村上宗隆が覚醒して、大谷翔平がホームへ生還…WBC「逆転サヨナラ勝利」の裏で、ベンチで起きていたこと
プレジデントオンライン / 2023年8月24日 15時15分
■代走、そして村上への代打を準備する
準決勝のメキシコ戦は4-5の1点ビハインドのまま、9回ウラへと入りました。
メキシコはMLBのカージナルスでクローザーを務めたガイエゴスを投入します。対する侍ジャパンの先頭打者は3番(大谷)翔平からの好打順です。
この時点で、僕は想定できることを何通りか考えていました。翔平の結果がどうであれ、吉田が出塁したら、同点または逆転の走者になるので代走が必要になること。
それから、翔平と吉田(正尚)がともに出塁して、ノーアウト一、二塁になった場合、ムネに代打を出して送りバントをさせる準備が必要だということです。
栗山監督には「一、二塁になったときのためにムネのところにバントの選手を準備しておきますね」と伝えました。
周東(佑京)には早々に吉田への代走でいくことを伝えておきました。
■二塁上で大谷は「カモン、カモン」と叫んだ
ローンデポ・パークはベンチからバッターボックスまでの距離がとても短いため、打席の翔平の様子がよく見えました。翔平がバットを短く持っているのがはっきりとわかりました。
点差はわずか1点。メジャーでホームランを量産する翔平には、ひと振りで同点ソロホームランを打ってもらいたい気持ちもあります。でも、やはりこれが翔平の野球観なのでしょう。
初球、外角高めのシュートを引っぱると、打球は深く守っていた右中間の真ん中へ。翔平は一塁を回り、二塁に滑り込むことなく到達しました。
その時点で僕は、牧原大成のところに行って、「吉田がフォアボールで一、二塁になったら、バントあるから準備しておいて」と言いました。
その頃、翔平が二塁ベース上でジャパンのベンチに向かって両手を振り上げ「カモン、カモン」と叫んでいたそうですね。のちに映像で見てびっくりしました。翔平がこんなに感情を表に出して、魂を揺さぶるような叫び声を上げるだなんて信じられませんでした。
でもそのとき、僕と牧原だけはそのベンチの盛り上がりから隔絶された空間にいたようなものでした。
■「ピンチバンター」牧原の憂鬱
そのときの牧原の驚きと、困惑の顔は忘れられません。不安そうな目で僕を見ていました。言葉にこそ出しませんが、「ウソでしょう、この状況で代打バントですか? 勘弁してください」と言っている顔でした。
気持ちはよくわかります。突然試合に出てバント、しかも三塁はフォースプレーですから、難しいバントを求められます。
もちろん、牧原だってサードに捕らせる強めのバントを転がす技術を持っています。普段であれば問題はないでしょう。
でも、この試合です。日の丸を背負って、1点ビハインド、成功すれば勝利を引き寄せ、失敗すれば無得点で終わってしまう可能性が高まる、そんな責任重大なバント。体が萎縮して、うまくバットをコントロールできなくても不思議ではありません。
あまりにも不安そうだったので、なんとか払拭(ふっしょく)してあげたいと思いました。なので、「大丈夫。ランナー翔平だし、外国人はフィールディングのうまい投手は少ないから、転がしさえすればセーフになるから」と、なんの根拠もない言葉をかけました。
安心材料を与えたかったのですが、牧原はどう見ても上の空だったので、たぶんこの言葉が頭には入っていかなかったと思います。
■栗山監督の決断「ムネに任せるわ」
代打でバントということ自体、めちゃくちゃきついことです。決めて当たり前と思われていて、失敗すればタダでアウトを献上するだけ。本当にきついです。
でも、僕の仕事としては、その状況に備えて、できる人を準備しなくてはいけないのです。
ともかく牧原には伝えて、監督の隣に戻ると「マキ大丈夫だよね?」と聞かれたので「はい」と答えました。
吉田のボールカウントがボール先行していったとき、栗山監督が僕に「ムネに任せるわ」と言いました。栗山監督が決断をした瞬間でした。
それを受けて僕も監督に「今、牧原にバントさせても成功する確率低いですよ」と言いました。監督の決断に対して、思いっきり背中を押したかったのでした。
実際、精神的に普段どおりのバントはできそうにありませんでしたから。
■「人生でこんなに緊張したことはない」
すぐに、牧原のところへ行って、「マキ、なくなったから」と伝えると、すっごくホッとしたような、嬉しそうな顔をして、「そうです。ムネに任せたほうがいいですよ」と言いました(笑)。
プロ野球選手がなかなか言わない言葉です。基本的に試合に出てナンボですから、自分ではなく別の選手に任せたほうがいいなんて言うことはまずありません。
でも、偽らざる心境だと思います。
あの状況で、「僕にバント任せてください」なんて言える選手なんて、本当にいないと思いますから。
バントの名手と言われる源田(壮亮)でさえ、スタメンで出ているのに、ファウル、ファウル。スリーバントでやっと決めたりしたんですから、試合に出てない、打席にも立っていないという選手にそれを任せるのは酷です。
バントあるよと伝えたときの牧原の当惑した顔、そして、なくなったよと伝えたときの牧原の嬉しそうな顔、どちらも忘れることができません。
後で聞いた話ですが、牧原は人生でこんなに緊張したことはないと言っていました。試合に出てもいないのに、これで行くよってなったらどうなってしまうのだろうと。無理もないと思います。
■不調の村上に監督の言葉をどう伝えるか
牧原を安堵させて、また栗山監督の隣に戻ると、今度は「ムネに任せたって監督が言ってるって伝えてきて」と言われました。
言葉にはしませんでしたが「オレが?」と思いました。バッティングコーチもいたので……。
ネクストで待っているバッターは、集中を高めています。そこにコーチが近づくと、絶対に「なんだろう」と警戒する気持ちになります。
ましてや村上は調子が上がらず、現実に今の今まで「ピンチバンター」の準備までしていたわけですから、代えられると思ってしまうのではないか、かえってマイナス効果になってしまわないかと心配になりました。
でも、吉田のカウントはもう3ボールくらいになっていたので、すぐに出ていけるように準備しながら、どう伝えようかなと考えていました。
フォアボールになったので、村上の近くに行くと目が合いました。思ったとおり、とても不安そうな表情をしました。
腹を決めて、「監督、ムネに任せたって言ってるから、思い切って行ってこい」と言いました。
「ムネに任せた」というあたりで、村上はバッターボックスのほうに向き、意識を集中させているようでした。僕には「よし」と気合を入れたように感じられました。「思い切って行ってこい」と背中を叩いて送り出しました。
■栗山監督の“共感力”でスイッチが入った
後日、本人から聞いた話ですが、やはり村上自身、代打が送られると思っていたそうです。
代走の周東がベンチから出てきたとき、自分への代打だと思ったと。それがそうではなく、代走だったのを見ても、じゃあ自分の代打はどうなるんだろうといった、少し混乱して不安な気持ちだったと、そう言うのです。それで、僕が監督の言葉を伝えたときに、吹っ切れてスイッチが入ったと。
僕は打席に向かうムネに「任せた」と伝えることなど考えもしませんでしたが、栗山監督は、村上がどんな心境でネクストにいるかがわかっていて、どうすれば集中力を高められるかを考えた結果、僕に伝えさせたのだと思います。そこまで選手の気持ちが手に取るようにわかっているのだなと。
それを伝えに行ったのが、なぜ僕だったのかというのも今だから考えます。バッティングコーチの吉村さんが伝えるのもありだと思いますし、監督自身で伝えるのもありだと思います。でも、なぜ僕だったのか、栗山監督のことですから、必ずそこにも理由があるのだろうと思います。
ひとつには同じスワローズの所属だから、コミュニケーションが取りやすいというのは考えられます。
それともうひとつは、はじめに栗山監督が僕の役割として期待していただいた、頼ってもらったり、話を聞いてあげたりといった、選手に寄り添う部分で適任と考えたのかもしれません。
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元プロ野球選手、ヤクルトコーチ
1973年生まれ。春日部共栄高、青山学院大(中退)を経て95年ドラフト5位で日本ハム入団。98年ヤクルトへ移籍し、09年現役引退。引退後は10~14年までヤクルト、15~21年まで日本ハム、22年からは再びヤクルトでコーチを務める。2023年のWBCでは日本代表の内野守備・走塁兼作戦コーチを担当。著書に『世界一のベンチで起きたこと』(ワニブックスPLUS新書)がある。
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(元プロ野球選手、ヤクルトコーチ 城石 憲之)
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