このままでは「ゆとり教育の失敗」を繰り返す…経営学者が「ワーク・ライフ・バランス」に警鐘を鳴らすワケ
プレジデントオンライン / 2024年4月4日 11時0分
※本稿は、名和高司『パーパス経営入門』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■働き方改革の結果、「ゆるブラック企業」が増えている
「ゆるブラック企業」という言葉をご存じでしょうか。2021年に『日経ビジネス』で特集が組まれたので(11月15日号)、読まれた方も多いかもしれません。
「仕事は楽だし居心地もいい。しかし、スキルはまったく身につかない。そんな企業で働き続けた結果、気がついたら自分の転職価値がまったくなくなっていた……」
そんな企業を「ゆるブラック企業」と呼ぶそうです。昨今の働き方改革の結果、こうした企業が増えているということです。
これについては私も、以前から警鐘を鳴らしていました。仕事がきつくてスキルも身につかないのは完全なるブラック企業ですが、働きやすくても力がつかない企業もまた、一種のブラック企業なのです。
社会人になったばかりの時期というのは、一番成長できる時期です。かといって、力はついても超ハードワークという働き方は、今の時代にはそぐいません。現代の「ホワイト企業」は、「働きやすく、力もつく企業」でなくてはならないのです。
■「ワーク・ライフ・バランス」は時代遅れ
そのために必要な発想の転換があります。「ワーク・ライフ・バランス」から「ワーク・イン・ライフ」へのシフトです。
昭和の時代はまさに、仕事が人生の中心でした。誰もがプライベートなど顧みず、会社人間として生きることが求められました。ライフは仕事の中にほんの少しだけ存在する、というイメージです。
私が社会人になって最初に勤めた企業である三菱商事も、まさにそうでした。生活の中心はすべて仕事。しかし、当時は他社も含めてそれが普通であり、私自身も強く疑問に思うことはありませんでした。
平成になると、「ワーク・ライフ・バランス」という、ワークとライフを同等に扱おうという考え方が現れました。仕事は仕事、生活は生活ときっちり切り分け、どんなに忙しくても定時に帰り、プライベートには仕事を一切持ち込まない。
この考え方は昭和的な「仕事中心の人生」から抜け出すためには意味があったと思います。しかし、私にはどうも「もったいない」と思えてしまうのです。
仮に1日8時間働くとすると、それは1日の3分の1に当たります。そんな長い時間を「食べていくために我慢して働く」のは、とてももったいないのではないでしょうか。
そもそも、仕事と生活とは完全に二律背反となるものなのでしょうか。仕事の中で自分が本当にやりたいことができれば、それは人生の一部となります。当然、仕事にも志高く取り組むことができます。
このように、ライフの中にワークを入れるというのが、「ワーク・イン・ライフ」という発想であり、令和の時代にはこれこそが求められています。
■このままでは「ゆとり教育の失態」を繰り返す
ワーク・ライフ・バランスなどという掛け声自体、ワークとライフが切り離されている20世紀的な考え方です。「自分の労働力をお金に変える」という意味で、19世紀のマルクス主義的な発想から抜け出せていないとすら言えます。
アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグ氏は、仕事の満足度を上げるには「動機づけ要因」が必要になると言っています。やりがいのある仕事をこなし、達成感を得ることで、初めて本当の幸福を感じられるということです。
社員が高いレベルで幸福感を得るためには、会社は社員が成長する環境を提供することです。そのためには、仕事と人生を切り分けるのではなく、その重なりを意識することが重要なのです。
「人生の一番良い時期を過ごす『会社での日常』を自らの力で『おもしろおかしい』ものにして、健全で実り多い人生にして欲しいという前向きな願いが込められています」
堀場製作所のホームページにある言葉です。まさに「ワーク・イン・ライフ」を具現化した言葉と言えるでしょう。
日本企業がハードワークを否定して、ゆるブラック企業化してしまえば、かつてのゆとり教育の失態を繰り返すだけです。
■理想的な「ワーク」と「ライフ」の重なりは3割から7割
「ワーク・イン・ライフ」の重要性に気づいてもらうために、私はよく研修で、自分のワークとライフを円で表現してもらうというエクササイズをやってもらいます。
ワークとライフで同じくらいの大きさの円を描く人が多いのですが、中にはワークのほうが圧倒的に大きい人や、逆にライフのほうが大きい人などさまざまです。
次に、その二つの円がどのように重なるかを描いてもらいます。ここは迷う人が多いのですが、あくまで感覚で描いてもらえればOKです。例えば自分の仕事が自分のやりたいことに直結していれば、その重なりは大きくなります。
一方、円が完全に離れている人もいます。これはまさにワーク・ライフ・バランス、つまりワークとライフが完全に分離した「平成型」と言えるでしょう。
一方、仕事ばかりでそれ以外の時間がまったく取れていない、という人もいるかもしれません。仕事の中に人生が取り込まれてしまっている「昭和型」です。
私はこの二つはどちらも問題だと考えています。私がよく言っているのは、ワークとライフの重なり方は3割から7割ぐらいがいいということです。
このエクササイズを受けたある人は、自分のワークとライフの円が完全に重なっていたことで、自分が完全に会社人間であることの恐ろしさに気づき、ワーク一辺倒な人生を改めたそうです。そして、いろいろなことに関心を持つようになったのですが、実はそれが仕事にも好影響を与え、後に会社の研究所の所長に出世しました。
■「仕事は所詮、仕事」という人を動かすには
ワーク・イン・ライフ実現のカギを握るのも、「自分事化」です。会社の仕事と自分のやりたいことを重ねていくことで、仕事を人生の一部に取り込むのです。
一つ、エピソードをご紹介しましょう。
ある企業でワークショップを行った際、「仕事は仕事と割り切っている」という人がいました。
その人の趣味はギターで、一刻も早く家に帰りギターを弾くことが何よりも大事だということでした。「なぜギターを弾きたいのですか?」と聞くと、「自分の演奏を聴いてもらうことで、多くの人に勇気や共感を与えたい」という返答でした。
そこで、「今の仕事で人々に勇気や共感を与えることも可能なのでは?」と言うと、「そういうことか」と納得してくれたのです。
あくまで一例ではありますが、これが「自分事化」です。
一見、仕事と結びつかないことでも、その本質を抽象化してみることで、仕事と結びつけられる可能性が出てきます。
「プラモデルが趣味」という人は、一つのことに集中し、道を究めるということに喜びを見出しているのかもしれません。ならば、今の仕事でも「ある分野のプロ」になることを目指すことで、ワークとライフの重なりを増やすことができるかもしれません。
このワークは、あなた自身はもちろん、あなたのチームメンバーにもぜひやってみてもらってください。その結果、やる気がないとみなしていたメンバーのやる気を再び引き出すことも可能になるかもしれません。
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京都先端科学大学ビジネススクール 教授、一橋大学ビジネススクール 客員教授
東京大学法学部卒、三菱商事(東京、ニューヨーク)に約10年間勤務、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。シュンペーターおよびイノベーションを主に研究。2010年まで、マッキンゼーのディレクターとして、約20年間、コンサルティングに従事。著書に『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』『企業変革の教科書』(ともに東洋経済新報社)、『稲盛と永守 京都発カリスマ経営の本質』『経営改革大全 企業を壊す100の誤解』(ともに日本経済新聞出版)などがある。
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(京都先端科学大学ビジネススクール 教授、一橋大学ビジネススクール 客員教授 名和 高司)
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