夫婦なのに一度も肉体関係がない…19歳年上のイラン人と結婚した33歳女性が「大人処女」を貫くワケ
プレジデントオンライン / 2023年8月10日 15時15分
■手をつないだことも、ハグをしたこともない
「今の夫でよかったと思います。こんな変わった生活を一緒にできる人って限られていますよね。夫に対して情か愛情か、わかんないんですけど、今のままの生活、このままの状態を続けていきたいと思うんです」
梓さん(仮名、33歳)と、19歳年上のイラン人の夫・A氏(52歳)とは、とても個性的な夫婦関係だ。
2人の間には一度も肉体関係がない。婚約した時から同居をしているが、手をつないだことも、ハグをしたこともない。古物商の資格を持つA氏は現在、国内でリサイクル業もしていて日本は長く、ビザ目的の結婚でもない。
■見かけは清楚な女性が、なぜ派手なバイトを?
私は梓さんに5年前、彼女が都内のバーで週3日アルバイトをしている時に、そこのママを介して出逢った。個性の強い老若男女の客が集まる賑(にぎ)やかな店のなかで、お嬢さんの雰囲気を持つ清楚な梓さんの姿は目立っていた。
その時、梓さんはまだシングルで、男性未経験と聞いていた。その後、店が閉店し、私は梓さんに会う機会を失ってしまったが、今回の取材を始めて以来、ずっと梓さんのことが気になっていた。そしてついにあのバーのママを通じて、梓さんに再会することができた。
梓さんは、妻になっていた。28歳の頃と変わらず、ふくよかで清楚なお嬢さんの雰囲気を持つ女性だった。白いブラウスにふんわりしたスカートが彼女らしさを強調していて、変わらず好印象を受けた。
派手なバーでアルバイト、見かけは清楚なお嬢さん――私にはとてもアンバランスに思えた。いったい、梓さんはどういう少女時代を過ごしたのか。まずはそこから聞いていくことにした。
■異性とは無縁の学生時代を終え、東京へ
鹿児島生まれの梓さんは3歳の時、両親が離婚して以来、母親と2人暮らしだった。20歳になるまで、運転士の父親は養育費を払ってくれていたが、ビジネスホテルで働く母親の収入は夜勤をしても高くなく、生活の余裕はなかった。そのため、普通科高校に入学すると、ひとりっ子の梓さんはすぐにアルバイトに明け暮れた。
高校は共学になって初年度に入学したため、クラスに2人しか男子生徒がいなかった。放課後は、アルバイトで精いっぱいだったので、男の子に意識がまったく向かなかったそうだ。男の子とつきあうどころか、好きになる経験もなく、学生時代を過ごしてきた。
高校時代最後のアルバイトをしていた老舗(しにせ)旅館にそのまま就職したが、給料は高くなく、飲食店や営業など、3年間転職を繰り返していた。
21歳の時、「あてもないのに思いきって」東京に1人で出てきたのは、もっと給料の高い仕事を求めてだった。飲食店、コールセンター、派遣社員、一流ホテルのヒルトン東京の宴会場でも派遣で働いていた。収入は鹿児島にいた時よりは少々上がったが、手取りは月20万円を超えず、しかも東京23区内の家賃は最低でも8万円前後。メインの仕事を転々としながら、副業も転々としてダブルワークをしていた。
■「まだ自分にはできないと思ってました」
梓さんが働いていたバーは、奇抜な内装やインテリア、派手というか強烈個性ファッションの従業員という特別な店内で、彼女だけは染まらず、清楚な姿で、当時別の取材で訪れた私を安心させてくれた。
そもそも梓さんが、この店へ来たのは、仕事仲間の女性に連れられてだった。ダブルワークで仕事をしながらも常にセカンドの仕事を探している時だったので、ママの「手伝ってほしい」という提案にすぐに乗ったというわけだ。
処女であることと、お酒が飲めないことを最初にママに言ってあったため、夜の飲食店ではよくあるように強引にアプローチをかけてくる酔客がいても、ママが間に入ってしっかり守ってくれた。アプローチをしてくるお客のなかで、したいと思えるような人はいなかったのだろうか。
「したい……とは思わなかったですね。したいというか、まだ自分にはできないと思ってました」
梓さんは言葉を選びながら、ゆっくりと言った。
■交際してすぐ、国際結婚の手続きを始めた
夫A氏を紹介したのは、その店に友人に連れられて飲みに来ていたA氏の兄だった。イラン人で日本人妻のいる兄は、店内全員が友達のような超明るい雰囲気を楽しんでいた。兄は、
「弟がいるんだけど、すごく真面目で、あまり女性経験がないみたいで……」
と、梓さんに言った。それで紹介されることになったのだが、兄が事前に、「(梓さんが)夜の店でバイトをしているのは、弟が純粋で真面目だから伏せておこう」
と提案したことから、A氏が本当に真面目な人だとわかり、梓さんはかえって安心した。
2人が兄の紹介で出逢った時から結婚前提のおつきあいが始まり、すぐに国際結婚の手続きが始まった。交際期間はなく、国際結婚の準備が整ったら即入籍という流れになっていた。本当にそれでよかったのだろうか。
「親を安心させたいというのが一番大きかったですね。あとは、シェアハウスで暮らしていたので、2人で暮らせば家賃がちょっと抑えられるんじゃないかって思ったのも正直なところ。何回会っても手もつながないし、そんな雰囲気にもならないし、真面目なこの人だったら、ママとお兄さんの紹介でもあるし、結婚しても大丈夫そうかなって思ってたんです」
梓さんは淡々と言った。
■経験してみるなら「まったく知らない人がいい」
梓さんは、このままずっと処女のまま一生を終えるつもりだろうか。周りが普通のようにしていることを、たとえば「経験してみたい」とか思わないのだろうか。
梓さんは顎に手をやり、真顔で考えてから言った。
「してみたい……?」
そう言ったきり、ちょっと考える。
「してみたいというか、できないということに、ちょっと焦りは感じます。できたほうがいいのかな? とは思います。ただ……」
と、ここで言葉を切ってまた考えた。
「それがしたいかって言われたら、ちょっと違うかもしれないです。もし、(する)相手ができたなら、その人は、私のまったく知らない人がいいです。ずっとしないままできている人とは、なかなか難しいかなと思うんです」
■夫を異性として好きかというと、ちょっと違う
「ずっとしないままできている人」とは、つまり梓さんの夫のことをやんわりと言っているのだと私は思った。もし、未踏の地を未知の人と踏んでしまったら、梓さんの心はどう変わっていくのだろうか。たとえば夫に対する気持ちなどは……?
「どうですかね……?」
梓さんはまた、私に問いかけるように言った。
「夫のことを好きは好きなんですけど、異性として好きか? と言われたら、夫婦らしさというものはないから、ちょっと私は違うんですよね。ただこの気持ちは、今もこれから先も、変わらないんじゃないかと思うんです。たとえるのが難しいんですけど、好きとか嫌いではなくて……」
やっぱり梓さんと夫との間には、他の夫婦とは違う夫婦関係があるということなのだ。
「人としては愛情があって好きですけど」
梓さんは付け加えた。肉体関係のないカップルは感情の盛り上がりが低い代わりに、同じ感情や距離感でいけるので、かえって穏やかに続いていくのではないかと、梓さんの話を聞いて私には思えてきた。しかし、夫のほうの気持ちが聞けていない。梓さんへの思いやりは感じられるが、夫であっても人である以上、梓さん以外の人を好きにならない保証はない。
■もし夫に好きな人ができたらどうするか
ある日、「好きな人ができた」と夫から言われたら、梓さんはどう思うだろうか。
「どう思う? ……」
梓さんは答えを掴もうとでもするように顔を上げて、視線を泳がせていた。やがて、
「しょうがないのかなと思います」
冷静な口調で喋り始めた。
「私と夫との間に肉体関係がある上で、夫が他の女性と……ってなったら、いい気分はしないんですけど、(肉体関係が)ないので、それに関しては私は何も文句は言えないです。むしろ、私は夫が(性欲を)どうしてるか心配なんです。外でどうしてるか干渉しないので想像がつかないんですが、もし夫に好きな人ができたら、それはそれでしょうがないのかなと思います」
梓さんは、言葉を選びながら言った。ここまで聞いて私は、梓さんは「人として」だけでなく、A氏に対して「夫として」愛情や情があると確信した。「もし」の話ばかりになってしまうが、一般の夫婦で少なからずあるように、「好きな人ができたから離婚してほしい」と言われたら、梓さんはどうするのだろうか。
■夫のような人を見つけるのは、本当に難しい
「しょうがないってことになっちゃうんですよね。だって、夫婦らしいことをしてないので。そうなったら、夫の希望を受け入れてあげるしかないんですよね」
皮肉めいてもいない、あきらめでもない、怒りでもない、寂しげでもない。梓さんは分析するように冷静に言った。今から肉体関係を結び「心身共に夫婦」らしく生きていく方法もあると思うのだが、梓さんは自分らしく生きていきたいのか、一般の夫婦らしく生きていきたいのか、どちらをこれからの将来に向けて選んで歩んでいくのだろうか。
「今のままがすごい居心地がいいんです。私は今のままがいいと思っていて、それが自分らしい生き方だと思ってるんです」
梓さんはすぐに答えた。
「皆がしてることなのに、30歳を超えても(男性)経験がないっていうのは、ちょっと心配というか、ちょっとだけ不安はあります。でも、今の夫だから今の生活が居心地いいのであって、もし夫と別れて新しい出逢いを探すってなったら、そのほうが大変。今の夫と同じような人を見つけるのは、本当に難しいと思います」
■価値観が一致する「最強の夫婦」
目から鱗(うろこ)のような梓さんの発言に、私はハッとした。
私は普通にしている皆の立場から、していない人に話を聞いてきたが、梓さんにとっては、しない相手を見つけるほうが大変と言う。今の夫の代わりはいないのだ。
「私は今のままが一番……」
梓さんのふんわりした顔に笑みが浮かんだ。それはよく理解できた。しかし、性欲というものは時に魔物に変身する。自分の夫の性欲のことを心配するように、梓さん自身は体の欲求をどう受け止めているのだろうか。
「体の欲求? 私、ないんです、興奮するとかも。気持ち悪いとも思わないし、したいとも思わない。疼(うず)くって感覚もない。(性的欲求に対しての)意識はあんまりないかもしれないです。男の人を見て、顔がカッコいいなと思うことはあるんですが、その程度です」
スマホの待ち受けは韓国のアーティストだった。梓さんのその欲求のなさは、夫と出逢う前からずっと変わっていない。だからこそ、夫はそういう梓さんを選び結婚したのではないか――話を聞くうち、価値観が一致する最強の夫婦に私には思えてきた。
■肉体関係を求められたら「今さら困っちゃう」
「ほんと夫婦ってカンジがしないんですよね」
と言いながらも、梓さんは、
「私は今のままが一番」
と、繰り返し言ってニッコリと微笑む。その生活を壊すのは、夫が「そろそろしようか」と肉体関係を求めて来た時ではないだろうか。ところが、
「それはないですね」
梓さんは、迷うことなく言い切った。
「そう言われても困っちゃいます。私ができないから、今さら困っちゃうんです」
「今さら」――それは、セックスレス夫婦の取材をした時、多くの取材対象者から聞いた言葉だった。私がそれを言うと、梓さんは、
「やっぱりそうなんですかねぇ……」
■最初からずっとセックスレスだっただけ
軽やかに笑った。その笑顔に、私はなぜか大人の色香を感じた。なのに、梓さんは男性未経験で、体が欲することもない。大人の艶(つや)やかさは、男性経験や女性経験から生まれるわけではないのだと、私は梓さんを見ていて知った。
「長く一緒にいると同志とか家族とかになって、今さら男と女じゃなくて……ってカンジになると、セックスレスの夫婦はよく言いますよね。私たちも、そんなカンジに近いのかもしれません」
結婚後、セックスレスになっていく夫婦も多いが、
「私たちは最初からずっとそうだっただけですよね」
梓さんの言葉に、思わず私は頷(うなず)いていた。
結婚前からセックスレスということは、結婚後の従来のセックスレスと違って、将来セックスレスでなくなる可能性も秘めている。ならば、梓さんのほうから「しよう」とアプローチする日は来るのだろうか? 聞いた途端に、梓さんはクスリと息を吐いて笑った。
「言わない。私から言いたくはない。私からは言えない。私は、やっぱりこのままがいいんです」
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作家・高野山真言宗僧侶
愛知県生まれ。日本大学芸術学部卒業。女優を志したあと、作家に。1991年「私を抱いてそしてキスして」で第22回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。99年得度。2007年僧侶となる。『聖地へ』『四国88ヵ所つなぎ遍路』など著書多数。
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(作家・高野山真言宗僧侶 家田 荘子)
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