の方が20代の頃は、コレラや結核で死ぬ人がたくさんいました。そういう実態を知っていれば、「昔の感染症の怖さはこんなもんじゃなかったよ」「感染症対策はこうすればいいんだ」なんて言ってもよさそうなもの。
ところがいまでは、高齢者のほうがテレビ情報に振り回されて新型コロナウイルス感染症を必要以上に怖がったりしていますから。前頭葉を鍛えていないと意欲が落ちて、脳の老化が早まるだけでなく、危機対応能力とかクリエイティビティに関しても早く落ちてしまうように思えてなりません。
【中野】そうなんですね。SPM(*)の開発者のカール・フリストンが、「自由エネルギー原理」を唱えていますが、これは、脳ができるだけ予測可能性を上げるという原理に従って、認知のみならず行動も変容するという仮説です。
*統計的パラメトリックマッピング。収得された脳機能画像に記録された脳の活動の変化を可視化するための統計的手法。または、その分析を実行するためのソフトウェアの名称。
いわば、能動的推論とでもいうべきものですが、前例に従うというのはある意味、この真逆で、受動的推論といってもいいものかもしれませんね。かえって顕在化しないストレスがたまり、脳機能は衰えそうです。意欲などが落ちるというのは、そのためかもしれません。
■AI時代は「頭の使い方」が変わる
【和田】ただ、人間のクリエイティビティが落ちてしまう分は、AI(人工知能)で補うという方法もあるんです。AIとIT(Information Technology)の本質的な違いは何かというと、ITは人間がやり方を覚えないといけません。ところがAIは、人間ができなかったときに、そのニーズをつかんで勝手に動いてくれる代用頭脳だといえます。
【中野】冷蔵庫に足りないものを把握して、勝手に買ってきてくれたり、という技術もまもなく実用化されそうな勢いですしね。
【和田】そうそう。そういうことが可能なのがAIで、これからの「AI時代」は、別に高齢者が機械の使い方を覚えなくても、AIのほうでどんどんやってくれるようになっていくと思います。
自動車の運転がいい例でしょう。あと数年で、完全自動運転が可能な「レベル5」の自動運転が実用化されるともいわれます。それなのに、高齢者が1件大きな自動車事故を起こすと、「高齢者全員から免許を取り上げろ」といった主張が出てきます。はっきり言ってめちゃくちゃだと思います。
一事が万事で、どうも日本人は前頭葉機能がうまく使えない。前頭葉機能というのは、新規のことに対応する能力です。そんな状態だから、AI新時代に対応できない。高齢者だけでなく、日本社会全体が。
■注視すべきは「EQ」
【和田】ところで中野先生に聞きたいのですが、「右脳理論」「左脳理論」というものがあるでしょう。僕らが高校生のとき、「受験勉強ばかりしていても左脳しか鍛えられなくて、右脳が鍛えられない」と散々聞かされていました。その理論って、本当のところどうなんでしょう?
【中野】すでに否定する見解が出されていますよね。私も、左右の機能分化はあるものの、左脳が論理で右脳が芸術(?)という理論にエビデンスが乏しく、信用できないと考えています。
【和田】実は、僕もまったく信用してないんです。
僕は、右脳というより、前頭葉の機能とそのトレーニングにむしろ注目しています。前頭葉機能と知能との関係で注視すべきは「EQ(*)」だと思っています。
*Emotional Intelligence Quotientの略。「心の知能指数」と訳される。感情を上手に管理、コントロールする能力を指す。IQが知能の発達を示すのに対し、EQは感情面から仕事に取り組む姿勢や人間関係への関心などを評価する。
■前頭葉を損傷して人生が暗転したエリート弁護士
【和田】EQに関して、アイオワ大学のアントニオ・ダマシオ神経学部長の興味深い研究があります。
ダマシオが診察したエリオット(*)という30代の患者は、弁護士として成功した人でしたが、彼は若くして脳腫瘍におかされ、前頭葉が損傷を受けたため、仕事が続けられず廃人同様の生活をしていました。そして脳外科医によって手術が行われ、腫瘍は脳から完全に摘出されました。
*研究では、身元の特定を避けるため職業が改変されている。本当は弁護士ではなく、エリート商社マンだったという説がある。
そこまではいいのですが、なんと彼は、術後に人がまるっきり変わってしまったんです。仕事を途中で投げ出したり、どうでもいいことに妙にこだわるようになったり。
そこでダマシオが、人格が変わってしまったエリオットを改めて検査したところ、前頭葉の表面は無事だったけど、内側がかなり損傷していることがわかったのです。
ダマシオの検査によれば、知能テストではまったく「異常なし」。でも、感情のコントロールが悪くなるわ、弁護士時代は非常に共感能力が高かった人なのに、まったくダメになってしまうわと、恐ろしい結果になってしまったんです。
■EQは前頭葉の働きを示す
【中野】フィニアス・ゲージ(*)のEQ版っていう感じですね。彼も鉄道工事に従事していたときの事故で脳が損傷し、性格がまったく変わってしまったんですよね。
*19世紀アメリカの鉄道作業員。鉄道工事の事故で、大きな鉄の棒が彼の脳を完全に突き抜けて前頭葉に大きな損傷を受けた。にもかかわらず命に別状はなかったのだが、事故後は人格と行動が完全に変わったといわれる。
【和田】そうそう、まさに。ダマシオは、こういった異常を起こす病変の患者がほかにもいることに気づいたんです。
この話が、ダニエル・ゴールマン(*)のEQ解説書で紹介されてから、多くの研究者は、「EQは前頭葉の働きを示すもの」と考えるようになりました。逆に捉えれば、前頭葉の働きをよくできれば、EQは向上させることができる、ということでもある。
*心理学者・科学ジャーナリスト。EQに関する書籍を執筆。『EQ こころの知能指数』など邦訳されている作品も多い。
■頭のよさには知能面、感情面がある
【中野】前頭葉にフォーカスして対談を進めていくのはいい考えですね。
今回、和田先生と私が本を作るということで、どういうテーマがいいかずっと考えていたんです。せっかくですから、「“頭がいい”とはどういうことか」というテーマがいいんじゃないか。いまの話を受ければ、「頭のよさ」には、知能面もあれば、感情面もありますよね。
【和田】なるほど。
【中野】そんなふうに考えたのには、実は個人的な理由もあるんです。
いまの東大と昔の東大は雲泥の差があるとはいえ、まだまだ世間的に関心を持たれている大学ですよね。毎年、東大理IIIにはそれなりの数の人が受かりますが、和田先生はその中でも際立つ存在でした。私は、学生時代に和田先生の本(*)を読んで、「この人の切れ味はすごいな」と驚いたことがあったんです、生意気にも。
*和田氏は1986年に『試験に強い子がひきつる本──偏差値40でも東大に入れる驚異の和田式受験法88』を上梓。その後、多くの受験関連本を刊行している。中野氏は東大受験を目指しているときに和田氏の本を読み、複雑な課題が一本の補助線を引くことで一気に整理されるような爽快感に打たれた、という。
■和田秀樹は「システムハック」している
【中野】和田先生の受験本ひとつとっても、「お勉強して、こういうふうに大学に受かりました」というただのノウハウを書いているわけじゃない。“システムハック”をしているな、と思ったんです。
目先の問題解決をするために単純に「やり方」を暗記して使う能力と、たいていの人が無批判に受け入れてしまっている現実の不条理を整理し、問題点を洗いだして、それを解決するために数ある手段から適切な方法を導きだす。いわば、システムハックができる能力。この2つはまったく別物です。
後者が本当の知性というべきものと私は考えていますが、それがないがしろにされているために、多くの問題が起きていると感じます。
「本当の知性」を強化しないとヤバい。これから来る不確実性の時代に生き残っていくことが難しくなります。
■誰でも「いま」より頭がよくなれる
【中野】「頭がいいとは、いったいどういうことだろう?」という問いは、多くの人に、自分の可能性を揺さぶり起こすためのトリガーとして作用するでしょう。和田先生の思考の鋭さをより多くの人に知っていただけるとも思います。
【和田】こんなことを言うとなんですが……中野先生も僕も、たまたま学歴が東大卒だから、2人で「頭がよくなる」なんて話をすると、読者の方は「とても真似ができない」と思ってしまうかもしれません。
でも、実は僕が目指しているのは、普通の人でも誰でも、いまより必ず頭がよくなることはできる、ということなんです。その意味では、中野先生のおっしゃったことって、まさに僕がこれまでたくさん本を書いて伝えようとしてきたことでもあります。
今回こういう機会を改めて持つことができたのは嬉しいですね。『頭のよさとは何か』を手に取ってくださった読者のみなさんと、「本当の頭のよさ」について一緒に考えていけたらと思います。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)などがある。
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精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子、精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)
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