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「怒鳴られても失敗しても私は私」美容家・川邉サチコさん86歳が自分の限界を思い知った50歳の挑戦

プレジデントオンライン / 2025年1月11日 7時16分

撮影=小林久井/近藤スタジオ

第一線の美容家として華々しく活躍してきた川邉サチコさん。しかし、長いキャリアの中で美容の世界から離れたことが二度ある。そのうち1回目は自分の限界を思い知るような大きな経験だった――。

■大人が堂々とカッコよくいられる文化を

川邉サチコさんは、56歳のときに自宅兼仕事場として東京・渋谷に「川邉サチコ美容研究所(現KAWABE. LAB)をオープンする。一流のヘアメイクとして、熱気にあふれる世界中の現場を飛び回るクリエイティブな環境に喜びを感じていたはずだが、いつしか「そうではない働き方もあるのではないか」と思うようになっていった。

「いつもあちこち飛び回って刺激的な日々を送ることに疲れてしまって。もっと腰を落ち着けて1カ所で仕事をしたほうが、いいものができるのではないか――」

連載「Over80 50年働いてきました」はこちら
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そんなぼんやりした気持ちを後押ししたのが、実母との同居だった。50歳のときに父が急死し、ひとりになった母と別世帯で同居をすることにした。仕事場を自宅にすることで「いつもそばにいてくれる」と母も安心するようになった。

研究所をオープンするにあたって掲げたコンセプトは、「大人のトータルビューティ」だ。そのきっかけは、仕事場を構えた渋谷という街にあった。若者の街ともてはやされていた渋谷では、中高年女性が肩身を狭そうにして歩いていたのだ。

ずらりと並ぶ化粧品の数々
撮影=小林久井/近藤スタジオ

「ヨーロッパでは高齢者も、堂々としていますよね。おばさんやおばあさんが、みんなカッコいい。そんなふうに大人がカッコいい国にならないと、文化って成熟していかないもの。だからこそ、中高年の女性にもっと自信をもってほしいと思うようになりました」

今でこそ、シニア世代の大人の女性のおしゃれが注目されているが、川邉さんは30年前から「大人のカッコよさ」にフォーカスしてきたのだ。

■挫折を感じたら負け。そうやって勝負し続けてきた

「そもそも私、美容なんて好きじゃないんですよ。面倒くさいでしょ」

インタビュー中、川邉さんから飛び出したそんな言葉に、思わず驚かされた。川邉さんはこれまで美容の仕事から二度離れている。一度目は離婚のとき、二度目は南青山の店を49歳で閉めたときだ。美容を離れた川邉さんは、1988年、50歳でデザイン会社を立ち上げる。

手がけるのは、日本の伝統美を生かした着物や漆などのデザイン。日本橋で生まれ育ったDNA、そして海外を見てきたからこそわかる日本文化の素晴らしさをデザインで伝えたい。そんな想いが、デザインというクリエイティブな場への挑戦につながった。

インタビュー中のひと時
撮影=小林久井/近藤スタジオ

しかし、その結果は「自分の限界を知る」ということで終わった。培ってきたキャリアの重み、才能……周囲に一流デザイナーがいるからこそ、彼らを超えられないという現実を痛感した。

「だからといって、挫折を感じたわけではない」と川邉さんは続ける。「だって、挫折を感じたら『負け』ですからね。それは美容の世界で長年やってきて、よくわかっていることです。怒鳴られようが何をしようが、私は私でしかない。挫折なんてしている暇はないんです」

寄り道をしながら最終的に行き着いたのは、「美容では絶対に負けない」という自負だった。

■娘の母親としては落第点。実母の介護経験も

仕事に駆け抜ける日々の中で、プライベートとの両立という壁も乗り越えてきた。一人娘のちがやさんは研究所の共同経営者であり、現在は三世帯で同じ敷地に暮らしている。ちがやさんは忙しく働き回る母の背中を見て育ってきた。中学では寮のある学校に進学し、週末だけ自宅に帰るスタイル。川邉さんも、ちがやさんが家にいる土曜日だけは仕事を入れないというルールを自分に課していた。

「母親としては最低限のことしかできませんでした。離婚もしてしまいましたし、結局、自分が嫌だった幼少期と同じような道を歩ませてしまったという、申し訳なさはずっと感じています」

また、50代では実母の介護問題にも直面する。母の世話は、長年そばにいてくれたお手伝いさんが住み込みで担当。その代わり、川邉さんは朝晩の2回、母のもとを訪れて様子を見ること、病院などの付き添いをすることなどを担っていた。

そんな母との関係から学んだアドバイスとしては、「介護は子どもが直接やるのではなく、誰かに託したほうがいい」ということだ。「子どもは介護の仕組みをプロデュースする立場でいればいい。付きっきりで世話をしていると、どちらも潰されてしまうのではないでしょうか」

特に自身が高齢者となった今、介護される側の気持ちもよくわかると、川邉さんは語る。

「自分ができなくなったことを娘の私に見られると、母がとても悲しそうな顔をしたのを覚えています。それと同じで、私もあまりにも周りから『大丈夫?』と言われると、プライドが傷つくことがあったりします。特に子どもに対しては、いつまでも母としてのプライドがありますから」

子どもが疲弊せず、親が親としてのプライドを保つためにも、介護における第三者の存在はとても大切なのだという。

■自分の体の健康は自分でコントロールする

これまで年齢を意識することがなかったが、80歳になったときは「80代の先輩たち」の顔を思い浮かべて、自分の年齢にショックを受けしまったという川邉さん。

「それでも、やっぱり年齢という数字を意識しすぎないでいてほしいですね。80歳だ、86歳だというのではなく、そのときの自分の健康状態で考えていけばいいんじゃないかしら」

結核を患った経験があるだけに、昔から健康には人一倍気を使ってきた。今は朝40分のウォーキングと40年続けている水泳が健康法だ。体調管理は、ホームドクターと相談しながら健康診断と東洋医学中心で行っているという。

オーガニックにこだわった時期もあったが、時代によって「良い」が「悪い」になったり、その逆もあったりするのを経験。今は自分にとっての「ほどほど」を見つけて、自分の体は自分でコントロールしてつくることを意識している。

「この歳になったら、あまりストイックなことはしなくてもいいのよ。長いこと自分の体と付き合っているのだから、自分の体のことは自分がいちばんよくわかっているはず。おいしいものを食べながら、自分なりに管理すればいいの」

「自分の体のことは自分がいちばんわかっているはずだから、自分なりに管理すればいいの」と、気負わない生き方を大切にする川邉サチコさん。
撮影=小林久井/近藤スタジオ
「自分の体のことは自分がいちばんわかっているはずだから、自分なりに管理すればいいの」と、気負わない生き方を大切にする川邉サチコさん。 - 撮影=小林久井/近藤スタジオ

■ありのままの自分でいる心地よさ

年齢を重ねるうえで大事なことは、もうひとつある。自分の本音のまま生きることだ。自身は60代後半になってから、自分を取り繕うことよりも「素のままの自分でいること」に居心地のよさを感じるようになった。

「例えば、私は面倒くさくなると江戸っ子の“べらんめえ”口調になるんです。そのほうが生まれ育った環境で身についたものだから、居心地がよくてラクなんですよね。もちろん、今でも仕事ではあまり出さないようにはしていますが(笑)。でも、そうやって素のまま自分でいればいるほど、メンタルも安定するのは確かです」

80代でなお現役の美容家として精力的に活動する川邉さん。同世代、そして後輩世代の女性たちに「年齢に縛られず体が動くうちは一生働き続けたほうがいい」とエールを送る。

そのためにも、定年の60歳を迎える前から、60代以降でやりたいことを考えておいたほうがいいともアドバイスする。それは自分の好きなことであるべきだし、クリエイティブな要素があるほどシニアライフを楽しくしてくれる。

「歳を取ると、どうしてもチャレンジを怖がるようになります。でも、人生では、いくつになっても好きなことにチャレンジするほうが絶対いいと思います。条件をあれこれ並べて無理だとあきらめるのではなく、小さくやれる方法を探してみることが大切です」

そんな川邉さんが今、興味を持っているのは、大人が自ら自分を整えておしゃれになる基本を教える学校だ。それには対面でリアルにやりとりするのが必須だが、オンライン主流の現代において、どのような方法があるのかを思案しているという。

「今まで世の中に人生を楽しませてもらいましたからね。その恩返しという意味でも、まだまだやりたいことが尽きません」

先のことを心配ばかりではなく、自分の好きなことをして生きていく。そんな決意さえあれば、小さな好きが見つかって、一歩を踏み出すこともできるようになる。川邉さんのように「おもしろいこと」へのアンテナを張り続けることが、人生の枝葉を広げてくれるのではないだろうか。

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川邉 サチコ(かわべ・さちこ)
トータルビューティークリエーター
1938年、東京生まれ。女子美術大学卒。パリのメイクアップアーティスト、ジャン・デストレのスクールで学ぶ。ディオール、サンローラン、ヴァレンティノをはじめ、イッセイ・ミヤケ、 KANSAIなど国内外の著名デザイナーのコレクションや、海外アーティストのヘアメイクを担当。著書に『カッコよく年をとりなさい グレイヘア・マダムが教える30のセオリー』(ハルメク)、『あの人が着ると、 パーカーがなぜ おしゃれに見えるのか』(主婦と生活社)など多数。

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(トータルビューティークリエーター 川邉 サチコ 構成=工藤千秋)

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