なぜ法隆寺は大量の"国宝"仏教美術を皇室に「1万円」で売り払ったのか
プレジデントオンライン / 2022年6月15日 13時15分
■博物館所有の仏教美術に隠されている歴史の「暗部」
コロナ感染症の流行がある程度落ち着いてきたことに伴って、イベントがにぎわいを取り戻しつつある。そうしたなかで今年、全国の博物館・美術館では魅力的な展覧会が予定されている。特に仏像展や国宝展など仏教系展覧会は、普遍的な人気を誇るが、博物館や美術館が所有する仏教美術には、歴史の「暗部」が隠されていることをご存知だろうか。
東京国立博物館(東博)では今春、特別展「空也上人と六波羅蜜寺」展が開催された(5月8日終了)。目玉の展示は重要文化財空也上人像(重要文化財)である。空也上人の口から、南無阿弥陀仏の六字名号に見立てた阿弥陀仏が出ているあの著名な仏像だ。普段は京都の六波羅蜜寺で展示されている。寺で祀られているのとは違って、美術館で展示されている仏像は、至近距離で細部をつぶさに観察できることが魅力である。
今年、東博は創立150周年を迎え、仏教美術の大型展示が続く。とりわけ今秋開催の「特別展 国宝 東京国立博物館のすべて」(10月18日~12月11日)は出色だ。本展は東博が所蔵する国宝89点を含む名品の数々を、一挙公開するめったにない機会となる。仏教にまつわる国宝も多く展示される。
この国宝展の出展リストをみると絵画や書跡、刀剣など、分野わけされている。その中に11点、「法隆寺献納宝物」という分野がある。
内訳の例は「聖徳太子絵伝」(平安時代)、「法隆寺献物帳」(奈良時代)、「細字法華経」(唐の時代)などである。
今回の展覧会に出品されない国宝以外の文化財を合計すれば、東博にある法隆寺献納宝物は300点以上に及ぶ。普段は1999(平成11)年に開館した、東博の敷地の一角にある法隆寺宝物館に収蔵、展示されている。法隆寺宝物館における収蔵物は、かの正倉院の宝物より前の時代のものが中心で、質・量ともに超一級である。
だが、本来は奈良の法隆寺にあった“私的な寺宝”がなぜ、「国立博物館蔵=国有」になっているのだろう。法隆寺には、玉虫厨子(国宝)を筆頭とする名宝の数々が展示されている大宝蔵院という収蔵館があり、そちらに保存・展示すればよいことなのではないだろうか。
これらの宝物が法隆寺の元を離れた理由には、明治維新時の法難があった。
■興福寺の多くの仏像が焚き火の薪になった
法難とは何か。簡単に説明しよう。
さかのぼること、およそ150年前。1868(慶応4)年3月、明治新政府は神仏分離令なる法令が発布される。この法令は、王政復古、祭政一致に基づいて「神と仏を区別せよ」という内容だった。
それまで、日本の宗教は7世紀以降、主に神道と仏教とがミックスジュースのように混じり合う混淆宗教の形態をとってきた。純然たる国家神道を目指した明治新政府は、神道と仏教が混じった状態を嫌ったわけである。
この法令はあくまでも、仏教的なものは寺院に、神道的なものは神社に分けよ、というものだった。しかし為政者や庶民、神官らの中に神仏分離令を拡大解釈する者が現れた。そして、大規模な仏教・寺院の破壊に発展した。それが、いわゆる「廃仏毀釈」である。
廃仏毀釈による破壊の全容は、必ずしも明らかにされていない。地域によって濃淡があった。鹿児島県や宮崎県、高知県では激烈な廃仏毀釈に見舞われ、寺院や寺宝のほとんどが消えた。すべての寺院が壊された鹿児島県ほどではないにせよ、奈良県の廃仏毀釈も相当なものであった。
たとえば、天理市には内山永久寺という幻の巨大寺院があった。塔頭(大寺院に付属する子院)60カ寺余りを抱え、「西の日光」とも言われた。東大寺や法隆寺などと並び称されるほどであった。
だが、神仏分離令が発せられると、内山永久寺は廃寺処分が下される。伽藍や仏像はことごとく壊され、ごくわずかな寺宝だけが国内外に流出した。
その一部が東京国立博物館に収蔵されている愛染明王像や、四天王眷属立像のうちの1体(いずれも重要文化財)である。また、藤田美術館に両部大経感得図(国宝)が、出光美術館には真言八祖行状図(重要文化財)が、MOA美術館と静嘉堂文庫に四天王眷属立像(重要文化財)の1体ずつが、さらに四天王像が米ボストン美術館に流出した。
奈良における文化財の宝庫といえば、阿修羅像などで有名な興福寺だ。こちらも廃仏毀釈で一時、廃寺になっていた。国宝の無著・世親像は阿修羅像などとともに、ゴミ同然の扱いで中金堂の隅に乱暴に捨て置かれた。廃仏毀釈直後の写真には、阿修羅像の右腕がポッキリと折れているさまが確認できる。
興福寺の多くの仏像が焚き火の薪になり、無著・世親像や阿修羅像すら、燃やされる可能性すらあった。
■法隆寺が宝物を皇室に1万円の下賜金で献上した理由
2014(平成26)年、ニューヨークで開かれたクリスティーズのオークションで、ある仏像が出品されたことが話題になった。それは、興福寺に安置されていた「乾漆十大弟子立像」を構成する1体であった。
現在、興福寺に残る十大弟子立像は6体のみ。いずれも国宝に指定されているが、残る4体は廃仏毀釈時に散逸した。それが近年、海外で発見され、オークションにかけられたのだ。
十大弟子像の残りの、破損した部位が、東京芸術大学や大阪市立美術館が所蔵している。東京の大倉集古館にも1体が収蔵されていたようだが、関東大震災で焼失したと伝えられている。
廃仏毀釈によって日本の寺院は少なくとも半減し、多くの仏像が消えた。哲学者の梅原猛氏は、廃仏毀釈がなければ国宝の数はゆうに3倍はあっただろう、と指摘している。
さて、東博の法隆寺献物に話を戻そう。法隆寺も廃仏毀釈で甚大な影響を受けていた。特に法隆寺に痛恨の一撃となったのが、1872(明治4)年に仏教迫害の流れで出された上知令であった。上知とは、土地の召し上げをいう。これによって法隆寺は大幅に寺領を減らした。さらに、1875(明治7)年にはお上から支給されていた寺禄も廃止され、深刻な財政難に陥ってしまう。
法隆寺では度々、宝物を「出開帳」(仏像を地方都市に出張させて、開陳すること)して、収入を得て急場をしのいでいたがそれも限界に達した。明治初期の法隆寺は伽藍の修理もままならず、雨漏りなどもひどく、崩壊の危機に瀕していたという。
このままでは、多くの文化財が逸失してしまうことに危機感を覚えた法隆寺サイドは、一部の宝物を皇室に献上(売却)する奥の手に出る。聖徳太子ゆかりの法隆寺は皇室とも結びつきが強かった。宝物の内訳は、仏像が57体のほか、今回の秋の国宝展に出展される予定の11点(先述の宝物のほか「竜首水瓶=りゅうしゅすいびょう」「木画経箱=もくえのきょうばこ」など)などであった。
そして、1879(明治11)年、当時の金額で1万円という下賜金をもって、皇室に献上されることになった。当時の1万円は現在の価値にすれば、数億円とみられる。
かくして法隆寺宝物は宮内庁所管の帝国博物館(東博の前身)所蔵となり、現在の東博へと受け継がれていったというわけだ。
各地の仏像展などで是非、出展目録を見てほしい。そこに、元来祀られていた寺院以外の所蔵(美術館や個人蔵など)になっていたとするならば、明治維新時の廃仏毀釈で流出した可能性がある。悠久の造形美にうっとりするのもいいが、新しいものにはすぐに飛びつき、古いものを大事にしない、われわれ日本人の性分も学びとってほしいと思う。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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