テレビCMは相撲、缶にはカタカナ印字…豪州で「サントリーのレモンチューハイ」がバカ売れしている意外な理由
プレジデントオンライン / 2024年3月28日 11時0分
■オーストラリアを足掛かりに世界一を目指す
「世界で拡大基調にあるRTDカテゴリーで、2030年に世界No.1を目指す」。サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長は、2月に表明した。RTD(レディー・トゥー・ドリンク)とは、缶(あるいは瓶)の栓をあけてすぐに飲める酒を指し、日本では缶チューハイが代表選手だ。新浪社長は「各国の(人々の)舌に合わせた味をつくる技術力が重要」と強調する。
そのサントリーが抱く”RTD世界制覇の野望”は、サントリーRTDカンパニーの仙波(せんば)匠(しょう)社長の双肩にかかっている、といえよう。
――RTD世界No.1を目指すにあたり、具体的には2020年に10億ドルだったRTD事業の売り上げを、30年には3倍の30億ドルにすると、示しています(23年は約14億ドル)。どこの国の市場を優先して攻略するのでしょうか?
優先国は4つ。アメリカ、日本、オーストラリア、そして中国。この4カ国の中では、オーストラリアはシェアトップです。引き続き市場をリードしていく。アメリカ、中国はこれから本格的に展開するが、アメリカは世界最大市場なので一番力を入れていきます。
――戦い方は国によって変えるのでしょうか?
日本とオーストラリアでは、きちんと荒利をとった戦いになる。アメリカでは、われわれは挑戦者なので、まずはシェアを追っていく。同じくこれから本格的に参入していく中国も量を追う。
■レモンをそのまま搾るサワーを好むのは日本人だけ
日本とオーストラリアは、成熟市場であり、そう大きくは伸びない。アメリカと中国の市場は、これから高成長を見込めます。地域によって、利益とシェアとのバランスをとっていく。
グローバル展開の戦略商品は、「-196」です。
――気になるのは商品の中味。国別に「-196」の味は変えているのですか。
変えています。その国の嗜好に合う商品にしている。パッケージデザインも国によって変えています。
もっとも、ベース酒となる蒸溜酒のウオッカや原料酒は、すべて大阪工場でつくっている。レモンなどの果実をまるごとマイナス196℃で瞬間凍結し、パウダー状に粉砕してウオッカに浸漬する「-196℃製法」もすべての製品に採用している。つまり、基本骨格は一緒。
骨格は同じでも国別に味を変えているのです。いずれも、日本の-196と比べると、甘くしているものもある。最終的には、国によっては現地の委託先工場にて、中味調整、調合、パッケージングして製品にしています。
――日本人が好む味わいが、世界で通用するわけではないのですね。
そうです。日本の居酒屋でよくある、レモンをそのまま搾ってスピリッツに注いで飲む、というスタイルは、外国人には好まれない傾向がある。レモンの酸っぱさが強すぎるから。
ターゲットはZ世代を中心とする若者です。オーストラリアでは20~30代の若年層男性を中心に支持されており、「低カロリーで飲みやすい」と評判です。
■豪州版は「あっさりレモネード」のような味
一方、オーストラリア版はどうか。全体的には日本の缶チューハイに近いものの、レモンの甘みがより目立つ感じがした。「レモンサワーというより、あっさりしたレモネードサワーのよう」(編集者)
あくまで「個人の感想」である。また、ハードセルツァーとは、コロナ禍前の2018年~19年にアメリカでムーヴメントを起こした。若者に人気で、低糖質、低カロリー、低アルコールが特徴。日本でもキリンやアサヒ、サッポロなどが一時商品化したが、ヒットにはならずいずれも終売した。
――サントリーがトップに立っているというオーストラリア市場は、どんな状況なのでしょうか。
オーストラリア市場は22年で、前年比7%増の4100万ケース(1ケースは9リットル)。22年のサントリーは同17%増の950万ケースを販売しました(シェアは約23%)。23年も市場の成長率は1桁だったのに対し、サントリーは2桁成長をした。数量でも金額でも、サントリーはトップにいます。
■発売から1年でライトRTDの代表格に
オーストラリア市場は、ウイスキーなどをベース酒にしたダークRTDが主流でした。そこに、ウオッカをベース酒にしたライトRTDに入る-196を21年5月に発売。22年には100万ケースを達成。ライトRTDカテゴリーそのものを拡大する牽引役になりました。
なお、残りの約13億ドルはハードセルツァー、ジンジャービアなど。-196はアルコール度数6%であり、レギュラー缶(330ml)が6豪ドル(1豪ドル98.77円で約592円)。酒税などから日本に比べRTDの価格は高い。
「(サントリーには、酒と果汁、フレーバーなどを)混ぜ合わせる技術があるから、オーストラリアで-196は強く支持されて、現地でスケールメリットを得た。サントリーの混ぜ合わせる技術は世界一」(新浪社長)という。
――オーストラリアやアメリカ向けでも、日本と同じような消費者調査を行い、味やパッケージを決めたのでしょうか。
その通り。日本と同じように徹底して嗜好を調査します。-196の前に別の商品をつくったけれど失敗しました。失敗を反省して、腹をくくって大きなマーケティング投資に踏み切りヒットにつなげた。
■豪州を舞台にサントリー、キリン、アサヒが激突
――オーストラリアでは、-196のテレビCMは相撲が出てくるなど、日本の商品であることを前面に打ち出しています。
オーストラリアは親日国であり、日本製品への信頼度は高い。日本をイメージさせる相撲をCMに使い、-196のパッケージにも「ダブルレモン」、「ダブルグレープ」と、あえてカタカナを印字しています。日本という文脈を生かしているのです。
また、サントリーは2014年にビームを買収する以前から、業務用を中心にRTDを手掛けていたのです。なので、現地でのなじみはそれなりに深い。
――キリンが「氷結」をもってオセアニアでのRTD事業強化を打ち出しています。また、アサヒが20年に約1兆1400億円で買収した、オーストラリア最大のビールメーカー、カールトン&ユナイテッド・ブリュワーズ(CUB)はRTDを販売している。オーストラリア市場をめぐり、日本の大手3社が激突する様相です。
日本メーカーに限らず、みんな入ってきてます。-196とパッケージデザインが似ている商品を出す現地メーカーもあるほど。
■巨大なアメリカ市場でどう戦っていくのか
――(オーストラリア東部の)ブリスベン郊外に清涼飲料とRTD工場を建設していますが、RTDの現地生産が始まるのはいつ頃ですか。
清涼飲料の工場を建設した後になります。自社工場によるRTDの生産開始は2025年にできればと、考えます。現在は”紅海問題”などから、建設資材の調達面で影響を受けている。
――最大市場のアメリカは、どうしていくのでしょう。
アメリカのRTDは、酒税法から①スピリッツベースと、②モルトベースに分かれます。前者は蒸溜酒に分類され高税率で高価格(1缶約2.5ドル)。販売できる店舗にも制限がある。後者はビールに分類されて低税率で低価格(同約1.7ドル)。ビール卸が扱い、スーパーなど幅広い小売で販売しています。
■米国ではグレープフルーツ、ピーチも展開
このため、②モルトベースであるハードセルツァーやモルト発酵のFMB(Flavored Malt Beverage)が市場の85%を占める。①スピリッツベースは15%ほどですが、大きく成長している。
私たちは①スピリッツベースでは2020年に、カクテルRTDの「On The Rocks」を買収して販売しています。加えて、-196を昨年5月から4州にてテスト販売を開始。好調だったため、今年2月から21州に順次拡大して販売を始めました。レモン、グレープフルーツ、ピーチを揃(そろ)え、本格展開に踏み切りました。
モルトベースの販売ライセンスを私たちはもっていない。21年にボストンビール社と提携し、いまのところ、製造と販売を任せています。
モルトベースは、コロナ禍前にハードセルツァーが若者に支持されて大きく伸びましたが、いまは人気は陰っている。トレンドは常に変わり続けます。
――アメリカ市場でマークしている会社は。
ワインの最大手、E&Jガロ社(カリフォルニア州)。スピリッツRTDに力を入れていますから。
■基礎研究は日本、商品開発は現地で
――アメリカにR&D(研究開発)拠点も開設するのですか。
ニューヨークのマンハッタンにある、ビームサントリー本社のオフィス内に開設することを検討しています。パイロットラボであり、試作品の開発やテイスティングができる施設。アメリカで受ける味づくりを担います。ニューヨークはトレンド情報の発信基地。それだけ重要であり、何しろアメリカ市場の規模は絶大です。
いま、中国でも-196をつくっていますが、中国では桃味に人気があるなど、現地化してわかる情報も多いです。基礎研究は日本で、商品化に近い開発は、現地でという形です。
■RTDが売れる背景に「世界的なビール離れ」
ビール消費が減少した分を、RTDが汲み取って伸ばしている構図だが、トレンド変化が早いのはRTD市場の特徴。サントリーは、2030年に世界のRTD市場は約500億ドルになると、予想している。
現在、ビームサントリーとして世界の中では上位につけている。が、ビールでの世界進出は、かつては上海で成功を収めたものの、いまは難しい。また、世界で評価の高いウイスキーは原酒不足が継続している。こうしたなか、発泡性低アルコール飲料であり原酒を大阪工場で生産できるRTDをもって、サントリーは世界の覇権を握ろうとしている。
――サントリーは戦前の「赤玉ポートワイン」、さらにウイスキーの「角瓶」と、日本人の嗜好に合わせた酒をつくるのが伝統的に得意です。酒類ではないけれど、「カリフォルニアロール」はアメリカ人の嗜好に合った寿司です。ワイン、ウイスキー、そして寿司も、それぞれに原点があります。しかし、歴史の浅いRTDには原点がない。
それだけに、RTDへの参入障壁は低く、清涼飲料の会社などからも、たくさん入ってきています。競争は激化している。
■日本伝統の洋酒+現地化で世界一を目指す
――半導体や二次電池、さらに電気自動車と、先端分野のモノづくりで日本は負けが続いています。酒は各国の文化にも通じる。その国の文化、さらには生活する人々に、どこまで寄り添えるかは、商品開発のポイントになります。
文化に通じる需要創造は求められますね。RTDは開発の自由度が高い。イノベーションを起こしていく一方で、100年を超える洋酒づくりで培った技術と知見、さらに清涼飲料事業で培った香味づくりのノウハウもある。
一方、バーチャルカンパニーであるRTDカンパニーは100人以下の陣容で、事業に関わるマーケティングのトップやバイスプレジデントは外国人が務めています。ダイバーシティ(多様性)を推し進めるチーム。各国の文化と直結するRTDにおいても、世界のエリアごとの価値を提供していきます。
ロジック半導体では劣勢のわが国だが、文化に通じる酒類において世界基準の一つが打ち立てられるなら、日本の新しいモノづくりの活路となっていく。
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ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう。著書に『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)、『キリンを作った男』(プレジデント社)、『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。
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(ジャーナリスト 永井 隆)
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