プーチンが失脚すれば終わるわけではない…ロシア人がウクライナ戦争を否定しない歴史的な理由
プレジデントオンライン / 2023年8月24日 8時15分
※本稿は、宮家邦彦『世界情勢地図を読む』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■ヨーロッパの輪に入れてもらえない悲しい国
そもそも、ロシアというのはどういう国なのでしょう。
ロシアはとても悲しい国です。自分たちはヨーロッパの一部だと自負していますが、西欧諸国はもちろん、東欧諸国ですら、心の底ではそれを認めてくれません。歴史的には過去数世紀の間に帝国主義的拡大を続けたロシアも、1991年のソ連崩壊により大きな壁に直面しました。
更に、2022年にはウクライナ戦争というプーチン大統領の戦略的判断ミスにより、ロシア国家はその存続に関わる大きな壁に直面しています。
■「緩衝地帯」と「不凍港」を求め続ける国
現在のロシアの原型は15世紀のモスクワ大公国でした。ロシアの外敵を防ぐ山脈は、アジアとの境界にあるウラル、中東方面のカルパチア、南アジア方面のコーカサス(カフカス)でいずれも遠く、モスクワの周辺は山や海のない平坦な地形です。モスクワは強力な外敵にあまりにも脆弱(ぜいじゃく)でした。
こうしたロシアの弱さはロシア人の安全保障観を独特なものにしていきます。
13世紀のモンゴル来襲はロシアの危機感を決定付けました。陸続きの国境は脆弱で、100%の安全を確保するためには、敵との間の十分な「緩衝地帯」と、いざという時に海へ逃げられる「不凍港」が必要ということでしょう。その後、モスクワはこの理想を貪欲に実現していきます。
■プーチンが大統領に指名された黒い理由
エリツィンがなぜプーチンを後継者に選んだかについては議論があります。
1999年大晦日に辞意を表明したエリツィンは、全体主義を脱して明るい未来への期待を抱いた国民に応えられなかったことを自省し、民主主義の原則を守って辞任する旨述べました。
後継にプーチン首相を指名した理由は明らかにしませんでしたが、それはプーチンが民主主義者だからではなく、生涯エリツィンを刑事訴追から免責することを約束したからに過ぎないと思います。
その意味で晩年のエリツィンは、判断力が衰えていたか、もしくは本当の民主主義を理解していなかったのかもしれません。
■たとえ失脚しても民族主義的傾向は変わらない
プーチンが大統領に就任した頃、NATOの東方拡大は既定路線となっており、ロシア側にこれを阻止する力はなかったでしょう。
しかし、あの時点からプーチンがNATOの東方拡大をロシアに対する潜在的脅威と考えていたことは間違いなく、この屈辱的な記憶が2014年からのロシアによるクリミア侵略に繫がっていったのだと思います。
プーチン体制はいつまで続くのか、これは、ウクライナ戦争の行方次第でしょう。
プーチン自身、負けるとは言えないし、負けるとも思っていません。それはゼレンスキーも同様でしょう。そうであれば、近い将来に停戦交渉が始まり妥結するとは思えません。
問題は、戦争終結前にプーチンが失脚する可能性ですが、恐らく可能性は低いでしょう。仮に失脚した場合でも、楽観視はできません。ポスト・プーチンがより国粋的、民族主義的なリーダーにならない保証など一切ないのですからね。
■民族国家「ウクライナ」を生んだのはプーチン
つい数年前まで、ウクライナという民族国家は存在しませんでした。ウクライナが強い独立意識を持った民族国家になったのはつい最近のことですが、それはプーチン大統領の判断ミスによるところが大きいのではないでしょうか。それと同時に、ゼレンスキー大統領という稀代の役者が、「ウクライナ民族の英雄」の役柄を見事に演じた功績も忘れてはいけません。ここではウクライナの将来について考えます。
■多くの国境が重なる地政学的悲劇
ウクライナの地政学的位置も良好とは言えません。南こそ黒海に面して最小限の「海への出口」があるものの、東はロシア、北はベラルーシ、西はポーランド、スロバキア、ハンガリー、西南はモルドバ、ルーマニアなど、多くの国と陸上国境で接しているからです。
18世紀までにウクライナはロシア帝国に併合されますが、ロシア革命で帝国が崩壊するとウクライナでは民族自決運動が起き、1917年にはウクライナ人民共和国の樹立が宣言されます。しかしその後、ロシア内戦などを経て、ウクライナはソ連邦の一部となります。
ウクライナはロシア発祥の地でもあり、ロシア人の対ウクライナ感情は複雑です。ロシア民族主義者の一部はウクライナを「ロシアと一体」でありながら「弟分」と見る傾向があるのに対し、ウクライナ側もロシアは完全には「心を許せない」が「頼りにせざるを得ない」隣国でもあると考えていたのではないかと推測しています。
2014年にロシアが侵攻し併合したクリミア半島も、ロシアから見れば元々ロシアの領土であり、たまたまソ連時代にフルシチョフが対ウクライナ懐柔策としてウクライナ共和国に編入しただけと考えています。プーチンのウクライナ観はこうしたソ連時代の記憶に基づいているのでしょう。
■「親露派」「親欧米派」独立後も分断は続いた
ソ連崩壊に伴い、ウクライナは1991年に独立し中立を宣言します。外交的にはロシアを含むCIS諸国と限定的な軍事提携を、1994年にはNATOとパートナーシップをそれぞれ結びました。更に同年、アメリカ、ロシアからの圧力もあり、ウクライナの領土不可侵の保証と引き換えに、保有していた核兵器を放棄するなど、バランス外交に努めました。
内政面では、独立後の民主選挙を経ても対露関係をめぐる国論の分断は収斂せず、2004年にオレンジ革命が起きるなど親露派と親欧米派の激しい政争が繰り返されました。2013年には親露派ヤヌコビッチ政権がウクライナ・EU連合協定の停止と対露経済関係緊密化を打ち出し、2014年にはこれに抗議するユーロマイダン革命(尊厳革命)が起きて、ヤヌコビッチ政権は崩壊します。
同年のロシアによるクリミア軍事侵攻は、こうした騒動で危機感を強めたロシア側の対応だったと思います。
それまでのウクライナは、国論が二分され、軍隊が弱体で、汚職まみれの中途半端な国でした。ところが、2014年のロシアによるクリミア侵攻でウクライナは目覚めます。ロシアに対する反感は新たにウクライナ民族主義的感情を醸成し、国軍はNATO諸国の支援を得て新たな軍改革を始めました。ロシアが2022年2月に軍事侵略を始めた時、ちょうどウクライナは新しい民族国家に脱皮しつつあったのです。
■EU・NATOへの加盟は簡単ではない
ロシアのウクライナ侵略が国際的に非難されることと、ウクライナがEUとNATOに加盟することは別問題でしょう。
戦争の影響であまり問題になってはいませんが、ウクライナ国内の不正・腐敗問題がこの戦争で解消されたわけではありません。
EU、NATOに加盟するためには汚職問題だけでなく、政治制度の透明性など多くの条件を満たす必要があります。これまでウクライナがNATOに加入できなかったのは、ロシアからの圧力以外にも、国内制度の改革や整備が不十分だったこともあるようです。
今の戦争がどう終わるかにもよりますが、ウクライナの加盟は決して容易ではないと考えます。加盟実現は今後のウクライナ国内改革、ロシア側反発の程度、欧米諸国の思惑などを勘案して決まると思います。
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1953年神奈川県生まれ。78年東京大学法学部卒業後、外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館一等書記官、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2006年10月~07年9月、総理公邸連絡調整官。09年4月より現職。立命館大学客員教授、中東調査会顧問、外交政策研究所代表、内閣官房参与(外交)。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 宮家 邦彦)
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