「シャブを使ったけど、誰にも迷惑はかけていない」反抗的な受刑者を更生させた"刑務官の胸を打つひと言"
プレジデントオンライン / 2023年8月9日 13時15分
■30年以上、刑務官という職業に情熱を注いできた
「無期懲役囚に希望を持たすとか、そういう指導の仕方はできなかったですね……」
そう告白したのは、元刑務官の入口豊さん。大阪刑務所、滋賀刑務所など関西の刑務所を歴任し、30年以上にわたって刑務官という職業に情熱を注いできた。最後は地元に戻り、熊本刑務所で2018年まで勤め上げたキャリアを持つ。
私が入口さんに初めて会ったのは、Aの仮釈放から1週間が経った日のことだった。熊本市内の喫茶店で待ち合わせをし、杉本記者とその店を訪れた。元刑務官と聞き、目つきが鋭く、体格の良いイメージを勝手に抱いていたが、実際に会ってみると、体格は比較的小柄で細身、表情も口調も穏やかな人物であった。
私が出会ったときは退官してからすでに1年半が経っていたが、杉本記者は以前、受刑者の仮釈放や出所後の立ち直り支援を取材していたとき、熊本刑務所で会っていたという。
当時は退官直前、受刑者の仮釈放手続きなどを担当する「分類審議室」の統括だった。
刑務官がメディアに出て語ることは多くはない。しかし、入口さんは杉本記者が「無期懲役の取材をしています」と相談すると、「私で役に立つことがあれば」と快く取材に応じてくれたのだ。
■現場に入って衝撃を受けた「カンカン踊り」
1953(昭和28)年生まれの入口さん。元々は調理師をしたり、児童養護施設で子どもの面倒をみたりしていたという。料理人という夢を目指して中華料理店で働いていたこともあったが、働きづめで身体を壊したことから、安定した公務員の仕事を家族に勧められた。何か人の成長にかかわる仕事がしたい。そんなとき偶然手に取ったのが、刑務官の募集要項だったという。
刑務官としてのキャリアが始まったのは、28歳のときだった。配属されたのは「東の府中」と並び「西の大阪」と言われる西日本最大の刑事施設、大阪刑務所。特にその一区画である「第四区」の受刑者は殺人犯が中心で、“泣く子もダマる”と恐れられた。「公務員だから楽だろう」という甘い気持ちがどこかにあったが、イメージと現場のギャップは壮絶だったという。
現場に入ってまず衝撃を受けたのは、「カンカン踊り」だったという。カンカン踊りというのは、かつて刑務所で行われていたという身体検査の方法だ。刑務官は受刑者が工場と居室を行き来する際に、危険なものを隠し持っていないか入念に確かめる。
そのために、まず受刑者たちを全裸にさせ、一人ずつ舌を出して両手と足を挙げるよう指示する。足の裏、口の中、脇や股の間も見る。受刑者はバンザイをしたまま、手のひらをクルクルとさせたりする。まるで踊っているように見えることから、そう呼ばれていたそうだ。
■「更生」という言葉を口にできる状況ではなかった
受刑者には暴力団員も多く、中にはジロジロと睨みつけてくる者もいたという。入口さんは恐怖を覚えたが、ここでなめられるわけにはいかない。「負けるか、コノヤロー」と気合いを入れ直したという。その身体検査自体、「新米刑務官を試す刑務所の“洗礼”だった」と入口さんは振り返る。
それからも気の抜けない日々が続くことになった。先輩たちの厳しい指導の下、工場や夜間の勤務では常に緊張を強いられた。実際、刑務官になったばかりのときには、非常ベルが鳴って駆けつけると、受刑者同士が血まみれで喧嘩していることもあった。所内の秩序を維持することが最優先事項で、とても「更生」などという言葉を口にできる状況ではなかったという。
「刑務官としての本分というのは第一に、受刑者に規則を守らせ、逃走させず、自殺を起こさせない、といった秩序維持ですね。楽しいことっていうのは、まずない現場ですよ。新人の頃に『不快の職場だということを肝に銘じろ』とまで教えられました」
当初は「一人でもいいから真人間にしてみせる」と大きな夢を抱いていたが、過酷な現場の中で考える余裕はなくなった。そして、出所後に数年して、再び刑務所に戻ってくる受刑者を見るうちに、その夢は次第にしぼんでいったという。
■受刑者は「誰にも迷惑をかけていない」と言った
そんな中でも再び情熱を燃やすきっかけになる嬉しい出来事があった。刑務官として歩み始めてから4年が経った、1985年のこと。入口さんは、新しく刑務所に入ってきた受刑者を教育する「考査工場」に配属された。
このとき、覚醒剤取締法違反で懲役1年あまりの受刑者・坂東(仮名)が入所してきた。「自分の金でシャブ(覚醒剤)を買って自分で使ったのだから、誰にも迷惑をかけていない」という受刑者に、入口さんは「無駄口を叩くな」と戒めたが、坂東は反発的な態度を改めようとはしなかったという。
ある日、その坂東宛てに、刑務所の外にいる妻から手紙が届いた。中には子どもからの便箋も同封され、「お父ちゃん、病気まだですか?」と書かれていた。そこで入口さんは、坂東を呼び、手紙を手渡し「これでも誰にも迷惑をかけてないと言えるか?」と尋ねた。坂東は手紙を読み進めるうちに、涙を流し始めたという。
■自分のかけた言葉が受刑者に響いた瞬間
このときばかりは、入口さんはまくし立てるように、坂東に声をかけ続けたという。「覚醒剤の被害者がいないなら、なんで子どもに入院だと嘘をつくのか」「勝手なことをしても子どもは父親の体を心配してくれている」「涙が出るのは人間の証、泣きたかったら、誰が見ていても構わない」。そう言って、坂東を工場内の面接室に一人座らせることにした。しばらくすると、坂東の背中は震え始め、窓ガラス越しにその嗚咽が聞こえてきた。
入口さんは「自分のかけた言葉が受刑者に響いた瞬間だったと思う」と振り返る。
その後も坂東は、表面的には無愛想だったというが、内面には変化が見られたようだ。まず、日記に家族のことが綴られるようになった。それからしばらくして、考査工場での教育を終えた坂東は別の工場へ移っていった。
その翌年の秋、入口さんに1通の手紙が届いた。そこには坂東と家族が映った写真、そして、坂東の妻からの手紙が入っていた。
「その節は、主人がお世話になりました。覚醒剤とも手を切って……。主人は、先生に教えていただいた“家族は社会の出発点”という言葉をよく話してくれます」
刑務官は受刑者が出所してしまえば、便宜供与などの不祥事防止のため、一切かかわることができず、手紙が来ても返信はできないという。だが、この手紙を見て救われた気がした。
■「罪を憎んで人を憎まず」という気持ち
人は働きかければ、変えられる。消えかけていた刑務官としての情熱に、再び火が灯された。それからは、受刑者から強くあたられても、「なにくそ」という気持ちで粘り強く接し続けたという。入口さんは受刑者と感情をぶつけ合ってきた経験をこう振り返る。
「被害者やご遺族の方には申し訳ないのですが、刑務官としてはやはり『罪を憎んで人を憎まず』という気持ちを持っていないといけません。刑務官が被害者感情を意識しすぎてしまうと、受刑者を正しく処遇できないのです。何が正しいかと言われると困るんですが、『矯正は人なり』って昔は口酸っぱく言われました。人間力を高めて、それを受刑者にぶつけていく、そういう刑務官人生じゃないとダメだって」
入口さんはどこか刑務官時代を懐かしむような表情を浮かべていた。
■終わりのない者に、希望を持たせること
だが、無期懲役囚だけは例外だったと入口さんは言う。
「悲しいかな、無期の者に対して、そういう結果があったという思い出はないんですね。本当に、あまりいい表現ではないんですけれども、巡り会いたくないですね。仕事として抱えるのは、できれば避けたい」
入口さんは少しうつむいた様子で、こう語る。
「本当に終わりのない、『この日まで頑張ったら』っていう有期刑の者とは明らかに違うので。終わりのない者に、希望を持たせること、人生の目標を持たせるようなことをして、更生に導くことはできなかったと思います」
いつになれば出られるのか、見通しが立たない中で「仮釈放を目指して、とにかく規則を守れ」という言葉は、無期懲役囚には通用しない。
また、無期懲役囚は少しでもトラブルを起こせば、仮釈放の延期にかかわるかもしれず、刑務官も気を遣わざるを得ない。安易に「仮釈放できる」などといって期待を持たせすぎると、後になって絶望し、自暴自棄になることもあるという。
■血まみれの喧嘩をした受刑者は無期懲役囚だった
入口さんは、先輩の刑務官から「無期懲役の受刑者が何かトラブルを起こしたときは、短期刑(有期刑)の受刑者と比べて、ただごとでは済まない結果を招くことが多い」と言われたこともあったという。
実際に、先の血まみれになって喧嘩していた受刑者は2人とも無期懲役囚だったという。最初は単なる口喧嘩だったが、殺し合いに発展しかねない。閉ざされた空間で、終わりの見えない生活を送っていると、当然のことながら人間関係などでストレスを抱え込むことになる。
入口さんは我慢に我慢を重ね、その限度を超えたとき、まるで火山が噴火するかのごとく、エネルギーが怒りとなって一気に放出したのだと推測する。無期懲役囚の挙動をコントロールすることはできないという、入口さんの話を裏付けるように、別のある刑務官は私にこう話した。
「無期懲役囚は、入所当時は自暴自棄からなのかトラブルを起こしがちだが、ある程度の期間が経つと勝手におとなしくなる傾向があるように思います。それが環境への適応なのか、諦めなのか、あるいは立ち直ろうという気持ちの芽生えなのかはわかりませんが……」
刑務官として意識的に働きかけ、無期懲役囚を立ち直らせるのは容易ではないようだ。
■自ら立ち直ろうと心を入れ替え、仮釈放された人たち
しかし、実際、私たちが取材を進める中では、自ら立ち直ろうと心を入れ替え、仮釈放につながった無期の受刑者が何人かいたことも確かだ。たとえば、『日本一長く服役した男』第6章で話を聞かせてくれた片山さん(仮名)がそうだった。彼にとって、立ち直りのきっかけになったのは刑務官の一言だったというのだ。
また、A(※61年間服役していた80代の男)を知る松下さん(仮名)も、刑務官の存在が転機となったと証言していた。松下さんは、強盗殺人の罪で無期懲役囚として服役し、Aの仮釈放から3週間後に同じく熊本刑務所から仮釈放された。その服役期間は56年。2022年までの公開記録では、いわば“日本で二番目に長く服役した男”だ。
松下さんも20代で収容された直後は、所内で何度も「事故」(刑務所内での規律違反のこと)を起こし、懲罰を受けていたという。
「刑務所の中では立場上、刑務官が“敵”になるでしょ。受刑者の間でも話す話題と言ったら、『あの刑務官はダメだ』など、職員の悪口ばっかりですよ。しばらくの間、何回も“事故”を起こしました。担当の刑務官に暴言を吐いたり、石を投げつけたり。『もうどうにでもなれ』とやけになって、殴りつけたこともありました。今思うと、自分でも手に負えないやつだったと思います」
■刑務官の言葉や態度に立ち直るきっかけを見出す
松下さんは、仮釈放による社会復帰などをまったく考えることができなかった。一時は自暴自棄になったほか、幻覚や幻聴の症状も現れるなど、精神に異常をきたし、医療刑務所に移送されたこともあるという。
しかし、そんな松下さんの転機となったのも“おやじ”と呼ぶ担当刑務官の存在だった。
「一人だけ真剣に声をかけてくれた“おやじ”がいたんです。『俺がちゃんと面倒見るから。俺の言うことは聞けるか?』と言われたんですね。『やってみます』と言ったけれど、最初は半信半疑でした。口先だけなら誰でも何とでも言えますから。けれど、この人は違った。自分の持ち場を離れた場所でも、他の刑務官に自分のことを、頼み込んでくれた。それ以来、職員とも口論もしなかったし、周囲の受刑者たちと喧嘩もしませんでしたね。18年間の無事故。そうしたら、仮釈放の面接があったんです」
彼らの証言から示唆されるのは、刑務官が無期懲役囚をコントロールして改善更生させるのは難しいが、受刑者は自らの内面に何らかの変化が起きているときに、刑務官の言葉や態度に立ち直るきっかけを見出す可能性はあるということだ。刑務官のどんな振る舞いが、どのタイミングで無期懲役囚を更生に導くかはわからない。だが、受刑者にとってその振る舞いが「希望」として映り、安心して変わろうと努力できる環境が整えられるならば、立ち直りは不可能ではないのかもしれない。
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NHK報道局ネットワーク報道部記者
1989年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学文学部で西洋史を専攻し、早稲田政治学研究科では政治哲学を学ぶ(修士)。2015年に入局し、熊本局に赴任。自身の「生きづらさ」を元に幅広いテーマで取材する中、2017年以降、受刑者・非行少年の立ち直り支援を継続取材。勤続2年目に熊本地震に遭遇し、遺族取材にもあたった。2020年から現職で、WEB記事の特性を活かしたデジタル発信の取材・編集手法を探究するとともに、部署の垣根を越えた様々なプロジェクトに携わっている。
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NHK福岡放送局記者
1992年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。大学時代の2013年から2015年にかけて、中国・北京大学に留学。1年間、対外漢語学院で中国語を学んだ後、国際関係学院の学士取得。2017年4月にNHKに入局、初任地は熊本放送局。熊本で事件・事故をはじめ、再審無罪となった「松橋事件」のほか、新阿蘇大橋の再建など熊本地震からの復旧・復興や令和2年7月豪雨などを取材した。2022年8月から現職で、2023年6月現在、福岡県警担当。
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(NHK報道局ネットワーク報道部記者 杉本 宙矢、NHK福岡放送局記者 木村 隆太)
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