業界一の高単価なのにシェア1位…小林製薬の減肥薬「ナイシトール」が100億円超のヒット商品になったワケ
プレジデントオンライン / 2023年7月9日 13時15分
※本稿は、菅野誠二、千葉尚志、松岡泰之、村田真之助、川﨑稔『価格支配力とマーケティング』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■「小さな池の大きな魚」を狙う戦略
「あったらいいなをカタチにする」ことが小林製薬の企業スローガンだ。業績(※1)は同業の花王、ライオンなどの優良企業と比較しても、小林製薬の高収益ぶりが際立つ。この高収益と価格支配力の源泉を解き明かしたい。
小林製薬が掲げるのは、「小さな池の大きな魚」戦略である。思考順序はこうだ。
①みんなが釣りに来る池は競争が激しい
②小さくてもよいから自分一人で釣る
③その池を掘りつづけて大きな魚が住めるようにする=市場を大きくする
新規で創造した市場には、比較対象となる競合商品が存在しない。そこで、提供する顧客価値に見合った任意の値付けが可能だ。これが第2部・第5章(『価格支配力とマーケティング』)で解説する「バックキャストで実現する『first to market』」の思想であり、価格支配力の源泉である。
(※1)2022年12月期売上(連結)1662億円、営業利益266億円、純利益200億円(24期連続増益)、売上高営業利益率16.0%、当期利益率12.0%である。各々事業ポートフォリオと事業規模は異なるが、競合の花王、ライオンの営業利益率がそれぞれ7.1%と7.4%。売上は花王が1兆5510億円、ライオンは3898億円。
■100億円規模で5%より、10億円規模で8割
経済メディアの取材(※2)で、小林一雅代表取締役会長が下記のように答えていた。
仮に目の前に、100億円の大きな市場が広がっていたとしても、うちが5位で5%のシェアしか取れないようなら捨てる。
(※2)「小林製薬の強みはダジャレじゃない、『ニッチ・わかりやすさ・執念』だ」ダイヤモンド・オンライン、2019年5月7日 5:00
■「生みの親」と「育ての親」の役割分担
これを実現するには「あったらいいなをカタチにする」新市場を創造する力、新しい顧客をつくる力を高める必要がある。
この点における同社らしい手順のポイントは下記の3つだ。
①アイデア創出力:n=1/エヌイチ開発
②スピード開発:OEMや協業をフル活用し、テストマーケティングも含んだ先行発売
③わかりやすさのマーケティング:ネーミング、パッケージング、TVCFを中心として、お客様の問題を解決するシーンにこだわったコミュニケーションでコスト効率よくコンセプトを伝える
ここで小林製薬のマーケティングの中核となるn=1開発を解説する。
マーケティング部内の商品開発担当は、商品の「生みの親」としてコンセプトからネーミング、さらにパッケージに至るまでのすべてを管掌する。対して、ブランドマネージャーは「育ての親」と呼ばれ、営業や広告戦略など、“育て方のプラン”をつくる役割を担っている。この開発とマーケティング担当者は1チームとして緊密な関係を構築していて、それがアイデアから発売までのスピード感を生みだす。
■大企業では一足早く「生活者志向」を採用
n=1開発とは、調査から客観的にニーズを捉えるものではない。開発担当者も生活者なのだから、生活上の問題を自分の感性・主観をベースに消費者の困り事/ニーズとして捉える。まずは自分が周囲に薦められる、よいと思えるアイデアをベースに考える姿勢だ。
これはプロダクト・アウト/生産志向でもなく、マーケット・イン/市場志向でもなく、ユーザー・イン/生活者志向である。
この着想は最近、さまざまな企業でも採用されているが、筆者が知る限りでは大企業でマーケティングの指針にされたのは小林製薬が格段に早かった。そのアイデアを初期検証する調査では、闇雲に調査会社を使わず、「自分がよいと思うこと」がどれくらい他の人に共感してもらえるか? そのアイデアのどこが面白いのか? よいと思えるのか? どうやって他の人に伝えるか? どうやったら伝わるか? を考えて、何度も何度も周囲のマーケターと壁打ちをする姿勢が徹底している。
開発・マーケティング・チームでブランドの10年先を未来洞察して、シナリオを考え、ブランドのありたい姿を設定し、そこから新製品のロードマップと研究開発ロードマップを策定するため、この連携は強固で有効だ。
■「ドロドロ会議」で商品コンセプトを徹底議論
商品コンセプトのコアをわかりやすく伝えるブランド名は「ナイシトール」(減肥薬)、「熱さまシート」(熱を冷ますシート)、「オシリア軟膏」(肛門のかゆみをなくす軟膏)など他社では真似できないユニークなものが多いが、これは社内のマーケティングと商品開発のチームと、時には周囲を巻き込んで100〜200個のアイデアを創出し、そこから絞り込んだものだ。
現在、その呼称はなくなったようだが、時には合宿までして商品コンセプトを徹底的に議論する会議は「ドロドロ会議」と呼ばれていた。一般企業では「オシリア軟膏」というネーミングに着地する可能性は少ないのではないだろうか。しかしそこから成功しているのだから、これこそが同社の企業文化の成果だろう。
トップマネジメントの決裁を得るには「小さな池」としてはSAM/Serviceable Available Market:事業が獲得できる特定顧客の市場規模が10億円以上、「大きな魚」としてSOM/Serviceable Obtainable Market:事業が実際にアプローチできる市場規模で3年後には市場シェア50%を超えるような市場リーダーになる前提のマーケティングプランを策定する。
このSAM、SOMのスケールは花王、ライオン、P&Gなどの巨大企業ではありえないところも、ユニークなポイントだ。
■売上100億円超「ナイシトール」の中身
ブレスケアは口臭ケア商品で、1997年発売当初の市場はガム、マウススプレーなどがあるだけだった。開発担当者の発見は「口臭は年齢、男女問わず多くの人が気にしている」。しかし、対処法は口中のみ。そして、「私の場合、おなかから出る悪臭から断たないと、ごまかせない。どうにかしたい!」というインサイトから「お腹の中から息リフレッシュ ブレスケア」が生まれ、売上50億円を超える商品にまで成長した。
ナイシトールは全社員からのアイデア「提案制度」から発案されたn=1で、「おなかの脂肪を取る」というコンセプトだった。中身は防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)という漢方薬で、医薬品である。
これは既存処方で、昔からこの名の他社商品は存在したが、漢方医や漢方薬局の薬剤師に説明を受けない限り「防風通聖散」のパッケージを手に取る人は少ないだろう。それを「ナイシトール」というネーミングの妙と「ポッコリお腹が恥ずかしいと思う中年男性」をターゲットに、このコンセプトにしたことでヒットして、100億円を超える売上を記録した。
■製造委託するパートナーの技術力を全社員が信じている
同社の商品群はパッケージ、TV広告、店頭コミュニケーションまでわかりやすさを大切にして大ヒットしている。同社はアイデアを市場に出すスピードを重視しているので、最初はOEMで作るスピード開発を実践することが多く、マーケットボリュームが出てから自社製造に切り替える。
特徴は、「アイデアを形にしてくれる技術力を伴ったパートナーが、世の中にいるんだ」ということを社員が信じていることにある。そして、「自社でやるよりも、その方が早い」と実践しているのだ。需要分析を経て、その結果を信じて売るわけだが、結果が思惑通りになるかわからない。リスク分散のOEM体制と協力社管理の複雑性はあるが、そうした体制のバランスのとり方に長けている点が小林製薬の強みである。
新製品を出す上ではシンプルなゲート管理をおこなっており、ある程度、簡易なテストで勝算がありそうならスピード感をもって市場に出してしまう。そこから、多少の売上不振があってもすぐには諦めず、コンセプトをどう伝えるかを考えながら、製品自体ではなくコミュニケーション、販促物、広告を改良するPDCAを回していく。
小林製薬のような企業規模ではにわかには信じがたい動きで、その様はまるでベンチャー企業のようであり、ブランドマネージャーはそのような動きが要求される。商品コンセプト作成にはじまり、わかりやすいTV広告のクリエイティブの撮影、編集に至るまで、すべて責任をもって現場で判断する。こうした環境下で、数年間でコンセプトメイキング、CF制作、コミュニケーションのプロになっていくキャリア・人材育成の仕組みがある。
■業界一の高単価でもシェア1位を保つ秘訣
さらには商品コンセプトで勝負していることへの理解から、営業は安易に安売りしない。システム上、1SKU(最小管理単位)あたりの利益率、営業の得意先ごとに利益コントロールできるようになっている。「儲からない得意先の中で、ブランドごとにどう利益貢献しているか?」まで可視化されている。そのため、利益ベースで重点顧客を選んだり、条件変更をお願いできる体制だ。営業は小林製薬のプレゼンスを市場全体で高める意思も持ち合わせている。
ナイシトールは成功後、競合他社から模倣商品が数多く出現した。そこで新たにインサイトを深堀りして「内臓脂肪」という言葉を創造した。コンセプト開発後、内臓脂肪という言葉のマインドシェアを上げようという長期的な視野をもとに、研究開発部門と一緒にエビデンスを取り、厚生労働省を説得して成立させ、大きなヒットに結びつけた。
「内臓脂肪」という表現と「脂肪を燃やす!×余分な脂肪を便と一緒に出す!」というTV広告の直截な表現で、現在でもシェア1位を保持している。価格は業界一の高単価だ。小さく生んでテストマーケティングにつなげ、しっかり育てるサイクルがここにある。
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経営コンサルタント
ボナ・ヴィータ代表取締役、ビジネス・ブレークスルー大学教授(マーケティング)。早稲田大学法学部卒、IMD経営大学院修了(MBA)。ネスレ日本株式会社にて営業・ブランディングの経験を経て、マッキンゼー&カンパニーにて経営コンサルタントとして数々の一部上場企業のプロジェクトを担当。のちにブエナ・ビスタ(ウォルト・ディズニー・カンパニー ビデオ部門)でマーケティングディレクターを務めた。ボナ・ヴィータを設立、コンサルティングによる企業の戦略立案とアクションラーニングを通じた企業変革に関わっている。著書に『外資系コンサルのプレゼンテーション術』(東洋経済新報社)、『値上げのためのマーケティング戦略』(クロスメディア・パブリッシング)、訳書に『マッキンゼー流 プレゼンテーションの技術』(東洋経済新報社)など。
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(経営コンサルタント 菅野 誠二)
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