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なぜ美容整形は「やりすぎ」になりやすいのか…「自分の顔が許せない」という脳科学的なメカニズム

プレジデントオンライン / 2024年3月22日 13時16分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_

他人からみると「やりすぎ」と思えるほど美容整形を繰り返してしまう人がいるのは、なぜなのか。『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)を書いた大阪大学大学院の中野珠実教授は「人間は、自分の顔と他人の顔では『いいな』と感じる基準が異なる。特に自分の顔には、強い加工を加えたほうが『いいな』と思いやすい傾向がある」という。ジャーナリストの末並俊司さんが聞いた――。(後編/全2回)

■人間は自分の顔を“VIP扱い”している

(前編から続く)

――人間は自分と他人の情報をどのように区別しているのでしょうか。

心理学の世界にはセルフ・アドバンテージという言葉があります。自分に関わる情報を優先的に扱うことですね。

パーティーなど、ザワザワと騒がしい場所であっても、自分の名前を呼ばれるとすぐに気づく。こうした現象を「カクテルパーティー効果」と呼びます。

人間は、自分の関わる情報については注意が向きやすく、常に自分に関連した情報は、脳での情報処理の過程で重要視する傾向があります。人間は生き延びるために、常に最適な意思決定をしていかなければなりません。そうしたときに、自分に関連した情報は意思決定において一番大切なのです。だから、自分の名前を呼ばれたらパッと気づくのだと考えられています。

これは顔についても同じことが言えます。例えば、卒業アルバムの集合写真に写る自分の顔はすぐに見つけることができます。「自分の顔を探しなさい」という指示を受けると、他人の顔よりも素早く正確に見つけることができるということは、多くの研究で報告されています。

自分の顔だけ優先する、いわば「自分の顔バイアス」は、顔の数が増えても、顔の向きが横向きでも、逆さでも起きます。どうやら、自分の顔は、脳の中で「VIP扱い」されているようなのです。

そのVIPっぷりは大したもので、ほんの一瞬、顔の画像が表示されたことに気づかないくらい短い提示であっても起こります。例えば、自分の顔と他人の顔を並べて0.02秒間だけ表示しても、自分の顔があった場所に注意が向くのです。

■「美しい顔」と「魅力的な顔」は違う

――自分の顔を認識するときに、脳ではどのようなことが起きているのでしょうか。

自分の顔を認識したときに、脳はどのように振る舞っているのかを調べてみると、脳の1カ所だけ、他人の顔よりも自分の顔に対して強く活動している領域があることが分かりました。それは、脳幹の一番上にある腹側被蓋野(ふくそくひがいや)と呼ばれている領域です。自分の顔が表示されると、この領域からドーパミンが分泌されることを、私たちは突き止めました。ドーパミンは快楽物質とも言われています。

目を閉じている女性の脳内のイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

意識できないような短い時間でも自分の顔が表示されると注意が向き、ドーパミンが分泌される。脳は自分の顔を見ると、もっともっと注意しろと、ドーパミンを出すわけです。人間が自分の顔をVIP扱いする理由はこのあたりにありそうです。

――顔に強く関心を持っている人間にとって、「美しい顔」あるいは「魅力的な顔」には、どのような特徴があるのでしょうか。

美しいと感じる顔にはいくつか特徴があるようです。まず、昔から言われているのが、左右対称な顔です。また、シワなどがない、俗に言う「若々しい顔」なども、一般的に美しい顔の条件とされているようです。

ほかにも、多くの顔のデータを重ね合わせて作った「平均顔(平均的な顔)」も、人間は美しいと感じる傾向があるようです。

ただ、魅力的な顔というのはまた少し違っているようです。平均的でなく、左右対称でもない顔を魅力的と感じるのはよくあることです。成功している俳優さんなどを思い浮かべると、分かると思います。例えば平均よりずっと口や鼻が大きかったり、目が切れ長だったり、左右非対称であったり、そうした顔のほうが印象に残りやすいのかもしれません。

■写真加工や整形にハマってしまうのはなぜか

――アプリを利用した顔の加工や、美容整形などが流行しています。このことと、自分の顔をVIP扱いすることはどのような関係があるのでしょうか。

これはセルフ・アドバンテージというよりは、セルフ・エヴァリュエート(自己評価)とか、セルフ・エスティーム(自己尊重)といった感情だと思います。

写真のデジタル化やインターネットの普及の影響もあってか、自己そのものをよりポジティブに捉えたいと考える人が増えています。もっと“いいね”がもらいたい。もっとキレイ、かっこいいと言われたい。そのために、自分の顔写真をアプリで加工するわけです。

――加工のしすぎで不自然な見た目になってしまう場合もあります。なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

どうやら自分が“いいな”と感じる加工と、他人から見て“いいな”と感じる加工にはギャップがあるようです。

■他人の顔よりも、自分の顔を加工したくなってしまう

そのことを検証するために、30人の女子大生に協力してもらい、自分の顔と、他人の顔では、どのくらい加工したときが最も魅力的に見えるのかを比較する実験を行いました。

参加者全員に、無加工からレベル8までの写真を作り、自分の顔のどのレベルの加工が魅力的に見えるかのアンケートを採りました。結果は、少しだけ目を大きくした顔(レベル3、4)が元の顔よりも魅力度評価が上がったのですが、加工の度合いが進むと、徐々に評価は下がり、レベル7、8になると、魅力度は急落しました。数値に起き直すと、加工レベルは4.3ぐらいが最も魅力的と感じることが分かりました。

【図表1】さまざまな度合いで美加工を加えた顔写真(上)と、その魅力度の変化(下)
出所=『顔に取り憑かれた脳』

ところが他人の顔についても同じようにアンケートを採ると、加工レベルは3.5ぐらいが最も魅力的だという結果が出たのです。つまり、自分の顔については強めに加工した方が魅力的と感じるのに、他人の顔には、そこまで強い加工をしないほうが魅力的と感じているのです。

【図表2】自己顔と他者顔の好ましいレタッチレベル
出所=『顔に取り憑かれた脳』

このギャップにも、ドーパミンが関連していることが分かりました。自分の顔を加工したときは、脳の真ん中にある側坐核(そくざかく)という場所が強く活動することが分かりました。側坐核は先ほどお話しした腹側被蓋野とドーパミンを介してつながっています。

両者をつなぐ神経経路はドーパミン報酬系と呼ばれています。他人の顔が美しくなってもこのドーパミン報酬系は働かないけど、自分の顔が美しくなると強く反応します。この報酬系が、化粧や整形、写真の加工に人間が取り憑かれる秘密を握っているのだと考えられています。

■鏡の普及は「自分の顔」のあり方を変化させた

――社会のなかで人間の顔はどのような役割を果たしているのでしょうか

本来、顔というものは、表情や目の動きで、自分のシグナルを相手に伝えるためのインターフェースでしたが、鏡を見たり、自撮り画像を見たりすることで、結果的に現代人の自己意識は過剰に発達していきました。

日本で鏡が庶民の間に普及してきたのは江戸中期以降です。それ以前は自分の顔に対して、いまほどの興味はなかったと考えられます。

自己像を知らなかった時代の顔は、他人と自分との間だけで機能するものでした。ところが鏡が普及したことによって、自己像をより意識するようになってくると、「他人から見た自分」と「自分が感じている自己像」に乖離(かいり)が生じるようになりました。

■顔は社会と人間をつなぐ“通路”

――今後、「自分の顔」と社会との関係はどのように変化していくでしょうか。

社会が複雑化し、化粧や、写真加工の技術が高度化してくると、他人と自己像との関係がより複雑になっていきます。また、インターネットの世界では、アバターの存在も大きくなってきています。そうなれば、写真や動画における顔加工が流行しているいま以上に、顔は仮面のように、いかようにも取り換え可能な時代になってきているのかもしれません。

素顔であれ、仮面であれ、外面はつねに自己の内面と深い関わりを持っています。しかも、その自己の内面は、外面の影響を受けて容易に変化する可塑(かそ)的で不安定なものなのです。そして、いずれの外面も、他人の反応から自己の顔を想像するという点で、自己と他人の関係性からつくられる想像的な共有物なのです。

ただ、想像的なものだといっても、それがないと私たちの自己は不安定になり、他人との関係もうまく機能しなくなるのです。つまり、本物の顔であれ、偽物の顔であれ、「顔」というものは、私たちが社会で生きていくうえで、必要不可欠な通路なのです。

中野珠実『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)
中野珠実『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)

今後、技術の発展によっていま以上に自分の顔を加工しやすくなる、あるいは取り換えやすくなるようになれば、自分と他人や社会との関わりも変化していくでしょう。

――今後はどのような研究を進めていく予定でしょうか。

顔についての研究からさらに踏み込んで、「心」の謎に迫っていきたいと考えています。

自己とは何か、自己に対する他人とは何か、人間の脳はそれをどうやって作り出しているのか、そこに心はどう関係しているのか。人工知能や脳とコンピューターをつなぐ研究など、脳を機械的なものとして捉える流れがありますが、私はどちらかといえば、人間とは何か、心とは何か、そもそも心なんてあるのか、そうしたところを研究していきたいと考えています。

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中野 珠実(なかの・たまみ)
大阪大学大学院情報科学研究科 教授
情報通信研究機構(NICT)・脳情報通信融合研究センター(CiNet)主任研究員。1999年、東京大学教育学部卒業。2009年、東京大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。順天堂大学医学部 助教、大阪大学大学院医学研究科・生命機能研究科 准教授を経て、2023年より現職。著書に『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)がある。

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末並 俊司(すえなみ・しゅんじ)
ジャーナリスト
1968年福岡県生まれ。日本大学芸術学部卒。テレビ番組制作会社勤務を経てライターに。両親の在宅介護を機に、2017年に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を取得。「週刊ポスト」などで、介護・福祉分野を軸に取材・執筆を続ける。『マイホーム山谷』で第28回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

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(大阪大学大学院情報科学研究科 教授 中野 珠実、ジャーナリスト 末並 俊司)

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