1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

スマホ電源を切っただけで「監視対象」に…中国警察がウイグル自治区に張り巡らせる「最恐の監視システム」

プレジデントオンライン / 2024年3月6日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gremlin

中国の新疆ウイグル自治区では、中国共産党が少数民族であるウイグル族への支配を強めている。軍事ジャーナリスト・黒井文太郎さんの『工作・謀略の国際政治 世界の情報機関とインテリジェンス戦』(ワニブックス)より、中国警察によるウイグル人監視システムの実態を紹介する――。

■内部文書で判明した中国警察の監視システム

中国のウイグル人に対する人権侵害は、いまや世界中に知れ渡っている。中国当局によって「再教育」と称して強制収容され、強制労働や拷問などが行われたのは、すでにのべ100万人を超えているとみられる。中国当局によるウイグル人迫害は凄まじいものだが、では中国当局はそもそもどのようにウイグル人の住民たちを監視しているのか。その詳細を記した中国警察当局の内部文書が流出したので、その概要を紹介したい。

これは、米情報サイト「インターセプト」が2021年1月29日に公表したレポートで詳細に紹介された、新疆ウイグル自治区とその中心都市であるウルムチ市の公安局のデータベース内の文書である。流出した内部データは、52ギガバイトもの大量のデータであり、約2億5000万行の文書を含んでいる。同データベースに使われているソフトは、セキュリティ企業「ランダソフト」が開発した「iTap」というデータ管理システムである。ランダソフトは上海の民間企業である。

インターセプトでは、その膨大な内部報告書から、いくつかの具体的な監視活動例をピックアップして紹介している。たとえば、ウルムチ市の警察自動化システムがあるケースで「情報判定通知」と呼ばれる命令を傘下の警察署に出していた。その経緯は以下のように説明されていた。

■きっかけは「微信」で申し込んだグループ旅行

まず、警察当局が過激派とみなす人物の親族の女性が、中国国内で広く使われているスマホのメッセージアプリ「微信(WeChat)」を通じて、雲南省への無料旅行を申し込んだ。その女性が見つけたのは、“トラベラーズ”というグループが募集したものだった。

警察はそのトラベラーズというグループに注目した。なぜなら、そのグループには、ウイグル人、カザフ人、キルギス人などのイスラム系少数民族の人々も200人以上含まれていたからだ。根拠はそれだけだが、ウルムチ市の警察は監視対象と判断した。情報判定通知にはこうある。

「彼らの多くは、強制収容されている者の親族である。最近、多くの情報により、過激派の親族が集結する傾向が明らかになっている。この状況には大きな注意が必要である。この通知を受け取ったら、すぐに調査せよ。トラベラーズを企画した者たちの背景や動機、活動の内実を調査すべし」

■姉の宗教活動を理由にウイグル人男性を検挙

この命令を受け取ったある警察署が、内部捜査をして報告書にまとめている。それによると、同署は一人のウイグル人を検挙している。しかし、警察署の報告書によれば、その人物は過去に犯罪歴はなく、中国国内を旅行したこともなかったという。

しかし、彼の携帯電話は没収されて警察の「インターネット安全ユニット」に送られて解析された。また、彼は「管理・監視」対象と決定され、それにより、政府が任命した地元の人物が彼の家庭を定期的に訪問して報告することとされた。そして、彼に関するすべての記録は、警察の自動化システムに登録された。

警察がこの人物を検挙したのは、5カ月前に長姉が宗教活動をしていたからということだった。その宗教活動というのは、この長姉と夫が別のウイグル人の夫婦を家に招待した際に、メッセージアプリ「テンセントQQ」の宗教討論グループに誘ったということだ。

■姉夫婦は消息不明、勧誘された夫婦は強制収容所へ

それにより、この夫婦はノートパソコンを購入し、毎日午前7時から午後11時30分までグループにログインし、夫はタバコと酒をやめ、妻は丈の長い服を着るようになった。警察はこの2組の夫婦を逮捕し、168の宗教的な音声データファイルを没収した。これは、預言者ムハンマドが生きていた頃のイスラム教を実践することを提唱するイスラム運動「タブリーギ・ジャマート」に関連するものだったらしい。その後、この長姉と夫の消息は不明で、もう1組の夫婦は強制収容所に入れられたことがわかっている。

インターセプトが入手した公安部の内部データには、警察内部の情報ファイル、警察での会議記録、町中に設置されている公安部の検問所の記録なども含まれている。さらに公安部による電話、ネット、金融などの監視についても詳しい内情が記されている。そして、こうした内部データからは、公安部が「過激派の監視」と称して行っている住民への監視活動が、単にイスラム教徒社会の宗教的な活動を調べているだけであることがわかるという。

また、このデータベースからは、公安部の情報分析の手法もある程度わかる。たとえば、収集した情報を自動化された取り締まりソフトウェアにかけることで、前述したような旅行グループを監視対象と浮き上がらせるなどといったことだ。

■公衆無線LANや充電サービスを提供する検問所

さらに注目されるのが、「反テロの剣」あるいは「データドア」と通称されているツールの乱用である。これは、個人のスマホに接続してデータをダウンロードするツールで、公安部はこれを町中の検問所で通行人に対して広く強制的に使用している。その対象にはもちろん漢人は含まれていない。

しかもこれは個人の行動を監視するにはきわめて強力なツールであるから、当局が要監視と判断した人物には有無を言わせずに強要する。たとえば、一時期、新疆ウイグル自治区を訪問した外国人旅行者(日本人含む)が空港で強制された実例も多数、報告されている。

町中では、警察が各地に検問所を設置している。検問所は公衆無線LANを住民に提供し、携帯電話の充電などのサービスも行っていて、当局は「地域と警察の距離を縮める役割を果たすもの」としているが、実際には住民監視の出先ポストである。

検問所では、イスラム系住民を見つけると、スマホをこの装置に差し込ませる。すると、自動的にスマホ内のデータ、たとえば連絡先、テキストメッセージ、写真、ビデオ、音声ファイル、文書などを吸い上げ、禁止事項リストと照合する。また、微信やSMSのテキストメッセージも確認する。その時に抽出されたデータは、公安部の自動監視ソフトであるIJOPに統合される。

■わざわざガラケーにするウイグル人は「怪しい」

インターセプトが入手したデータベースでは、人口350万人のウルムチ市とその周辺地域で、2年間に200万件以上の検問の記録が含まれている。ウルムチ市郊外の人口3万人のある地域の2018年の公安部報告書には、当局が40カ所の検問所を使って、同年3月の1週間で1860人、4月の1週間で2057人に対してこのスマホのスクリーニングを行ったことが記載されている。

なお、こうした検問所では携帯電話の検査は、スマホが対象であり、旧来式のガラケーには行われていない。そのため住民の中には、検問所でのチェックが煩わしいため、あえてガラケーに切り替える人もいるが、ガラケーを使っているウイグル人、とくに新規でガラケーを購入したウイグル人は「怪しい」として監視対象となることもある。

また、スマホ所有者でも、一時的に電源を切ったり、仮想プライベートネットワーク(VPN)を使用したりすると、それが自動的に探知され、「怪しい」とされる。公安部では確認のために本人に電話するが、それに応答しないと「いよいよ怪しい」となる。したがって、ウイグル人たちは24時間、常に携帯電話の電源を入れておかなければならないし、警察から電話がかかってきたら、いつでも出なければならない。

中国の国旗が描かれたタオルの上に乗せられたウイグルの国旗が描かれたタオル
写真=iStock.com/Achisatha Khamsuwan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Achisatha Khamsuwan

■位置情報やネット検索履歴も監視される

なお、検問所でのスマホのスクリーニング時には、監視用のソフトもダウンロードされる。それによって、警察ではリモートで対象端末を監視することも可能になるのだ。

たとえば、「浄網衛士」(ジンワン・ウェイシ)というアプリは、スマホのファイルを監視するアプリで、「証拠収集管理」は微信やメールを監視するデータ収集アプリである。これらによって、新たなデータ、写真、GPSの位置情報、ネット検索や通信での危険単語の使用などが監視される。なかでもGPSの位置情報はきわめて強力な個人監視ツールで、個人の行動追跡に広く利用されている。

濃い青色の背景に青色の線で結ばれた2つのGPSピン
写真=iStock.com/Chor muang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chor muang

なお、住民にダウンロードされるのは、単に個人監視アプリだけではない。たとえば、「人民安全」という住民による密告用のアプリもある。それによって、住民に他の住民の密告を奨励しているのだ。

■微信に書き込みしながら監視対象の行動を追跡

こうしたアプリなどにより、ウルムチ市でどれだけの携帯電話使用情報が収集されたかというと、たとえば、ある2年弱の総数では、収集されたSMSメッセージが約1100万件、通話時間記録や通話先データが1180万件にも上っている。ちなみに、同時期に収集した連絡先リストは700万件、端末識別情報などの情報は約25万5000件に達している。

黒井文太郎『工作・謀略の国際政治 世界の情報機関とインテリジェンス戦』(ワニブックス)
黒井文太郎『工作・謀略の国際政治 世界の情報機関とインテリジェンス戦』(ワニブックス)

なお、これらの監視工作では、もちろん電子商取引の購入履歴や電子メールの連絡先なども携帯電話から抽出されている。公安部内部資料の報告書には、微信、新浪微博(中国版ツイッターと呼ばれるSNS)、テンセントQQ(メッセンジャーアプリ)、陌陌(モモ。出会い系マッチングアプリ)などからの情報も含まれている。

なかでも公安部が個人を監視する際に、微信のアクセス情報を頻繁に利用していることが伺える。警察の捜査活動報告書にも、さまざまな会合の記録にも、微信を監視に利用していたことを示す記述がきわめて多い。

興味深い報告もある。公安部が微信の情報をモニターして監視対象の行動を追跡する訓練の報告書だ。その訓練では、囮役の公安部員が微信に書き込みしながら町中を移動し、他の公安部員がその微信の書き込みを監視しながら追跡するというものだった。

----------

黒井 文太郎(くろい・ぶんたろう)
軍事ジャーナリスト
1963年生まれ。横浜市立大学卒業。週刊誌編集者、フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)、『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』(以上、講談社)、『インテリジェンスの極意!』(宝島社)、『本当はすごかった大日本帝国の諜報機関』(扶桑社)他多数。近著に『プーチンの正体』(宝島社新書)がある。

----------

(軍事ジャーナリスト 黒井 文太郎)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください