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間違った日本人像を世界中で拡散している…大ヒット配信ドラマ「SHOGUN 将軍」を歴史評論家が問題視するワケ

プレジデントオンライン / 2024年3月31日 11時30分

2024年2月20日、外国特派員協会で行われた、ディズニープラス配信のドラマ「SHOGUN 将軍」の記者会見に出席した真田広之さん(東京都千代田区) - 写真=時事通信フォト

ディズニープラスで配信中の歴史ドラマ『SHOGUN 将軍』(主演:真田広之)が世界中で大ヒットしている。歴史評論家の香原斗志さんは「一部では戦国時代の描写のリアルさが評価されているが、歴史的状況とは異なる。あくまでも外国人の創作したファンタジーであると伝える必要がある」という――。

■ディズニー配信ドラマで歴代1位となった「SHOGUN 将軍」

関ヶ原合戦にいたる時期の、徳川家康による覇権争いを描いた「SHOGUN 将軍」。ディズニー傘下のFXプロダクションが制作した全10話のドラマで、すでに世界的な大ヒットを記録し、現在、日本でもディズニープラスで独占配信されている。

撮影はバンクーバーなどで行われながら、FXはじまって以来の巨費を投じて、戦国日本を再現したという。その結果、過去の日本が非常にリアルに描かれていると、評判を呼んでいる。なにしろ、初回エピソードの世界配信がはじまるやいなや、6日間で再生回数900万回を記録。この数字は、スクリプテッド・ゼネラル・エンターテイメント・シリーズ作品で、歴代1位だそうだ。

日ごろは辛口の海外の大手メディアも、こぞって絶賛しており、いま絶賛の声が日本に広がろうとしている。

読売新聞の3月17日付朝刊でも、次のように称賛されていた。「時代背景を踏まえ、室内の撮影でも証明は自然光、灯明皿を使用。一方、1話目の嵐のシーンでは、船が激しく揺れる装置を使うなどハリウッドらしい豪勢なセットも効果的に用い、壮大に表現した。真田は衣装から髪型、メイク、言葉遣いにまでこだわり抜いたという」。

真田とは、徳川家康をモチーフにした吉井虎永役で主演し、プロデューサーも兼任した真田広之のことである。

■「描写がリアル」は本当か

高く評価される理由は、日本の描写が「リアル」だということのほか、たとえば、こんなふうに語られている。

このドラマに登場する人物名は、いずれも史実の通りではない。徳川家康が吉井虎永となっているほか、石田三成が石堂和成(平岳大)、本多正信が樫木藪重(浅野忠信)、細川ガラシャが戸田鞠子(アンナ・サワイ)、淀殿が落葉の方(二階堂ふみ)などと、それぞれ替えられている。

つまり、歴史上の人物や事象をもとにしながらも、あえて史実に忠実であることが避けられている。史実に拘泥するあまり、状況をドラマティックに描けなくなってしまっては、ハリウッドのエンターテインメントとしては失格だ、という判断によるものだろう。史実の変更をいとわなかった結果、事件に連続性が生じ、人物の心の動きもリアルになり、ヒットにつながったというのだ。

日本が描かれ、世界が絶賛していると聞けば、日本人として悪い気はしない。出演者の多くは日本人で、セリフ全体の7割は日本語だが、それを外国人たちが字幕で読みながら評価してくれているというのは、うれしい話ではないか。

そこで、どんなにリアルなのか観てみたが、細部にまでこだわり抜いた、と聞きすぎていたせいもあろうか、まずはディテールへの違和感に襲われることになってしまった。

■天井が張られていない大広間

たとえば大坂城。黒色基調で豪華絢爛だった天守を中心に、豊臣時代の威容が、それなりに再現されてはいる。しかし、石垣の積み方がおかしい。大きさをそろえ、築石間のすき間をなくし、表面も加工した石が積まれているが、この積み方は、関ヶ原合戦から15年後、慶長20年(1615)の大坂夏の陣で豊臣氏が滅んで以降のものだ。

大坂城の大広間もおかしい。映像として高さを強調したかったからだと思うが、天井が張られていないのだ。

日本の伝統建築でも、天井が張られていないものはある。しかし、武士が住居として発展させた書院造には、天井が必ず張られていた。「SHOGUN 将軍」で描かれている大坂城の大広間には、書院造に必須の床の間や違い棚、付書院などが備わり、壁面は金碧障壁画で飾られている。それなのに天井がないなどありえない。

また、金碧障壁画は、壁が床に接する位置から、長押を超えて天井直下まで、壁面を大きく使って松などが大胆に描かれている。だが、豊臣時代の障壁画は、長押の位置でいったん切れて、その上部まで絵が連続することはなかった。床のすぐ上から天井直下まで、ひと続きの絵が登場するのは、寛永期(1624~44)に入ってからのことだった。

障子の桟も、当時は縦桟と横桟を横長の長方形に組むのが普通だったのに、正方形に組んだものなど妙な形態のものが多くて気になる。

■あまりにも簡単に武士が刀を抜く

この手の細部は、言い出せばキリがない。また、屋内は自然光で撮影し、灯明皿を使ったとのことだが、夜の自然光の美しさを強調する目的だろうか、わざわざ暗いなかで書類をしたため、印を押す場面も出てくる。照明の自然さを強調するために、日中に行うべき事柄を暗いなかで行わせるなら、本末転倒だろう。

また、気に入らなかったり、礼を失していると思ったりすると、武将も家臣たちもすぐに刀を抜こうとする。だが、現実には、武士はよほどのことがなければ刀を抜かなかった。

日本刀を抜こうとしている手元
写真=iStock.com/Olena Osypova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Olena Osypova

江戸時代には、武士が軽率に刀を抜いてだれかを斬ろうものなら、御家断絶や切腹の沙汰が待っていた。「SHOGUN 将軍」で描かれているのは江戸時代以前ではあるが、戦場でもないかぎり、よほどのことがなければ刀は抜かない。刀は武士のシンボルであって、振り回すものではなかった。ましてや天下人の城内で刀を抜くことも、抜こうとすることも、論外であった。

戦場においても、使われたのは刀ではなく弓矢が中心で、いわゆるチャンバラとは、過去には存在しなかった架空の戦闘なのである。

「SHOGUN 将軍」では、他者に対してだけでなく、自分に対しても安易に刀を抜く。漂着した船に乗っていた航海士で、ウィリアム・アダムスがモデルのジョン・ブラックソンの前で、浅野忠信演じる樫木藪重が断崖を海まで降りていく場面があったが、そこで転落した藪重は、もはや助からないと思った瞬間、海中で刀を抜いて切腹しようとしたのだ。

藪重は「死に魅せられている」という設定だそうだが、昔の日本人はすぐに腹を切ったというのは、欧米人の思い込み以外のなにものでもない。加えれば、藪重が危険を賭して断崖を降下するのを、家臣がだれも止めないが、主君の命あっての家臣であるのに、ありえない判断である。

■私が不快感を覚えたシーン

武士が庶民を気まぐれで斬首したり、漂流船の船員が釜茹でに処せられたり、という描写もある。こうしたバイオレンスが不安定な時代を象徴的に物語っている、という評価もあるようだが、私にはまったく同意できない。

すでに述べたように、よほどの例外を除いて武士は庶民を気まぐれで斬ったりしなかった。漂着した船の船員をむやみに虐待するようなことは、あったとしても例外だっただろう。

『SHOGUN 将軍』では、漂着した船の船員への対応は、目を背けたくなるようなものだった。虐待し、たとえば血や臓物が混じったような液体を浴びせる。これを観て、スティーブン・キングの小説が原作のアメリカ映画『キャリー』(1976年)を思い出した。主人公の少女が豚の血をかけられる場面だが、これはあきらかに欧米人の発想である。

ほかにも、ジョン・ブラックソンは殴られ、蹴られ、小便までかけられる。前述のように釜茹でになる船員もいる。だが、記録には、ブラックソンのモデルであるアダムスが乗ったリーフデ号が現在の大分県臼杵市に漂着すると、地元の人たちは衰弱した船員の病気の手当てをし、食事をあたえるなど、親切に介抱したとある。

このドラマが、史実を厳密に追って作られてはいないのは、最初に書いた通りである。とはいえ、当時の日本の常識から目をそらし、劇的効果をねらって当時の日本人や日本人の風習を野蛮に描く姿勢には、不快感を覚えざるをえなかった。

■当時の日本はもっと清潔で人々は礼儀正しかった

ほかにも、枯山水の庭に人を座らせて尋問するなど、挙げ出せば枚挙にいとまがない。たしかに江戸時代の町奉行所では、裁きの場が潔白であることの象徴として白い砂利が敷かれ、被疑者はその「御白洲」に座らされた。一方、枯山水は砂や石で自然美を表現した庭で、あくまでも鑑賞するものであり、被疑者を座らせるなどありえなかった。

禅寺の枯山水
写真=iStock.com/magicflute002
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/magicflute002

おそらく、時代劇で登場する御白洲と枯山水を混同したのだろう。このドラマにおいては、その手の事実誤認は挙げ出せばキリがない。

そもそも、ドラマのタイトルになっている「将軍」についても誤解がある。「長年崇められてきた称号」で「神聖な統治権をもつもの」であり、「人が到達しうる最高の地位」だとして紹介されている。

将軍、ここでいう征夷大将軍とは、元来は蝦夷征討の総指揮官を表すもので、のちにも武家の棟梁を示す役職名にすぎなかった。豊臣秀吉が就任した関白とくらべれば、関白のほうが就任するのがはるかに難しく、格上だった。

■ハラキリ、ゲイシャから抜け出せていない

このように、巷間「リアルだ」と絶賛されている「SHOGUN 将軍」を観て、私が覚えたのは違和感ばかりだった。

オペラ「蝶々夫人」に描かれている日本に対して抱くのと同種の違和感である。豪勢なセットをもちいて、照明や髪型にこだわっても、当時の日本の姿とズレていては、一見、リアルであるだけに、いっそうの誤解を招くことになる。

19世紀後半から20世紀初頭にかけ、欧米ではジャポニズムが大流行した。その際、欧米人にとって不可解な風習である切腹や芸者などが、いっそうのエキゾチシズムを添える要素として過度に注目されたが、その結果、彼らが抱く日本像は、彼らによる空想の世界に近づいてしまった。「SHOGUN 将軍」はそこから抜け出せていない。

日本をモチーフにしたファンタジーだという前提でヒットしたのならいい。しかし、これが「リアル」な日本だと誤解されるのはまずい。

そもそも、史料に記録されているこの時代の日本は、このドラマに描かれているよりもずっと清潔で、日本人はずっと礼儀正しかった。せめて、日本人は「SHOGUN 将軍」を観る際には、こうしたこと理解したうえで、エンターテインメントとして楽しんでもらいたい。

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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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