なぜ「説明が完璧な営業」より「説明が粗っぽい営業」のほうが売れるのか…キーエンス流「営業の極意」
プレジデントオンライン / 2023年8月29日 13時15分
※本稿は、鈴木眞理『仮説起点の営業論』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■私たちは常日頃から「仮説」を使っている
若手の営業パーソンと話していると、みんな口を揃えて「仮説を立てるのが難しい」と言います。本当にそうでしょうか?
実は意識していないだけで、私たちは日々の生活の中でも仮説を立てながら生きています。
例えば、「今日は飛行機雲が出ていて雨が降りそうだから傘を持って行こう」としているときの「雨が降りそう」というのは仮説ですし、「宿題をやらないとテストの点が下がり親に怒られるから勉強しよう」にも仮説が含まれています。
常日頃から使っている仮説が、仕事の場になるとなぜ急に難しく感じるのでしょうか?
それは、仕事で使う仮説は間違ってはいけないと思い込んでいるからです。
学校のテストには必ず正解があり、正しい答えを解答することが求められます。答えを間違えると悪い成績をつけられ怒られるので、間違えることは悪いことだという価値観が刷り込まれていきます。さらに、社会に出ても多くの日本の企業の評価は減点方式です。失敗することで評価が下がるような環境では、失敗する可能性があることにチャレンジしにくくなってしまいます。
幼少から社会人まで長い間刷り込まれてきた価値観は、なかなか変えられるものではありません。日本においても、減点方式から加点方式に変えるべきだという話はよく出ますが、経営層、マネージメント層に価値観として減点方式が根付いてしまっているので、評価制度を変えても実態としては減点方式のままだという企業もまだまだ多いです。
この価値観をドラスティックに変えるためにも、仮説においてはむしろ「間違えたほうがよい」と考えているぐらいがちょうどよいと思います。
■フランスの数学者が提唱した「ラプラスの悪魔」
仮説は間違えたほうがよい
そもそも100%当たる仮説はありえるのでしょうか?
「ラプラスの悪魔」という言葉を知っている人も多いと思います。フランスの数学者、ピエール=シモン・ラプラスが次のように提唱した概念です。
――『確率の解析的理論』1812年
要約すると「世の中全ての物質の位置と運動量を知ることができ、それを計算する能力があれば未来を予測することができる」という考えです(私は物理学の専門家ではないので、正確な表現ではないかもしれません)。
■提案の前に得られる情報には限りがある
これは現在では、量子力学の台頭により矛盾が出てきたことで、古い概念とされているそうです。ただ、「センサを通してこの世の中の全ての情報をビッグデータとして集めることができ、想像もつかないような計算能力を持つスーパーコンピューターがあれば、AIで未来が予測できる」というのは誰もが一度は空想したことがあるのではないでしょうか?
このように全ての情報を集めることができるのであれば、100%とは言わないまでも精度の高い予測をして仮説を作ることができると思います。
では、営業の場面で考えてみるとどうでしょうか?
確かに全ての情報を得ることができれば仮説の精度が上がりますが、提案の前に得られる情報には限りがあり、100%に近い情報を集めるのは不可能です。企業ページから得られるサービスの概要、商談相手の役割、インターネットや本、知人から得る業界のトレンド、上場企業であれば中期経営計画、財務諸表ぐらいではないでしょうか?
しかしこれらも顧客が課題解決に取り組む際に、結果に影響を及ぼす情報のごく一部でしかありません。このような情報しかない中で、100%に近い確率で当たる仮説を作ることなど不可能なのです。
■最初の仮説は「間違える」前提で作る
仮説の精度を上げようと思うと、多くの情報を集める必要があります。多くの情報を集めるということは、多くの時間がかかります。一方で、前回の記事でも書きましたが、営業におけるスピードの重要性がどんどん高まっている中、時間をかけずに仮説を構築することが求められています。そして、精度が高い仮説を作ろうとするとスピードが落ちます。ではどうすればいいでしょうか。
仮説の精度とスピードはトレードオフの関係にあるので、「最初の仮説は“間違える”前提で、完璧に作ろうとしない」ことが大切です。
■仮説を提示する際に留意すべき「2つの要素」
とはいえ、顧客としても「精度高い仮説を持ってきてよ」と思っているんじゃないかとか、「準備してこない営業なんて信頼されないのでは」と思いますよね。確かにそうです。
そこで顧客に仮説を提示するにあたっては、次の2つの要素に留意します。
・期待値のコントロール
1つ目の提案の規模というのは、自分達の提案を実行するためにどのくらいのコストがかかるのかということです。
エンタープライズ(大企業)向けの提案では、SMB(中小企業)向けの提案と比べて、金額ベースで考えると多くの改善効果が見込まれる一方、コストも多くかかり、多くの部署、担当者が判断に関わります。
このような提案では取り得る選択肢も多く、さまざまな要素が絡むため情報もたくさん集めなければならず、仮説も初回から複雑になります。
■提案の規模によって、初回の仮説が違ってくる
一方、SMB向けの提案や、エンタープライズでも1つの部署内で検討が完結するような規模の小さな提案であれば、関わる人や取り得る選択肢も少ないので仮説がシンプルになります。またコストも小さいので判断を誤った際の損失も小さく、決断がしやすくなります。その分、1つの契約から得られる収益は少なく、多くの提案をする必要があるため、より仮説のスピードが重視されます。
このように提案の規模によって、初回の仮説をどこまで作るかが違ってくるのですが、私個人の経験としてはエンタープライズ向けであっても、初回提案では方向性を決めるような簡単な仮説をぶつけるほうがよいと思います。
せっかく時間をかけて仮説を作り込んでも、前提が違っていたり、事前に知り得ない重要な情報が後から出てきて、大きく方向性を修正しないといけないケースも出てきます。そこから仮説を作り直すと最終的な仮説に到達するスピードが遅くなるからです。
では、「簡単な仮説でも顧客に準備不足と思われないようにする」には、どうすればよいかというと、事前に期待値をコントロールして認識を合わせておくことです。
■まずは時間をかけず、ざっくりとした仮説を提示
クリスマスに食事に誘われたときに、豪華な食事が出ると思って行ってみたところ、缶ビールと軽食しかなかったらガッカリしませんか? でも、最初から「缶ビールと軽食で気軽に話そうよ」と誘われて行ったのであれば、ガッカリしませんよね。
営業でも同じように、顧客が期待している提案の完成度と営業が考えている提案の完成度がズレてしまっていることがよくあります。最初から完全な解決策を提示してくれると考えている顧客に対して、間違っている可能性がある仮説をぶつけると、ガッカリされてしまいます。
これが、「他社事例などをもとに、私なりに考えた御社が取り組むべき課題の仮説をお持ちさせていただきます。実現性があるかディスカッションさせてください」とアポイントを取っていたらどうでしょう? 完璧な解決策を持ってくるとは思いませんよね。
また、提案までの時間を長くとりすぎないことも重要です。情報が限られている以上、仮説の内容はかけた時間ほどよくはなりません(考えているのではなく、迷ったり悩むことに時間を使ってしまっている)。しかし準備時間が長いと、顧客はそれだけしっかりした仮説を用意してくれると期待してしまい、ガッカリされてしまう可能性があるのです。
まずは間違っていてもよいので、時間をかけずにざっくりとした仮説を顧客に提示してみることをおすすめします。
■完璧な仮説は「眠くなる講義」と同じ
完璧な仮説では顧客の心は動かない
粗い仮説を早めにぶつけたほうがいい理由はもうひとつあります。
みなさんは学生時代に講義を聴いていて眠くなったことがあると思います。講義は基本的には「正しい情報を学ぶ」というスタンスで受けている人が多いと思います。既に正解があることについて聴き、覚えるという作業をするだけで、自分で新たに何かを考える機会は少ないため、どうしても眠くなってしまうのだと思います。
完璧な仮説を作り上げて、顧客に説明をしているときには同じような状況が発生しています。
内容は素晴らしくても、聞いている人が考える余地がないと、心は動きません。当事者ではなく、傍観者になってしまうのです。
当事者として「自分の意志で選んだ」ときにこそ心が動きます。
■粗い仮説をぶつけて、顧客と共創していく
『影響力の武器[第三版] なぜ、人は動かされるのか』(誠信書房)の中に「コミットメントと一貫性」という原理が出てきます。これは、人は一度決定して立場を表明すると、そのコミットメントした立場と一貫した行動を取るように内面からも外部からも圧力がかかるという原理です。そして、コミットメントが効果的に影響を及ぼす条件の1つに「自分の意志で選ぶ」というものがあります(他の条件は、「行動する」「他人の目にさらす」「努力を要する」)。
人は、他人に教えられるより「自分の意志で選ぶ」ほうが印象に残り心を動かされるのです。
顧客の心を動かすために、自分で考えて「自分の意志で選んでもらう」ことが重要だとすると、最初から完璧な仮説を用意して“講義”をするという方法は適切ではありません。粗い仮説の段階で顧客にぶつけ、ディスカッションしながら一緒にブラッシュアップしていくべきです。
そうして自分一人で仮説を作るのではなく、顧客と共創していくことにより、顧客にも仮説の当事者になってもらえ、自分事として捉えてもらうことができます。
■顧客の認識とのズレに早く気付くことができる
「リーンスタートアップ」と呼ばれる、スタートアップ企業でよく取り入れられている製品・サービス開発のマネージメント手法があります。
この方法では、最初から完成度の高いプロダクトを作り込むのではなく、仮説をもとにMVP(Minimum Viable Product)と呼ばれる必要最低限の価値、機能を備えた商品、サービスを作ります。できるだけ短期間、低コストでMVPを作って、イノベーター、アーリーアダプターと呼ばれる新し物好きの顧客にぶつけて反応を見ます。その反応をもとにプロダクトを改善しながら、市場に受け入れられていくものに改善していくという方法です。
リーンスタートアップは、早めにMVPを顧客にぶつけることで反応を見て、市場のニーズをもとに改善し、短い時間でプロダクトの完成度を上げることができます。仮にMVPが市場のニーズから外れていたとしても、早めに気づいて修正ができるので、時間をかけてニーズからズレたプロダクトを作ってしまうということがありません。
粗い仮説をぶつけて、顧客と共創していくという営業手法は、リーンスタートアップの手法と似ています。顧客の認識とズレが発生してしまっても、早めに仮説をぶつけることですぐに気づくことができるのです。
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Datable VP of Sales
1981年生まれ。早稲田大学教育学部卒。2005年キーエンス入社。工場、設備メーカー向けに制御機器の営業を行う。11年SAPジャパン入社。インサイドセールスを経て、化学・石油業界担当のエンタープライズ営業に従事。15年オープンテキストに入社し、SAP経由のOEM販売を担当。16年freee入社。セールス、カスタマーサクセスのマネージャー、セールスイネーブルメントを担当。マネジメントするチームから全社売上1位メンバーを複数輩出。22年より現職。マーケティング、セールス、カスタマーサクセスなどGo To Marketに関わる領域全体の責任者を務める。SNSやウェブメディアを通して営業についてのナレッジを精力的に発信し続けている。
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(Datable VP of Sales 鈴木 眞理)
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