なぜ彦摩呂の「○○の宝石箱や~」は異常にウケたのか…言語学者が考えるメタファーの力
プレジデントオンライン / 2022年4月30日 12時15分
※本稿は、瀬戸賢一編、味ことば研究ラボラトリー『おいしい味の表現術』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■「○○の宝石箱や~」はどうやって生まれたのか
「海の宝石箱や~」
いわずと知れた、グルメリポーター彦摩呂の代名詞ともいえるフレーズ。本人があるインタビューで、このテッパンフレーズの誕生秘話を明かしている。
刺身の輝きを宝石の輝きに見たてる、まさに正統派メタファー(隠喩)だ。「『食ベ物を他の物に喩えたら(オンエアで)カットやな』と思っていた」(デイリースポーツオンライン「彦摩呂、名言『宝石箱や~』誕生秘話を明かす『悩んでいる時期』に」)と彦摩呂は言うが、味を他の「もの」に喩えるのは、言語の世界ではごく自然なことである。
私たちにとって、味はきわめてとらえどころがない。「食材」やその結果としての「料理」は見ることもでき、触ることもできる。だが「味」は見えない。もちろん触ることもできない。
こういう抽象的な対象について語るときに欠かせない便利なツールが、メタファーだ。あまりにも日常的に定着しているために気づかないだけで、味は比喩的には「もの」として扱われるといっていい。メタファーのもっとも素朴で根幹的な見たてである。
本稿では、味が比喩的にどのような「もの」として扱われるかを探りたい。「○○宝石箱や~」を分析してみよう。
■食べ物を宝石に見たてるメタファーは珍しくない
彦摩呂といえば、ほかにも「お肉のIT革命や~」とか「麺の反抗期や~」とか「肉汁のドリンクバーや~」などのメタファー表現がお得意だが、残念ながら「○○の宝石箱や~」ほど浸透しているとはいえない。
なぜ「○○の宝石箱や~」だけが突出して受けいれられ、人気となったのか。もちろん彦摩呂にとっては、このアドリブがきっかけで自身の枠をはずすことができ、リポーターとしての地位を確立した記念碑的表現である。しかし、ただ偶然「当たった」だけではない。
食ベ物を宝石に見たてるメタファーは、それほど珍しくはない。刺身に近いところではにぎりずしがある。
そのほか砂糖菓子やチョコレート、ケーキなども宝石に喩えられることが多い。こちらはイタリアの高級ジュエリーブランド、ブルガリが手掛けるチョコレートブランド「ブルガリ イル・チョコラート」の、その名もチョコレート・ジェムズ(チョコレートの宝石)を紹介した文章だ。
■「宝石」という言葉がもつ特別感
にぎりずしやチョコレートを宝石に見たてる。そのココロは、まず外見が輝いているように見えること。大きさは片手で持てるくらいであること。次に希少であること。それゆえ比較的高価であり、特別感があること。
さらにいえば、宝石を輝かせるには磨きをかけなければならない。つまり熟練した職人の技が必要で、手間・労苦がかかるということも暗示される。いくら外見がキラキラしていても、その味が宝石のように希少で、特別でなければ「宝石」とはいえない。
「宝石」ということばは、たとえ彦摩呂自身は意識していなかったとしても、このようなバックグラウンドを背負っている。「○○の宝石箱や~」というフレーズを耳にする視聴者もまた、知らず知らずのうちにものの見方や表現の仕方に影響を受けているはずだ。
「IT革命」「反抗期」「ドリンクバー」といった表現には、宝石ほど確立した豊かなバックグラウンドはない。この点だけでも、フレーズのもつ深みと奥行きに明らかな差がある。
■なぜ「海の宝石箱や~」が鉄板フレーズになったのか
とはいえ、彦摩呂のフレーズが「海の宝石や~」であったとしたら、「海の宝石“箱”や~」ほど流行ったかどうか、正直疑問である。食ベ物を宝石に見たてるのは常套手段のひとつだし、テッパンフレーズとして定着するには、インパクトに欠けていただろう。ではそのインパクトを生みだしたのは何か?
そう、「箱」である。宝石がひとつではなく、いくつもが箱の中で輝いている。ひと粒でもすばらしい宝石が、目の前にいくつもあるという幸せ。刺身は一種類でもおいしいが、海鮮丼や船盛りが人気なのは多種多様な味を存分に楽しめるという点にある。
例に挙げた寿司も高級チョコレートもひとつだけ、あるいは一種類だけ食ベることはあまりない。ケーキバイキングが人気なのも、目の前に並ぶ色とりどりのケーキを、好きなだけ選んで食ベられることに幸せを感じるからだろう。宝石箱のイメージは、この種の多幸感をうまく演出してくれる。
■「箱」という表現の魔力
もともとは海鮮丼の容器である丼を、「宝石箱」と表現したシンプルなメタファーである(図表1)。だが、大きな丼に刺身とご飯が少しだけ入ったスカスカの海鮮丼がありえないのと同じように、宝石箱あるいは宝箱も、煌(きら)めく宝石類があふれんばかりに詰めこまれているイメージをもともと備えている。
「海の宝石箱や~」は、輝かしい新鮮な刺身の外見を宝石に喩えると同時に、そのすばらしい宝石が「箱」からこぼれ落ちそうになるほどたくさん目の前にあるという夢をみせてくれる。現実には、宝石がひとつか二つしか入っていない宝石箱や空っぽの宝石箱がいくらでもあるはずなのに、考えてみれば不思議である。
「○○の宝石箱や~」というフレーズを、海鮮丼以外の食ベ物にも応用可能な万能フレーズに引きあげたのは、おそらくこうした「箱」の魔力によるところが大きい。
彦摩呂の定番フレーズのなかに、「○○の宝石箱や~」から派生した「お口の中が宝石箱や~」があるのをご存じだろうか。口の中がおいしさで満たされている様子が伝わってくる(図表2)。
それも一種類ではなく、さまざまな味によって醸(かも)しだされるおいしさである。豊潤な味のイメージを想起させてくれるのは、このフレーズでもやはり「箱」だ。ここでは「口」が「箱」の役目を果たしている。
■口の中は「宝石箱」として表現できるのか
しかし、図表2に違和感を覚える方もいるのではないだろうか。口の中では宝石の輝きは見えないし、そもそも宝石は食ベてもおいしくない。
「イクラがルビー、アジがサファイア、鯛がオパールみたいに見えた」と彦摩呂自身も述ベているように、最初は新鮮な刺身の輝きを宝石の輝きに見たてたメタファーだったはずである。それがいつの間にか、食ベ物の「味」を「宝石」に見たてるメタファーとしても成立するようになった。
メタファーは、類似性を根拠とする比喩である。「味」と「宝石」はどこが似ているのだろうか。小野二郎のにぎる寿司や「ブルガリ イル・チョコラート」のチョコレート・ジェムズの例を思いだしてほしい。
選びぬかれた素材と磨きぬかれた職人技は、「まさに『宝石』を作り出すプロセスそのもの」。つまり工程が似ているのだから、その結果である「味」にも「宝石」と同じような希少性や高級感、特別感が備わる。
このタイプのメタファーは、外見の類似性に基づくタイプ(屋台の「鯛焼き」、地方の山の「○○富士」、人の脚になぞらえた「椅子の脚」など)と比ベて使用できる範囲は狭い。だが、条件が揃ったときの表現効果(なるほどという納得感)は高い。
また、メタファーを成立させる類似性がより抽象的である点にも注目したい。「工程」の類似性を理解するためには、ある種の情報の解釈が必要になるし、そこから導きだされる特性は、甘味や塩味といったわかりやすいものではなく、より抽象度の高い「希少性」や「高級感・特別感」となる。
さらに、「口」を「箱」とみなすのも抽象化のひとつであることを忘れてはならない。口には味蕾(みらい)があり、味を語るうえで極めて重要な器官である。そんな「口」を「箱」、すなわち「入れ物」に見たてるメタファーは、実はこれから扱う味をめぐるメタファーの根底にあるといってもいいかもしれない。
■味のイメージを膨らませるメタファーの力
本稿では、「○○の宝石箱や~」のヒットの秘密を探るなかで、「宝石」というごくふつうのことばの裏に気づきにくい豊かなバックグラウンドが隠れていること、そして「宝石」をチョイスすることによって、「宝石」ということばのネットワーク――宝石が呼びおこす連想のつながりや、宝石と結びつきやすい表現の集まり――が刺激され、思わぬイメージを呼びおこすことがあると述ベた。
ここでは「宝石箱」がそれにあたるが、この「箱」一語のパワーは絶大で、豊かな食・味のイメージを膨らませてくれることを説明した。「○○の宝石箱や~」のヒットはたんなる偶然ではなく、メタファーの力によるものだったといえるだろう。
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大阪工業大学教授
1967年大阪府生まれ。奈良女子大学人間文化研究科後期博士課程単位取得。修士(文学)。大阪工業大学教授。専門は認知言語学。共著に『味ことばの世界』(海鳴社)、『英語多義ネットワーク辞典』(小学館)など。
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(大阪工業大学教授 辻本 智子)
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