「直観」と「直感」はまったく違う…脳神経専門医が解説「脳を広く使う」という直観力のすごい仕組み
プレジデントオンライン / 2024年3月30日 8時15分
※本稿は、岩立康男『直観脳』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「直観」とはそもそも何なのか
新しい研究を始める時、あるいは商品開発や新しい事業に着手する時には、常にリスクを伴う。優れた研究成果や大きな収益につながる可能性もあるが、失敗すれば使ったお金は消えてなくなり、貴重な時間も無駄になってしまう。リーダーはその研究や事業を「やる」のか「やらない」のかを決めなくてはならない。
当然ながら、その新しい研究テーマや新事業に関するデータを集めることから始めるだろう。そもそも、それを行うことは可能なのか? 現時点ですでに似たようなことをしている人たちはいるのか? いたとしたらどんな状況にあるか? そして事業であれば収支はどのようになりそうか? などなど、さまざまなデータを集めさせて目の前に並べることになる。しかし当然ながら、それらのデータは全て過去のものであり、その研究や事業を行った先の未来がどうなるかは、誰にもわからない。もちろん、決める人にとっても。
それでは、どのようにして決めているのか? さまざまな過去のデータを眺めながら思い悩んだ末に、「これはいける」「これは面白い」あるいは「それはダメだ」などの思いが自然と湧き上がってきて決めているのではないだろうか。
その時、実はあなたの脳内では「直観」と呼ぶべきものが働いているはずだ。ここで言う「直観」とは自分の経験知や知識によってもたらされるものを指していて、感覚によって瞬時に判断する場合に使う「直感」とは違うものであることを注意してほしい。
■神経科学の大きなテーマである「無意識の中での思考」
直観という言葉は、論理とは対立する言葉として捉えられ、非論理的、非科学的、というレッテルを貼られることが多く、一般的には説得力に乏しいとみなされがちだ。
しかし、本当にそうであろうか? 果たして直観は、非論理的なものなのだろうか。
「論理的」というのは、データや根拠を示して理由を説明できるということだ。しかし、こういった調査結果が出ているから、あるいはデータ上この数値がこのように変化しているから、などで決められれば苦労はない。考えてみれば過去のデータがないからこそ、新しい研究、新しい事業と言われるのではないだろうか。
多くの場合、脳はデータを読んで直接そこから決める、という形では働かない。実は言葉にできない新旧さまざまな記憶と新たに得られた情報(データ)をつなぎ合わせて、無意識の中で思考して判断しているのである。
この「無意識の中での思考」は神経科学の大きなテーマであり研究途上であると言えるが、1983年のリベットらの有名な研究結果以降、多くの研究者が確認してきた。身体を動かそうという意識下での決断より前に、無意識の世界での神経活動があり、それがある閾値を超えた時に意識され「自由意志」による決断として浮かび上がってくる。人間の脳は、無意識の中で多くの活動、思考をしているのである。
■直観を支える「言葉にしにくい記憶」=経験値
後ほど詳しく説明するが、記憶の中には「言葉として蓄える」記憶と「言葉にしにくい」記憶がある。試験などで活躍するのが前者であり、「物忘れ」という時にはほとんどの場合、これを指している。一般的に論理的と言われる決定は、この言葉で表現された記憶をもとになされたものである。
一方で、いろいろな世の中の出来事の持つ意味合いを理解して脳の中に蓄えていくことは、言葉として取り出しにくい記憶である。そして、記憶の量として圧倒的に多いのが、この「言葉にしにくい記憶」なのである。こういった記憶の多くは無意識の中に蓄えられ、年を重ねるごとに増えていき、失われる部分が少ないことが明らかとなっている。いわゆる“年の功”、あるいは“経験値”と言われるものだ。
■「脳を広く使うこと」が優れた直観に結びつく
直観とは無意識の中に蓄えられた記憶・経験値から、無意識の中で思考して生まれてくるもので、根拠のないいい加減なものなどではない。むしろ直観こそが、脳内の膨大な記憶に基づいた「最も論理的な」意思決定と言っても良いだろう。そして、全ての経験値を活用するために、脳の一部ではなく、脳を広く使うことが、優れた直観に結びつくのである。
直観は「無意識のうちに」生まれてくるために、我々がその過程を意識的にコントロールすることは難しい。だが、脳を広く使うお膳立てをすることによって、より良い直観を得る可能性を高めることはできる。
■「無意識の中の記憶」とはいったい何か
直観の発動には、無意識の中の記憶が重要であると述べてきた。この「無意識の中の記憶」とはいったい何だろうか?
長期記憶には4つの種類があるのだが、大きく2つに分けられる。「陳述記憶」と「非陳述記憶」である。陳述記憶は言葉で表すことのできる記憶、非陳述記憶は言葉にしにくい記憶とされている。
非陳述記憶には「手続き記憶」と「情動記憶」があり、いずれもその記憶が発動する時に、我々はそれを意識しない。手続き記憶の例としては、歩く時の身体の使い方、言葉を発する時の口や舌の使い方など、運動の巧緻性を含めた身体の使い方に関する記憶である。この記憶は、大脳基底核という脳深部にある神経細胞の集まった部位と小脳に保存されており、意識されることはなくても無意識の中で働いている。
一方、情動記憶は、ある特定の出来事や人、もの、音、匂いなどが恐怖や喜びなどの情動と結びつくようになった記憶であり、これも無意識の中で発動し、人の好みや性格、考え方などに強く影響するようになる。何かを決める時の優先事項である「好み」は無意識の中の情動記憶が関わっている。
この情動記憶は、古典的には、扁桃体にあるとされてきた。この扁桃体が記憶の獲得に必要な「海馬」と言われる場所に隣接している点は、情動に関連した情報が記憶に残りやすい点を説明してくれる。
ところが最近の脳科学の研究から、扁桃体の重要性が誤っているわけではないのだが、情動記憶の形成にはより広い脳領域が関係していることがわかってきたのである。つまり、情動記憶も次に示すエピソード記憶や意味記憶と結びついて、脳全体に保管されていると考えられるようになったのだ。
■「エピソード記憶」と「意味記憶」
陳述記憶には「エピソード記憶」と「意味記憶」があり、エピソード記憶は、人の名前や予定、過去の出来事のように、時と場所が特定された記憶である。意味記憶は「1年は365日ある」「冬の次には春が来る」といったように、理解した内容に関する記憶のことであり、それを得た時と場所の情報は伴わない。この2つの記憶は、ともに側頭葉を中心とした大脳皮質全体に保管されている。
意味記憶は直観を引き出す重要な要素なので、もう少し詳しく説明しよう。意味記憶は「物事の意味を理解した記憶」のことであり、形を成さない「概念」のようなものである。これは通常、言葉にできる記憶に分類されるが、そう簡単に言葉に表せないものが多い。同じ陳述記憶に含まれているが、エピソード記憶が「言語による記憶」なのに対し、意味記憶はあくまでも「理解したことの記憶」なのである。
言語による記憶、特に固有名詞などは個々に脈絡が少ないために忘れやすいが、理解したことの記憶は他の記憶と結びついてネットワークを作っているため忘れにくい。直観を生み出す無意識の中の膨大な記憶のネットワークとは、この意味記憶のことである。意味記憶は、その一部を言語化して表現することも可能であるが、その全貌は無意識の中にあって、無意識の中で働いているのである。
■車の運転が経験とともに上達するのはなぜか
例えば、自動車の運転の上達などが挙げられる。経験を重ねることによって、全く同じような状況の再現は起こらなくても、似たような状況において「どのように対応すれば、どうなるか」が理解・記憶されており、より安全で的確な運転ができるようになってくる。こういった運転技術の進歩を言葉で説明することは難しい。それは、ハンドルを回すとかブレーキを踏むといった動作の記憶ではなく、状況を理解し、そこで最適な対応を脳の中で構築するための経験値の記憶のことである。
別の例を挙げるなら、「分数の計算」などはいい例であろう。「分母を揃える」などの考え方は、その原理を一度理解してしまえば忘れることはない。そして、小数などの考え方とも結びついて、脳の中でネットワークが広がり、その人の「数の概念」は飛躍的に豊かになっていく。これなども、先ほどの車の運転と同様に言葉での説明は不可能ではないものの、その意味合いを理解しているかどうかが重要であり、その意味をまだ理解していない人に言葉で伝えることは容易ではない。
■意味記憶どうしの新しい結びつきで「直観」が生じる
つまり、意味記憶においては、言葉にできるかどうかよりも、その意味合いを経験的に理解していることが重要となるのである。歳を重ねればこういった知識が若いころよりも圧倒的に多くなり、意識されることがなくても私たちの行動を導いている。
これを、「知識」あるいは「知恵」と言ってもいいだろう。人生観、世界観といったことも、そのかなりの部分を意味記憶が作っており、直観を生み出すのも意味記憶のネットワークがどのように結びついたかが重要になるわけだ。
そして、この意味記憶は無意識の中にしまい込まれているため、自由自在に取り出すことは難しい。その時の気分や、体調、脳がどのように働いているかといった要素の総和として、意味記憶どうしに新しい結びつきが生まれて、直観という形で「降りてくる」のである。この意味記憶の結びつき方を、意識的に誘導する手立てを探すことが、本書『直観脳』の目的である。
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東千葉メディカルセンター・センター長
1957年東京都生まれ。千葉大学脳神経外科学元教授。千葉大学医学部卒業後、脳神経外科の臨床と研究を行う。脳腫瘍の治療法や脳細胞ネットワークなどに関する論文多数。2017年、脳腫瘍細胞の治療抵抗性獲得に関する論文で米国脳神経外科学会の腫瘍部門年間最高賞を受賞。著書に『忘れる脳力』『直観脳』(いずれも朝日新書)など。
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(東千葉メディカルセンター・センター長 岩立 康男)
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