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裁判所は「証拠捏造の可能性が極めて高い」と…それでも「袴田事件の冤罪」を認めない捜査機関の歪んだメンツ

プレジデントオンライン / 2023年7月28日 14時15分

東京高等検察庁(写真=F.Adler/PD-self/Wikimedia Commons)

1966年に静岡市で一家4人を殺害したとして、1980年に死刑判決が確定した袴田巌さんは、2014年に再審が認められて釈放された。ところが、2023年7月、再審に対して静岡地検は有罪立証を進める方針を示した。なぜ検察は有罪にこだわるのか。事件を追ってきたジャーナリストの樋田敦子さんが、弁護団の小川秀世弁護士と袴田さんの姉・秀子さんに聞いた――。

■検察は87歳の袴田さんを再び「有罪」にしようとしている

さる7月10日、いわゆる「袴田事件」で死刑確定後に再審開始が決まった袴田巌さん(87歳)の裁判で、静岡地検は、今後の公判で袴田さんの有罪を改めて主張すると、静岡地方裁判所に方針を示した。19日に行われた再審へ向けての3者協議(裁判所、検察、弁護団)では検察、弁護団の証拠がほぼ出そろい、次回9月の第4回3者協議で再審の期日など詳細が決まる模様だ。

袴田弁護団事務局長の小川秀世弁護士は「検察の意見書に書いてあることは、これまで東京高裁の確定判決で審理されてきたことばかりで、有罪立証のなんの役にも立たない。無実だとわかりながらやっていて、がっかりだ」と話す。検察の有罪立証の方針決定について小川弁護士に話を聞いた。

「袴田事件」は、1966年、静岡県清水市で(現静岡市)、みそ製造会社の専務の家が放火され、焼け跡から一家4人が殺害されて見つかった。そのとき従業員で寮に寝泊まりしていた元プロボクサーの袴田さんが強盗殺人罪などで逮捕され、公判で無罪を主張したものの、80年に死刑が確定した。

当時袴田さんが着ていたとされる5点の衣類は、事件発生から1年2カ月後に見つかった。すでに裁判が進められているときで、みそタンクの中から血のついたシャツなど5点の衣類見つかり、68年、これを有罪の証拠とし静岡地裁は死刑を言い渡している。

■証拠とされた血のついたシャツのDNAは袴田さんと一致せず

弁護団は再審請求が棄却されたことを受け、2008年、第2次再審請求した。動きがあったのは14年、静岡地裁は、証拠の5点の衣類のDNAが袴田さんの血液型と一致しないことを理由に再審開始を決定し、袴田さんを48年ぶりに釈放した(DNAは被害者のものとも一致しなかった)。死刑囚の釈放は、これが初めてだった。

その後、検察は即時抗告し、東京高裁において地裁決定が取り消された。弁護団も特別抗告し、20年、最高裁は審理不十分で、高裁決定を取り消し、審理を高裁に差し戻した。

2年以上かけて審理を続け、23年3月、高裁は地裁の決定を支持し、再審を認める決定を下した。それまで袴田さんの有罪の決定につながっていた証拠の5点の衣類が、「捜査機関による捏造(ねつぞう)の疑いがある」とまで言及した。

再審開始は、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」があるときにのみ決定される。「1年以上みそに漬けられると血痕の赤みが消える」という弁護側の専門家の推測が証拠にあたるとした。

■東京高裁は「捜査機関による捏造の疑いがある」としたが…

その後、検察は最高裁に特別抗告せず、地裁での再審開始になった。

今年4月からは3者協議を進めていて、検察は立証方針の決定に3カ月かかるとし、10日がその期限だった。検察がどのように有罪立証を行うかが焦点になっており、それを明らかにしたわけだ。

今回検察の意見書には、「5点の衣類は、袴田さんが犯行当時着ていたもので事件後にタンクに隠した」「5点の衣類が1年以上みそ漬けにされていた衣類の血痕に赤みが残ることは何ら不自然者ではない。捏造の主張に根拠はない」「犯人はみそ工場の関係者。犯人の行動を袴田さんがとることは可能」などといった主張が並ぶ。さらに「シャツの穴が袴田さんの傷の位置と一致するのは、犯行の際、負傷したから」「衣類が発見されたみそタンクにはもっぱら袴田さんが入って作業しており、他の従業員は気づかなかった」と主張している。

■「検察の有罪立証には犯行の決定的な根拠がない」

「率直に言って、これで有罪立証をしてくるとは全然予想していなかった」と、小川弁護士は言う。

1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」の再審公判に向けた3者協議を終え、記者会見する弁護団の小川秀世事務局長=2023年7月19日、静岡市葵区
写真=時事通信フォト
1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」の再審公判に向けた3者協議を終え、記者会見する弁護団の小川秀世事務局長=2023年7月19日、静岡市葵区 - 写真=時事通信フォト

立証方針が示された直後の会見で小川弁護士は、「こんなにくだらないことで時間を費やすのはやめろ」と憤った。こんなくだらないこととは、有罪立証の根拠が確定判決で言われたことの域を出なかったからだ。

「検察の方針については意見書を読みましたが、なんら新しいことはないのです。新証拠は、検察の実験では赤みが残る場合がある、というだけの主張です。検察がやらなければいけないのは、これが犯行時に着ていた犯行着衣であるとの立証で、赤みが残るというのは、それが犯行着衣だと裏付ける証拠には全くならないのです。それをもう一回蒸し返すのは、再審の趣旨に反します」

さらに小川弁護士は、裁判所や弁護人に「捏造などありえない」という思い込みがあったと考えている。

「シャツの穴が袴田さんの傷の位置が一致した。それは犯行の際に負傷したからだとか、衣類が発見されたタンクにみそを仕込むときには、踏み手として袴田さんが入っていたとか、いろいろ言ってきていますが、いずれもあいまいな証拠で、論理的ではないのです」

■「袴田さんは戦後の4大死刑再審に続く5人目の被害者」

また検察が「血痕の赤みが残ることは不自然ではない」とする補充捜査で、7人の法医学者による共同鑑定書を提出していることに対しても、「みそタンクの中の環境があいまいなので、可能性論を言っているだけのこと。立証の体をなさないと思います。法医学者による色の変化と言ってもあまり意味はなく、再審請求審の時と同じ議論にすぎません」

同日、弁護団も冒頭陳述での主張を示した。

「袴田さんの事件は捜査機関によって作られた冤罪(えんざい)事件。5人目の被害者だ」と無罪を主張。

5人目の被害者というのは、戦後の4大死刑再審の「免田川事件」「財田川事件」「松山事件」「島田事件」の例があるからで、袴田さんはこれに加えて、5人目の被害者だという主張だ。

これらの事件はいずれも検察が有罪を主張したが、その後裁判所は無罪を言い渡している。

また2004年、滋賀県の病院で患者を殺害した容疑で逮捕され懲役12年が確定し、出所後に再審が始まった女性への裁判でも、初公判前に有罪立証を断念して無罪判決となった例がある。

「まさにそれと同じようになるのを私たちは期待しています。姑息(こそく)なというか、理屈に合わないような対応を検察はとってくるので、今後は何度でも申し入れ書を出そうと思っています。弁護団会議を13日に開きましたが、弁護士たちはやる気満々ですよ。検察への怒りでみんな燃えています」

■「シャツに赤みが残るという主張は明らかに蒸し返しだ」

14日に弁護団は、検察に対し有罪立証の放棄を求める申し入れ書を提出。検察の方針は「明らかに蒸し返し。赤みが残るといっても犯行着衣であることの証明ではない」と批判し、静岡地裁へも有罪立証の方針を変更するように求めた。

また19日には、再審へ向けた第4回目の3者協議が静岡地裁で開催され、検察、弁護団双方とも、証拠が出そろい、8月末までに取り調べに同意するかの意見交換をすることになった。少しずつ審理が進む可能性も見えてきたという。

「僕は、この3者協議も公開の法廷でやったほうがいいと思っているのです。双方証拠も出尽くしたので、法廷で公開前整理手続きのようにやったらどうでしょうか。
 ただしこれに対しては、検察は検討中、裁判所は裁判員裁判の形式を踏襲したいらしく、今のところ実現しない公算が強いです。
 また9月から迅速に再審を始めるように裁判所に文書で申し入れていましたが、裁判所からはすぐに期日を決めることはできないとの回答でした」(小川弁護士)

■「検察は警察に配慮し、捏造がなかったようにしたいのでは」

ウエブサイト「Change.Org」では、弁護団の一人、戸舘圭之弁護士が8日から「再審 冤罪袴田事件 検察は有罪立証を撤回して速やかな無罪判決のために審理に協力してください‼」を展開。20日間で約5万筆の署名が集まっている。

「あんなに再審公判まで検察官は時間をかけたのに、まだなにかいりますか? と考えます。早く無罪判決がでますように」
「これ以上、メンツレベルの話で人の一生を壊すのはやめてください」
「検察は社会正義を標榜する資格なし」

撤回を求める声は日に日に増えている。

検察がなぜこれほどまでに無罪になる公算が強いのに訴追を続けるのか。それは検察としてのメンツの問題であろう。それは高裁が、事件の1年2カ月後に見つかった5点の衣類を、第三者がみそタンクに隠した可能性に触れ「捜査機関の者による可能性が極めて高い」と捜査関係者の「捏造」に言及したからだ。

「証拠捏造という言葉に反応したのだと思いますね。検察の警察に対する配慮が見えます。検察が、それをきちんとしないと、警察からの反発が出てくるから。捜査機関の捏造で、批判の矛先が警察に向かうのは絶対に避けたい。どうしても捏造がなかったようにしたい。その一点だけでしょう」(小川弁護士)

■90歳の姉・秀子さんは「検察はやるだろうと思っていた」

袴田さんの姉、秀子さん(90歳)も、「捏造指摘の問題が大きいと思う」と言う。

「検察はやるだろうと思っていました。裁判所に捏造を言われ、その可能性を少しでも薄めたいんですよ。なんといっても検察ですからね。でもこちらは、3年経とうが5年経とうが、裁判で勝ち抜いていくだけ。事件から57年。どうってことないよ」

袴田巌さんの姉・秀子さん
筆者撮影
袴田巌さんの姉・秀子さん - 筆者撮影

秀子さんと筆者は20年近く交流があるが、他人からは絶望的に見えるような場面に出くわしても「なんとかなる」と言って、袴田さんの無実を信じてやってきた。面会を拒絶されても月に1回東京拘置所に通い、お金やボクシング関係の本などの品物を差し入れ続けた。面会拒否にあっても「また会ってくれなかったわ」と笑い、生活費だけを残してすべての収入を袴田さんのためにつぎ込んだ。「帰ってきたら一緒に住む」とビルを建て、そこで待ち続けた。

■「真犯人は従業員とは無関係である外部の人間では」

14年に釈放された際には、都内のホテルで弟と枕を並べて寝た。

そのときは「寝息を立てて眠る巌を見て、安心した」と話してくれた。

今回の検察の決定は、袴田さんには言っていない。身体は丈夫で散歩やドライブに出かけるが、長年拘留されたことによる拘禁症で、袴田さんはまだ妄想の世界にいる。

それでも秀子さんは、電話口で元気な声を聞かせてくれた。

「どうってことないわよ。やるっきゃないから」

さらに弁護団は「この事件の犯人は従業員とは無関係の複数の外部犯人」と想定し、警察が事実を捻じ曲げたと当時の捜査を非難している。

「最初から捜査が歪められてきたことを主張していきたい。迅速に裁判を始めてほしいと思っている」(小川弁護士)

衣類の「みそ漬け実験」で変色を調べたのも、証拠の衣類が袴田さんには小さくて入らないことも、支援者とともにやってきた。

高齢の姉弟のためにも、再審を弁護団と支援者が一緒になって闘い、早く無実を勝ち取ってほしい。それが大多数の人の願いになっているのではないか。

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樋田 敦子(ひだ・あつこ)
ジャーナリスト
明治大学法学部卒業後、新聞記者に。10年の記者生活を経てフリーランスに。女性や子どもたちの問題を中心に取材活動を行う。著書に『女性と子どもの貧困』『東大を出たあの子は幸せになったのか』(ともに大和書房)がある。NPO法人「CAPセンターJAPAN」理事。

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(ジャーナリスト 樋田 敦子)

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