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セブン&アイは「スーパー事業再生」を断念したのか…「ヨーカ堂売却を検討」という報道に経営陣が反発した理由

プレジデントオンライン / 2024年4月26日 7時15分

イトーヨーカドー大森店 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

セブン&アイ・ホールディングスが、イトーヨーカ堂などのスーパー事業について上場を検討すると発表し、注目を集めている。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「セブン&アイは、スーパー事業を切り離すのではなく、再生に向けて戦略的かつ長期的な計画をもっているのだろう。特に創業家の動きに、その強い意欲がうかがえる」という――。

■セブン&アイがイトーヨーカ堂の「上場検討」

セブン&アイHD(ホールディングス)は4月10日に開いた決算発表の会見で、イトーヨーカ堂をはじめとするスーパー事業のIPO(新規株式公開)を検討すると発表した。株式上場は2027年以降の見通しだという。

会見の前日、セブン&アイがヨーカ堂の株式を一部売却すると報道された。業績不振が続くヨーカ堂の構造改革を進め、外部資本を入れて再成長を目指すという内容だった。

ヨーカ堂は21年2月期から4期連続の最終赤字となっている。23年にセブン&アイは、アクティビスト(もの言う株主)からスーパー事業の売却や分離を求められた。4月10日の会見でセブン&アイの井阪隆一社長は前日の報道に触れ、ヨーカ堂株の一部売却を検討すると取締役会で決議した事実はない、と強調した。

IPOが実現すれば、セブン&アイHDは持ち分の一部を手放すことになる。しかし「一部売却」は、ヨーカ堂をセブン&アイから切り離すというイメージが想起されるので、井阪社長が報道を否定したのは、あくまでもグループ内にとどめながら事業再生を図る、という狙いからだろう。

■ヨーカ堂・山本社長が語った「IPOの意義」

この会見で、イトーヨーカ堂の山本哲也社長は、同社のIPOについて次のように語っている。

抜本的な変革をやり遂げることが最低条件。達成したあとにどう再成長するかを考えなければならない。スーパーストアとして必要な投資の方向性を決めてやらないと競合には勝てない。自らの資本で、自ら投資ができるようになることが(IPOの)最大の意義。去年までは構造改革に注力してきた。これを原資にして体質改善するための投資をしないといけない。

セブン&アイは昨年3月、25年度にスーパー事業のEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)が850億円、EBITDAマージン(EBITDA/営業収益)が6%程度などの目標を掲げている。かなりハードルは高く、発表のタイミングからアクティビスト対策だと受け取る人もいた。

しかし筆者は、セブン&アイには戦略的かつ長期的な計画があると見ている。業界の現状も含めて説明していこう。

■セブンとヨーカ堂の収益構造はここまで違う

ヨーカ堂を含む総合スーパー(GMS)は、全体的に業績低迷が続いている。少子高齢化、人口減少、多様化や二極化といった社会状況を背景に、ユニクロ、しまむら、ニトリなどの専門チェーン、あるいはロピア、ビッグヨーサンなどの食品専門スーパーに押されている状況だ。

総合スーパーはもともとコンビニに比べると利益率が圧倒的に低い。

【図表1】イトーヨーカ堂・セブンイレブン収益構造

同じ小売業でも、ヨーカ堂とセブンでは収益構造が大きく異なる。セブンの事業はフランチャイズビジネスであり、新規店の初期投資と運営のリスクは加盟店(フランチャイジー)側が負担し、本部(フランチャイザー)は加盟店からロイヤルティ(ブランド使用料)を受け取り、商品については大量購入によってコストを削減できる。

つまりフランチャイズビジネスは、リスクが小さく、安定した収入源があり、利益率が高い。業界トップのセブンは、経営の生産性や効率性が高く、「便利×おいしい」という業界の競争条件で抜きん出ている。

■利益率・回転率が高い成城石井のモデル

他社の小売りチェーンと比較してみよう。縦軸に売上高営業利益率、横軸に総資産回転率を表してマッピングすると図表2のようになる。

【図表2】収益構造・ROAマップ

セブンは営業利益率が断トツに高い一方、回転率は低いほうだ。ヨーカ堂などスーパー事業は、営業利益率が低い一方、回転率は高いことがわかる。

他社のチェーンで目を引くのは成城石井だ。利益率が10.9%、ROA(当期純利益÷総資産)が15.4%とセブンに次いで高く、回転率も1.41あって、スーパーとしてはかなり好業績だ。ヨーカ堂の再生を考えるうえで、成城石井は参考にすべきモデルの1つになるだろう。

■具体的な施策を見ると「前向きの戦略」だとわかる

昨年3月、セブン&アイはスーパー事業の構造改革と成長戦略を発表した。

2022年度までに完遂した構造改革は以下になる。

○店舗政策:計33店舗の閉鎖
○人員政策:約1700名の最適化
○生産性改革:AI発注などIT活用の生産性改善を導入

成長戦略のほうは以下だ。

①アパレル事業の完全撤退
②首都圏へのフォーカス加速と追加閉鎖
③首都圏事業の統合再編
④戦略投資、インフラの整備
⑤完全実行の担保透明性あるモニタリング

一見すると、成長戦略のほうもリストラの印象が強い。しかし具体的な施策を見ると、前向きの戦略だとわかってくる。

①アパレル事業の完全撤退
グループ戦略の軸となる「食」にフォーカスする一方、水面下では、アダストリアと提携し、共同で「FOUND GOOD」というライフスタイルブランド立ち上げを準備

②首都圏へのフォーカス加速と追加閉鎖
ヨーカ堂は、注力する首都圏へのフォーカスを加速
首都圏でも採算性・戦略適合度の低い店舗は戦略的撤退

③首都圏事業の統合再編
注力する首都圏におけるシナジーおよび運営効果の最大化

④戦略投資、インフラの整備
プロセスセンター(PC)、セントラルキッチン(CK)およびネットスーパーセンターの活用により、さらなる利益成長可能な収益構造の実現

⑤完全実行の担保と透明性あるモニタリング
外部変革エキスパートの起用による変革施策の完全実行と工程管理
取締役会および戦略委員会によるモニタリングと株主への透明性を持った共有

これらの施策を通して、2025年度に首都圏だけでスーパー事業のEBITDA550億円、ROICで4%以上という数値目標を明示している。

■キーワードは「専門性とブランディング」

ヨーカ堂の再生を考えるうえで、第一のキーワードは“専門性とブランディング”だ。

ヨーカ堂のような総合スーパーは、食品、衣料、雑貨など多様な商品が置いてあることが特徴の1つとなっている。しかし現在の小売業は“総花的な品揃え”はむしろ利益をあげにくくなっている。各カテゴリーで専門性とブランディングを打ち出していかないと、「カテゴリーキラー」と呼ばれる専門ショップと勝負できないからだ。

昨年3月に発表した成長戦略では、初めに「アパレル事業の完全撤退」を挙げている。

衣料品については、「GLOBAL WORK」「niko and…」などのブランドを手がけるアダストリアと提携し、共同で「FOUND GOOD」というライフスタイルブランドを立ち上げた。商品の企画から生産までをアダストリアが担当し、ヨーカ堂が販売するという形態だ。

■強いスーパーは「製造業」である

アパレル事業から撤退する一方、ヨーカ堂は、グループ戦略の軸となる「食」にフォーカスするという施策を打ち出している。昨年9月には、同じセブン&アイ傘下で首都圏をテリトリーとしてきた食品スーパーのヨークを吸収合併した。

ヨークマート草加店
ヨークマート草加店(写真=LERK/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

「食」へのフォーカスも、専門性とブランディングが成功のカギとなる。従来の商品を仕入れて販売する小売業から、自社で商品の開発・製造を手がける製造小売業(SPA)にシフトすることが求められるからだ。

流通業界では「強いスーパーは製造業」だといわれる。先ほど触れたように成城石井の利益率が高いのも、自家製の惣菜やスイーツでSPAとして成功したことが理由の1つだ。

成城石井は自社開発の商品を製造する工場を持ち、直営店やフランチャイズ店がない地域などで他社のスーパーに自社製品を卸している。テレビなどで成城石井ブランドの商品が紹介されると、「買いたい」という地方の消費者もいるからだ。SPAで成功したのは、食料品に強いという専門性とブランディングの成果だといえる。

■なぜ「地方スーパー」に朝から行列ができるのか

成城石井ほどの規模がなくても、専門性とブランディングで成功することはある。メディアでたびたび紹介されている「さいちのおはぎ」が好例だ。

「主婦の店 さいち」は仙台市内の秋保温泉街にある個人経営の小さなスーパーで、朝から店先に行列ができるほど自家製のおはぎが大人気となっている。1個100円ほどのおはぎが1日に5000個売れると評判になり、仙台駅のショップでも販売され、1日に2万5000個が売れたこともあるという。昨年4月にはチロルチョコとのコラボ商品が東北地方限定で発売された。

主婦の店 さいち
主婦の店 さいち(写真=Genk18/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

ヨーカ堂も「食」にフォーカスした結果、ヨーカ堂ブランドの食品が人気となり、SPA企業として成功する可能性はある。まずは「もっとおいしい商品」「どこよりもおいしい商品」を開発できる体制を築き、開発・製造・販売を三位一体で強化する必要がある。

■人気の売り場は「フランチャイズ化」できる

第二のキーワードは「フランチャイズビジネス」である。

セブンの利益率が高い理由で説明した通り、フランチャイズビジネスは、スーパーのような小売業より利益率が圧倒的に高い。営業利益率を上げていくための施策として、フランチャイズビジネスの展開は欠かせないだろう。

ヨーカ堂には、子ども向けに文房具やスクール用品を揃えた売り場「トイロスクール」がある。筆記具、ランドセル、上履き、子ども服、水着、傘……と主に小学生向けの商品を集めた売り場で、「夏休みの自由研究」などのコーナーを設けて関連商品を並べるような工夫も見られる。

「トイロスクール」が人気を集め、うまくブランディングできれば、コンビニのようなフランチャイズ展開が期待できる。ほかにも利益率が高いフランチャイズビジネスの開発は、ヨーカ堂の再生に貢献するはずだ。

また、ブランディングのうえでも、顧客とデジタルでつながることは要件の1つになる。ウォルマートの記事で詳しく解説したように、これから日本の小売業も、スマホのアプリで顧客とつながった企業が勝つと考えていいだろう。顧客が1日に何度も開くスーパーアプリを開発し、普及することができれば最強だ。スーパーアプリを通して、購買行動や商品の好みがわかる“識別顧客”を増やすことができれば、多様なビジネスの展開が可能になる。

■筆者が注目する「創業家の動き」

これまで主に成長戦略の視点から、ヨーカ堂の再生に必要な施策を検討してきた。ここからは人事の視点から再生の可能性を探っていきたい。筆者が特に注目しているのは“創業家”の動きだ。

イトーヨーカ堂は、1920年に吉川敏雄氏が東京・浅草に開業した「羊華堂洋品店」が起源で、吉川氏の甥である伊藤雅俊氏が戦後に「羊華堂」として再出発している。伊藤雅俊氏が実質的な創業者だ。

セブン&アイ・ホールディングス(HD)の合同入社式を後にする伊藤雅俊名誉会長(中央)=2018年3月22日、東京都港区
写真=時事通信フォト
イトーヨーカ堂の創業者・伊藤雅俊氏 - 写真=時事通信フォト

彼の次男である伊藤順朗氏は今年4月、セブン&アイHDの専務から副社長に昇格すると発表されたばかりで、ヨーカ堂はじめスーパー事業を担当してきた。

筆者の印象では、伊藤順朗氏はオーナー経営者としての使命感が強く、長期的かつ大局的な視野をもった経営者である。学習意欲が非常に高く、謙虚な人柄のためか人脈が広い。創業家の帝王学が素晴らしかったのだろうと筆者は感じている。

創業家でもうひとり筆者が注目しているのは、イトーヨーカ堂の取締役執行役員である伊藤弘雅氏。伊藤雅俊氏の長男である伊藤裕久氏の長男で、まだ40代初めと若い。

■創業者の孫・伊藤弘雅氏は「現場の叩き上げ」

弘雅氏はコンサルティング会社勤務や起業を経験したあと、食品スーパーのヨークベニマルに入社した。

ヨークベニマルは福島県を中心に宮城県、山形県、栃木県、茨城県の5県に246店舗(2023年2月末時点)を展開し、生鮮食品や惣菜をはじめとする食料品、衣料品、などを販売している。1973年にイトーヨーカ堂と業務提携し、紅丸商事から現在のヨークベニマルに社名変更した。業界では「東北の雄」「食品スーパーのお手本」といわれ、現在は名誉会長の大髙善興氏はプライベートブランド「セブンプレミアム」のきっかけをつくるなど名経営者として知られている。

伊藤弘雅氏は大髙善興氏から直接指導を受け、店舗の売り場担当者からスタートして店長などを経験している。創業家の出身ながら、いわば“現場の叩き上げ”である。現在は、ヨーカ堂の商品本部長として広範囲の事業を統括し、事実上は事業本部長に近い役割を担っている。

伊藤弘雅氏の人事も含め、吸収合併したヨークとヨークベニマルがヨーカ堂再生のカギを握ると筆者は見ている。

イトーヨーカドー大森店
撮影=プレジデントオンライン編集部
イトーヨーカドー大森店 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■ヨーク、ヨークベニマルの人材とノウハウがカギを握る

ヨークは東京・神奈川・千葉・埼玉で101店舗(2022年2月末)を展開していた食品スーパーで、同社の食品部長だった西山英樹氏が現在はヨーカ堂のフード&ドラッグ事業部長となっている。

ヨーカ堂の再生には、旧ヨークとヨークベニマルの人材とノウハウがフル活用されていくと筆者は予想している。

今年4月に発表されたヨーカ堂の「ラストワンマイル施策」は好例だ。最短20分で商品を届ける即時配送サービス「OniGO」を本格導入し、2024年度中に首都圏、中京、近畿エリアでサービス提供を開始する予定だ。

「OniGO」ではスマホやパソコンのアプリを通じてヨーカ堂やヨークの最大約8000種類の商品を購入できる。生鮮食品の野菜、果物、精肉など生鮮食品、惣菜、乳製品などの日配品のほか、日用品、文具、肌着などをアプリで注文すれば配達してもらえるサービスだ。このラストワンマイル施策は、ヨーク時代から伊藤弘雅氏が先導している。

創業家の2人にとって、祖業であるヨーカ堂やスーパー事業を伸ばすのは使命なのだ。

ヨーカ堂本社に行くと1階会議室前の壁に創業者である伊藤雅俊氏の「お客様は来てくださらないもの、お取引先は売ってくださらないもの、銀行は貸してくださらないもの、というのが商売の基本である」という訓示が掲げられている。訓示の姿勢が、顧客に提供する商品サービスや社員の行動に真に練り込まれることこそが、ヨーカ堂の経営改革でも重要な原点になると筆者は考える。山本社長と創業家の2人には、顧客起点に立ち返り、ヨーカ堂を成長軌道へと導くことを期待したい。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)

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