1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

「ホリエモン、ひろゆき、勝間和代、DaiGoで大丈夫なのか」…自己啓発の教えを乞うべき最適な人物は誰なのか

プレジデントオンライン / 2024年9月5日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yamasan

■「頼れるのは自分だけ」自己責任論がきっかけ

「私たちは『自己啓発書を読んで、自分を変えなければいけない』という圧力にさらされている気がします。だとしたら、それは一体なぜでしょうか」

こんな問いを編集部から投げかけられて、その理由を考えてみました。

まず自己啓発書とは何かという定義が難しいのですが、ここでは「何らかの意味で自分を変えたり、高めたりする本であり、そういう内容が明示されている本」だとしておきましょう。

自己啓発書が非常によく読まれるようになったのは2000年代から。それまでも読まれていましたが、01年に小泉純一郎政権が誕生すると、「小さな政府」による新自由主義政策にのっとった規制緩和などが行われるようになります。それと同時に人々の間では、「生活に困っても、国がなんとかしてくれると思ってはいけない。頼れるのは自分だけ」という自己責任論が主流になっていきました。

08年になるとリーマンショックが起き、さらに不況が深刻化します。「自分のキャリアは自分でなんとかしなければいけない」「勉強すれば年収は10倍になる」などと説く勝間和代の本がよく売れたのは、ちょうどこの頃です。以来、自己啓発書やビジネス書を読む習慣は、働く人々の間である程度、定着したといっていいでしょう。

例えば、過去20年の厚生労働省の「能力開発基本調査」を見ると、正社員の4〜5割が、常に何らかの自己啓発的な行動をしています。具体的にはeラーニングなのか、勉強会なのかはわかりませんが、自己啓発書を読むことはその一部だと考えられます。

さらに近年は「リスキリング」が政策課題として取り上げられたり、「AIによって仕事がなくなる」という予測が出たりして、「圧力」はさらに強まっている向きもあります。書店に行けば、「アート思考が大事だ」とか、「教養を身に付けよう」などといった本が並び、新しく学ぶべきことが次々に提案され、自分を変えるための「観点」がどんどん増えている。このように外堀が埋められていくと、「自分を変えよう、自己啓発書を読もう」と考えるようになっても無理はないでしょう。

■明治から巻き起こった「成功ブーム」とは

この自己啓発書のルーツをたどると、サミュエル・スマイルズの『Self-Help(自助論)』(当時は『西国立志編』というタイトル)という近代日本の最初のベストセラーの一冊が挙げられます。この本は明治から大正にかけて、「成功ブーム」を巻き起こしました。近代化が起こって、いわゆる立身出世を果たせる社会状況が訪れた。そんな中、刻苦勉励すれば成功できると説いたのが人々に受け入れられた理由でしょう。

そして戦後、カッパ・ブックスなどの実用書や経済書ブームが訪れます。当時の勉強ブームは創造的発想を促すというよりは、知識を詰め込む勉強・記憶術などが中心でした。松下幸之助が「会社の中で地道に努力して、日々、誠実にコツコツがんばっていこう」というような内容のベストセラーをたくさん書いたのもこの頃です。

1970年代に入ると、高度経済成長が終わり、それまで経済誌で論じられていた「いまの日本の経済がどうなっているか」「日本の国際政治がどうなっているか」などの大局論ではなく、職場で働く人々の心理を考えようとする傾向が生まれてきます。「労働の人間化」が叫ばれていたころで、「社内環境をガチガチの仕組みで固めるのではなく、人間疎外をなくし、人間らしくいられる職場にしよう」といったことが考えられるようになったのです。

そして80年代になると、この人間心理への注目が、歴史上の人物の言葉をビジネスに当てはめて解釈する「歴史人物ブーム」へと展開します。「武田信玄に学ぶビジネス戦略」とか「老子に学ぶ人心掌握術」、場合によっては、ヤクルトスワローズの監督だった野村克也の「野村ID野球に学ぶ」というようなものまで派生しました。

それがバブル崩壊でガラッと崩れていきます。「戦国に学ぶのも何か古くさいし、誠実にがんばっていけばなんとかなる時代でもない」ということで、90年代中頃から、いわゆる今日的な自己啓発書が出てきます。自分の内面をコントロールして、よい習慣を身に付けたり、考え方を変えたりするスキルを身に付け、どんどん技術的に自分を変えていく、高めていくための本が売れる時代に入っていきました。

当初は売れ筋のテーマの変化は、海外からの翻訳書がもたらすことが多かったのですが、00年代になると勝間和代をはじめとする日本人の作家が、日本の文脈に合わせた内容で、もっとわかりやすく読みやすい自己啓発書を量産するようになりました。

以前、00年代と10年代のベストセラーを分析したことがありました。参照したのはそれぞれ年間ベスト30まで載っている資料で、10年分だったので合計300冊分。00年代はかつてなく自己啓発書のベストセラーが増えた時代で、300冊のうち40冊ぐらいが自己啓発書でした。これは、それまでのどの10年間と比べても多かった。

ところが10年代は自己啓発書が300冊中約80冊にまで増えている。冒頭で「自己啓発書がよく読まれるようになったのは00年代から」と表現しましたが、さらにその2倍ぐらいに増えたのが10年代なのです。

■自己啓発書の売れ筋は「生き方」「考え方」本へ

先ほど「自己啓発書は何らかの意味で自分を高める本」であると定義しました。ということは、仕事がうまくいくためのビジネス書も自己啓発書に含まれるわけですが、売れる自己啓発書の中心がビジネス書かというと、そうとも言い切れません。

カフェのベンチで本を読んでいる人
写真=iStock.com/palidachan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/palidachan

10年代の大ベストセラーは『置かれた場所で咲きなさい』(渡辺和子著・幻冬舎)や『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著・ダイヤモンド社)です。『嫌われる勇気』はビジネス書というより「生き方本」と言ったほうがいいかもしれません。10年代の中心は間違いなくこのような「生き方本」でした。

『九十歳。何がめでたい』(佐藤愛子著・小学館)のようなご長寿ものや、五木寛之や曽野綾子など80歳オーバーの書き手が老いや死への心構えを語る、「終活」のような本が非常に売れたのも特徴です。これも「生き方本」です。

そして、ここ10年ほどはビジネス書の書き手も様変わりしています。堀江貴文、西村博之(ひろゆき)、DaiGoなど、インターネット上の発信から固定ファンを得ている人たちの著作が売れる傾向にあります。これらは「考え方本」といえるでしょう。

いまでも『7つの習慣』の漫画版やドラッカー、アドラーなどの「大御所」もある程度売れています。これは包括的な「考え方本」として売れているのだと思いますが、現在の複雑で次々変わりゆくビジネスの場面に即効性があるかとなると、もっとセグメント化された別の本が必要だということにならざるをえない。だから、自分にフィットする本を見つけられればとても有用だと思いますが、それを見つけるには読者も「本を探す能力」を高める必要があるでしょう。

さて、プレジデント編集部からは、「変わりたいけど変われないと悩んでいる読者に向けて、『自己啓発の時代』を乗り越えるアドバイスはありませんか」とも言われました。これに即応するアドバイスをすることは難しいと思ったのですが、社会学の立場から一つの見方を示してみたいと思います。

社会学の立場では、自分が自分一人の力で変わるというようには考えません。自分というものは社会的に形づくられていると考えます。ですから、自分は自分だけで変わることはできなくて、他者との関係性とか、自分や他者が埋め込まれている社会的な文脈の影響を受けるという考え方をします。

自己啓発というのは自分で自分を変える試みだと思うかもしれません。しかし自己啓発書というのはそれこそ社会的によく流通しているテクニックやメッセージなど、「社会的な資源を通して自分を変える」営みです。自己啓発書を読んで自分を変えるというのは、社会的な営みにほかならないのです。

もし「変わりたいけど変われない」と考えているのであれば、それは「自分で自分を変える」という見方にこだわりすぎているためかもしれません。もっと周囲との関係性や、いま自分の置かれている環境、自分が生きるこの時代などの観点から自分を見直してみると、また違う視点が得られるのではないか。社会学を学ぶ者としては、こう考えてみることを提案したいです。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月30日号)の一部を再編集したものです。

----------

牧野 智和(まきの・ともかず)
大妻女子大学人間関係学部教授
1980年、東京都生まれ。2003年、早稲田大学教育学部卒。09年、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(教育学)。独立行政法人日本学術振興会特別研究員。「自己啓発本」を社会学の手法で分析した初の単著『自己啓発の時代――「自己」の文化社会学的探求』(2012年、勁草書房)は、日本経済新聞、朝日新聞の両書評欄で紹介され、2013年に日本出版学会・奨励賞を受賞した。同書第五章「ビジネス誌が啓発する能力と自己――ビジネス能力特集の分析から」では、「プレジデント」をはじめとするビジネス誌記事内での「○○力」という表現の使われ方とその変化を細かく分析している。

----------

(大妻女子大学人間関係学部教授 牧野 智和 構成=長山清子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください