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ジョン・ホプキンスが語る「アンビエントではない」没入型サウンド・アートの背景

Rolling Stone Japan / 2024年10月9日 19時0分

Photo by Imogene Barron

ジョン・ホプキンス(Jon Hopkins)の最新アルバム『RITUAL』は、ホプキンスが2年前に参加したプロジェクト「Dreamachine」(※光の明滅を利用して見る人の心に色の放出や幻覚を引き起こすアート作品)の体験イベントにインスピレーションを得た作品になっている。グラミー賞の候補にも選ばれた『Singularity』(2018年)、そしてアマゾンでの洞窟体験をきっかけに制作された前作『Music for Psychedelic Therapy』(2021年)同様に、瞑想やスピリチュアルな探求を通じた形而上学的な関心がテーマになっていて、サウンド的にも引き続きアンビエント/ニューエイジ的なスタイルが推し進められているのが特徴だ。一方で、ビート/リズムにはフィジカルに作用する力強さや推進力が感じられる場面もあり、セブン・レイズ(7RAYS)とイシュク(Ishq)ら長年のコラボレーターを迎えた共同作業の成果を随所に聴き取ることができる。

なお、収録曲は便宜上「part ⅰ」「part ⅱ」……と数字を振って分けられているが、本来は全体の41分間で「一曲」という聴取体験を想定して書かれたものであるとのこと。いわく、「抵抗をやめて、深い体験に飛び込んで行くための音楽」――そう本作について語るホプキンスに、この完全没入型の”サウンド・アート”が生まれた背景、さらにエレクトロニック・ミュージックを取り巻く技術や環境の変化、その未来について話を聞いた。



音楽を通じた形而上学的な探究

─今回のニュー・アルバム『RITUAL』は、2022年にロンドンで開催された、「Dreamachine」というプロジェクトのインスタレーションのために作曲を依頼されたことがきっかけに生まれた作品だと聞きました。「Dreamachine」は、ウィリアム・S・バロウズが使用した「カット・アップ・メソッド」(※テキストをランダムに切り刻んで新しいテキストに作り直す文学技法)の発案者でもあるブライオン・ガイシンが60年代に発表したストロボ原理の幻覚装置ですが、そうした60年前のプロジェクトについてあらためて光が当てられることの意義についてあなたがどのように考えていたのか、今回のアルバムが生まれた背景を考える意味でも大変興味があります。

ホプキンス:僕は「Dreamachine」の存在を4年前くらいまで知らなかったんだ。「Dreamachine」プロジェクトの企画者から連絡をもらって、企画者が描いていたプロジェクト案の作曲を依頼された時に初めて知った。企画者の女性がイメージしていたのは大規模で集合的な「Dreamachine」のバージョンで、近代のテクノロジーを使ってストロボ効果を生み出すというものだった。企画者の名前はジェニファー・クルックと言うんだけど、彼女はティーンエイジャーの頃に古本屋で「Dreamachine」に関する本を見つけてから、「Dreamachine」に夢中になり、いつか「Dreamachine」の大規模なバージョンを作ってみたいと考えていたらしい。僕はその企画チームに2021年に参加して、プロジェクトのための音楽を2022年に作った。それが今回のアルバムの萌芽だったんだよ。(エクアドルにある)タヨス洞窟(Cueva de los Tayos)の仕事を依頼されたことが、前作の萌芽だったと同様に。だから、あるアイデアや別の仕事の依頼があって、そこから新しい音楽作品が生まれることは、よくあることなんだ。それと同時に自分の関心分野にも合致している。内なる世界を探求しているという意味でね。つまり、目を閉じた状態で、ビジョンが見えたり、物語を体験することができる状態を探求しているということなんだ。僕はそういう分野に非常に興味を持っている。そこから、アルバムは全く別の方向性に進んで行くんだけど、スタート地点はそういう場所からだった。

─そうした「Dreamachine」の体験は、今回のアルバムを作る上でどんな影響や意識の変化をあなた自身にもたらしたと言えますか。

ホプキンス:「Dreamachine」は人によって得られる効果が全く違ってね、それはそれで面白い。僕は、「Dreamachine」の光からは、あまり強い影響を受けなかったんだ。でも「Dreamachine」というプロジェクトには強い信頼を置いていた。人によってはとても強烈な体験ができるだろうと分かっていたからね。ただ、その体験が僕のアルバム作曲に影響を及ぼしたとは言えないね。



─あくまで「きっかけ」だったと。一方、あなたは今作について「自分の内なる世界への入り口を開くための、もしくは、隠されて埋もれたものを解放するための道具」と言葉を寄せています。実際のところ、今作の制作はどのようなプロセスだったのでしょう。

ホプキンス:制作のプロセスと、僕が制作の終盤に行った、曲を書くという行為には、実はあまり関連性がないというか、密接に関わっているわけではないんだ。プロセスとは、考えずに行う、直感的なものだから。直感を辿っていくというか、スレッド(糸=thread)を探っていく……そういう行為なんだ。自分にとって「合っているな、しっくりくるな」と感じるものをひたすら続けていく。そして最後まで来た時に、振り返って、「これは、こういうことだったのか」という内省的な分析を行う。面白い仕組みだと思うよ。だから僕は「機械のようにさえ感じられる」と書いた。いま、アルバムを聴くと僕にとっては機械のように感じられるから。特にアルバムの中盤では、自分が実際に何かしらの機械の中にいるような感じがするんだ。プロセスの最中には、音楽がなぜそういう方向に行く必要があるのかが分からないんだけど、振り返ってみると、それ以外の方向性はあり得なかったんだなと実感するんだ。面白い感覚だよ。

─前々作の『Singularity』では瞑想の体験が、前作の『Music for Psychedelic Therapy』ではアマゾン流域の巨大な洞窟で過ごした体験が作品のインスピレーションになっていました。そうした神秘的で超越的なるものへの関心、音楽を通じた形而上学的な探究は、今回のアルバムを貫いているテーマでもあると思いますが、たとえば今作を含めた3枚のアルバムを通じて、そうしたテーマへの関心や考え方があなたの中でどのような発展や変化を遂げてきたのか、とても興味があります。

ホプキンス:年を取るに連れて――少なくとも僕の場合は――純粋なものしか作りたくないという気持ちが強くなってくる。だからこのアルバムは、誰かに媚びたり、ある物事のために作られたものでは一切ない。僕はしばらくこの方向性で進んできたと思うけれど、今回が最もその姿勢が凝縮されて作られた成果だと思う。質問にある言葉通り、形而上学的な世界や、精神的な解放は、洞窟といった完璧な自然環境に身を置くことで実感することができるし、自分自身の意識に集中することでも達成できると僕は考えている。後者(自分自身の意識)も、ある意味、自然な環境だと言うことができるからね。世の中には、2〜3分でリスナーの興味をそそり、興奮させてくれる曲を作る素晴らしい人たちがたくさんいる。曲を2〜3分聴いて、気分が上がって、それでおしまい。それは現時点の僕の仕事ではないと思っている。今後、自分もそういうことをするかもしれないけれど、僕のいまの役割としては、この「脈絡(train)」に沿って、40分間のクレイジーな旅路を創り上げることだと思う。こういうことに興味のある、ほんの僅かな人たちのためにね(笑)。




─興味のあるリスナーはたくさんいると思いますよ! じゃあ、そうした「精神的な解放」や「自分自身の意識」へのフォーカスを、今回のアルバムの制作にあたって音楽的に具現化してく、サウンドをデザインしていく上ではどんなポイントに意識が置かれていたのでしょうか。

ホプキンス:先ほども話したように、音を作るのは直感的に行なっていることだから、アイデアやコンセプトがあるというわけではないんだ。コンセプトを考えて音を作るわけではないけれど、ご覧の通り(Zoom越しに背景の機材を見せて)僕のスタジオには色々な種類のシンセサイザーがあって、向こうにはピアノがある。それをとにかく弾くんだ。すると、大抵の場合、何かが生まれてくる。そして自分がそれを良いと思ったら、それを残して、他の要素を加えていく。本質的な作業はそれだけだよ。その作業を大規模にして、長時間やっているんだ。するとアルバムというものが出来上がる(笑)。でも、その途中で、音を分析したり、やり方を考えたりすることはないんだ。

─たとえば、今回のアルバムにおいて作曲(compose)とは、あなたにとってどのような作業だったのでしょうか。アルバムについて「作曲しているときは、自分が何をやっているのか分かっていない。どこへ向かっているのかも分からない」とコメントされていますが、実際のところどんな風にして作曲していたのでしょうか。

ホプキンス:作曲しているときはAbletonを使って、スレッドを追っているだけなんだ。サウンドを作り、先ほども話したように、そのサウンドが次のサウンドの方向性を示唆する。このスタジオで作られる全てのものは、「イエス」か「ノー」に分類される。僕は、音源をボツにして破棄するということは滅多にしない。音を加工して、さらに加工して、加工を続けて、最初の状態とは何の関連性も感じられないようなものにしていくということが好きなんだ。でも、感覚としては、ある種の建物を建てているような感じだよ。作曲するということが、いつからそういう感覚として感じられるようになったのかは分からないけれど、おそらくこのアルバムか前作だったと思う。それ以前、自分はまだなんらかの娯楽(entertainment)を作っている感覚だった。それも不思議な感覚だけどね。いまはそういう風に思っていない。僕の音楽を娯楽としても使えるだろうけど、おそらくうまく機能しないだろうな(笑)。

「アンビエントではない」没入体験

─今作は、『Music For Psychedelic Therapy』と対を成す内省的なアンビエント・ミュージックと大別することができるかもしれません。ただし、『Music For Psychedelic Therapy』にはなかった緊迫感や高揚感が今作には強く感じられます。その理由は、アルバム中盤の「part iii - transcend / lament 」辺りから「part vi - solar goddess return」にかけて迫り出してくる、クラウトロック的なリズムやタムのパーカッシヴなビートにあり、それは『Immunity』(2014年)にあったようなダンス・ミュージック的なBPMのトラックとも異なるプリミティブで直感的な推進力でリスナーのフィジカルに作用するものです。今作の制作において、リズム/ビートのデザインがサウンド全体にもたらす効果についてどのように考えていたのか、教えてください。

ホプキンス:あのドラム・セクションは自分にとっても驚きで、そういう展開になるとは思っていなかったんだ。オリジナルのバージョンには、優しい感じのリズムしかなくて、クライマックスというものもなかった。あのサウンドになったのは、コラボレーターとの結果だったんだ。特にセブン・レイズ(7RAYS)とイシュク(Ishq)が、僕が作っていたドローン・セクションに合わせるために、あのサンプルをMPCに入れてドラムを演奏したんだ。僕たちはリモートで仕事をしていたんだけど、あのドラム・サウンドが僕の元に送られてきた時、「これは素晴らしい!」と思った。自分が作るようなドラム・サウンドとは全く違うものだったからね。こういうことは僕にとっても刺激的なことなんだ。同じようなアルバムをいつまでも作っていたくないからね。僕がまた『Immunity』のようなサウンドのアルバムを作って欲しいと思っている人たちがいまでもいるようだけど、それは僕に、「10年前の自分になってほしい」と言っているようなものだと思うんだ。それってすごく変なことだろう?『Immunity』のようなサウンドが好きなら、『Immunity』を聴けばいい(笑)。遊び心を持ちながら、次なる発見をしていく方が僕にとっては楽しいから(笑)。今回のビートの音も、いままでに聴いたことのないようなサウンドに聴こえる。とても面白いサウンドだと思う。



─ちなみに、今回の収録曲には「part ⅰ」から「part ⅷ」まで数字が振られていますが、実際にはどういう順序で作られたのですか?

ホプキンス:実際のパートというものはなくて、楽曲は1つの曲として書かれたんだ。契約上の理由から、また、ロジスティックス面での理由、そして、商業的な理由から、8つのパートに分けなくてはいけなかった。そうしないと誰も聴いてくれないからね。41分間の曲1つだったらリスナーが全くいなくなってしまう。それでは誰も幸せにならない。そこで、パートに分けることの利点を考えてみた。その利点の1つとして、1つか2つの言葉を使って、簡単なタイトルを各パートにつけることができるということがあった。パートの名前をメタファー的な物語として捉えることができるかもしれないと。つまり、音楽がどういう状態にあるのか、もしくは、リスナーとしての自分が音楽のどこにいるのかというヒントになるかもしれないと思った。でも、タイトルはあまり注目されるべき箇所ではないんだ。それから、順序を変えて聴いたり、シャッフルで聴くようなこともするべきではない。全然しっくりこないと思うからね(笑)。


Photo by Imogene Barron

─今作をはじめ、前の2枚のアルバムとも関係した話として伺いたいのですが、そもそもあなたが、瞑想やサイケデリック体験といった神秘的で超越的な世界と音楽とのコネクション、そして音楽が人の意識や深層心理に働きかける作用やセラピー的な効果について興味や関心を持つようになったきっかけはなんだったのでしょうか。その気づきとなったエピソード、併せてアーティストや作品があったら教えてください。

ホプキンス:多くのアーティストにおいてこれは当てはまることだと思うんだけど、きっかけは、自分が若い頃に経験した、自分を形成するような体験がもとになっている。僕の場合、いま、自分が興味のあることは、ティーンエイジャーの頃に体験したことから派生している。具体的には、カンナビスを音楽に合わせて使用するということ。目を閉じた状態での体験。僕は昔よく、ベッドに横たわり、目を閉じて、カンナビスという薬の効果を実感しながら、音楽を聴き、音楽が「見える」という体験をしていた。つまり、自分が音楽というものの中に存在することができたんだ。当時、聴いていたアーティストは、オービタルやエイフェックス・ツイン、オズリック・テンタクルズ、シーフィール……素晴らしい音楽がたくさんあった。僕の体験は非常にディープなものだったから、それが種となり、自分でもその感覚を再現して、人々が聴くことのできるレコードという形にしたいという思いがあった。僕の音楽を聴いた人も、僕が体験したような感覚に近いものを感じることができたらいいなと思ったんだ。だから、自分の形成期に体験したことが、自分がいままでやってきた何年もの活動に深く根ざしていると思う。それに、自分が何年も瞑想をしてきたということが、この活動をさらに充実させている。日々の瞑想の訓練が自分の現在の活動に密接に関わっているんだ。そして、45歳というこの時点になって、僕はエレクトロニック音楽を30年余りも作り続けてきたことになる。だからやはり、自分が作るサウンドというのは、自分が過去にしてきた体験とは切り離せないものになっているね。

─ちなみに、いま名前があがりましたが、あなたにとって重要なエイフェックス・ツインのアルバムはどれになりますか。

ホプキンス:つまらない回答になってしまうけれど、『Selected Ambient Works 85-92』だね。彼はあのアルバムの楽曲を作った時、まだとても若かったと思うんだけど、ちょうど当時にリリースされたのか、僕が初めて聴いたエイフェックス・ツインの作品だったんだ。あんなサウンドを聴いたのは初めてだったから、ものすごく深いところに届いた。いま、聴いても素晴らしいサウンドだと思う。



─たとえば、ブライアン・イーノがアンビエント・シリーズで定義した「アンビエント・ミュージック」とは、いわゆるmuzak的な受動的な聴取を促すバックグラウンド・ミュージックとは異なり、それを聴いた人の意識や行動に能動的に働きかけるような音楽ではなかったかと思います。同じことは、今作をはじめあなたが作る「アンビエント・ミュージック」についても言えると思いますが、自身の音楽に対する考え方や姿勢に関して、過去にさまざまな機会を通じて共演や共作を重ねてきたイーノから受けた薫陶、彼の音楽からの影響ついてはどう分析されますか。

ホプキンス:ブライアンと初めて仕事をしたのは、もう22年前くらいのことになるんだけど、彼から学んだことは、自分のアプローチに対して肩の力を抜くということだった。彼は、音楽制作に対して、遊び心と喜びを持ってやっている人なんだ。とても面白い人だし。彼と作業する時は、いつも即興がベースだった。彼の場合、即興演奏していて、それが楽しく感じられなかったから、すぐに別のことに進む。そういうやり方だった。だから、彼から学んだことは、「あまり強くしがみ付かないで、ある意味、手離すこと (surrender)も必要というか、自然に生まれてくるものに身を任せる」ということだった。あまり細かく考えすぎない。僕は実際に非常に細かいサウンドを作るんだけどね。でも彼の作業方法を見て気づいたのは、彼は最初の段階ではとても早いペースで一気に何かを作り上げ、その本質的なものを捉えてから、細かい部分を調整していくということだった。ブライアンからは多くのことを学んだけれど、おそらくそれが鍵だったのではないかと思う。

─イーノが提唱した「アンビエント・ミュージック」という概念については、どのような影響を受けていますか。

ホプキンス:僕の活動は「アンビエント・ミュージック」に関連しているとは思っていないんだよ。『Thursday Afternoon』と『Ambient 1: Music for Airports』は普段からよく聴いているし、特に好きなアルバムでもあるんだけど、自分の音楽とは異なるものだ。自分の音楽にはストーリーがあり、アルバムというよりはむしろ映画に近いもの、もしくはシンフォニーのようなものなんだ。イーノのアンビエント作品との共通点は、セクションによってはリヴァーブの使い方が似ていたり、サウンドの柔らかさといったものが挙げられるかもしれないけれど、それ自体がアンビエントの定義になるとは僕は考えていない。僕の今作と前作は、構造体(structures)というか機械のようなものであり、リスナーが入っていける場所として作られている。だから大きなスピーカーを通して聴いたり、ヘッドフォンで大音量で聴くことを意図している。静かに聴くものではないんだ。むしろ、抵抗をやめて(surrender)、深い体験に飛び込んで行くための音楽なんだ。『Music for Airports』を大音量で聴いて、座って動けないまま、その体験に圧倒されたりはしないだろう(笑)? だから僕にとって、自分の音楽はアンビエントとは違うものだという認識なんだ。

─そんなあなたから見て、「アンビエント・ミュージック」という音楽ジャンルの歴史を変えたゲームチェンジャー的な作品をいくつか選ぶとしたら、どんなアルバムが思い浮かびますか?

ホプキンス:歴史的・全般的というよりも、個人的にゲームチェンジャーだと思った作品を挙げることにするよ。僕はそこまでアンビエント・ミュージックの知識を網羅しているわけではないからね。今回のアルバムに参加しているイシュクというアーティストが作る作品は本当に素晴らしくて、僕の音楽に対する考え方を変えてくれた。1つは『Spring Light』というアルバムで、このアルバムはみんなに聴いてもらいたいね。また、エルヴ(Elve)という別名義で録音した作品があって『Emerald』というんだけど、この作品は僕がいままで聴いてきたものの中でも、並外れた音楽だと思う。彼はあまり多くの人に知られていないアーティストだけど、僕の音楽の作曲方法を変えてくれたんだ。彼は日本のラビリンスというフェスティバルに何度か出演したことがあるし、また出演するかもしれないと聞いているよ。だからラビリンスに行くことがあったら、ぜひ彼の音楽を聴きに行ってもらいたいね。


Emerald Elve

音楽を取り巻く技術や環境の変化、その未来

─少し前になりますが、イーノやシュトックハウゼン、テリー・ライリーなど前衛音楽や電子音楽、ミニマル・ミュージックなどの音楽家・作曲家のインタビューをまとめたハンス・ウルリッヒ・オブリストの『A Brief History of New Music』という本が邦訳されて日本でも話題を集めました。そのなかでパリの作曲家のフランソワ・ベイルが、従来の楽譜にとらわれない電子音楽の可能性について語っていて、音符の限界を超えた表現方法があることを語っていたのが印象的でした。あなたは王立音楽大学で本格的なクラシック音楽を学んだ素養の持ち主ですが、あなた自身は電子音楽の可能性についてはどんなふうに考えを持っていますか。

ホプキンス:僕が音楽大学で学んだのはピアノだったから、他の人が作曲したクラシック音楽を演奏する方法を学んだだけだった。だから大学の経験が、いまの活動と合致しているという認識はあまりない。自分がいままで作ってきた音楽は、一度も楽譜を書いたことがないんだ。僕は常に即興に傾倒している方で、音楽理論をはじめとするクラシック音楽の方法には全く傾倒していないんだよ。テリー・ライリーやスティーブ・ライヒなどの音楽は聴いたことがあるけれど、彼らが実際に全ての音楽を楽譜にして書き出していたのかは僕も分からない。そこは気になるところだね。彼らは実際に書いていたかもしれないけれど、それは僕のアプローチではなかった。Abletonは非常に直感的に使えるソフトウェアだから、それが現代の楽譜の役割をしていると思う。Abletonで制作していると、その場ですぐに音が聴こえるから、僕はそれに反応していくのが好きなんだ。前の音に反応して、次の音が出てくる。一方で楽譜を書く作業というのは、全て頭の中で行われる作業であり、後から他の人が演奏する音楽のためのものだ。楽譜を書くことの方が、おそらくすごいことなんだろうけ(笑)、僕自身のアプローチではないんだよ。 

─一方で、電子音楽、特に「アンビエント・ミュージック」においては、近年AIによる自動生成が大きな話題となっています。睡眠や勉強、心を癒すためのセラピー用など、様々な効果を謳ったプレイリストがストリーミング・サービスでは溢れかえり、莫大な再生数を記録している現状は、音楽における芸術性や作者の独創性の概念に新たな問いを投げかけ、新たな議論を巻き起こしています。あなたはこのような状況をどのように捉えていますか。

ホプキンス:ミュージシャンにとっては良い状況だとは言えないと思うけれど、先ほども話した通り、僕は自分の音楽をアンビエント・ミュージックだとは思っていない。でも、睡眠用や、仕事用といった具体的な効果を目的とし、受動的に聴くために設計された音楽を作ることを生業としていた人にとって、ロボットがそれと同じことをやり始めたら、それはその人がかわいそうだ。酷いことだと思う。僕たちは一体どんなロボットを作ってしまったんだろう? そしてそれは今後どのように進んで行くんだろう? それは僕には分からないけれど、僕が分かっているのは、自分の役割は、色々な物語を伝え続けていくということ。AIという領域のことに関しては、あまり意識に入れないようにしている。音楽を作って生計を立てることができなくなるかもしれないという不安を抱いたり、その結果、自身の創造プロセスに悪影響を及ぼしかねないからね。

─それこそ前々作は「Singularity」というタイトルでしたが、音楽とAIやディープラーニングなどのテクノロジーとの関係、その可能性についてはどう考えていますか。

ホプキンス:確かに「Singularity」という言葉は、「テクノロジーが神になる」状態を意味することで有名だよね。でも、僕のアルバムにおいては、そういう意味を意図したわけではないんだ。僕は、「離別・分断(separation)」と反対の意味で、『Singularity(単一性)』という言葉を使った。つまり、あのアルバムは「一体性(togetherness)」を表現したものだった。それに、僕はタイトルをつける場合、その言葉がとにかくカッコいいから選ぶということもよくあるんだ(笑)。文字にして見た時にカッコよく見えたし、見た目的にも『Singularity』は『Immunity』を彷彿とさせる感じで、あの2作は対の作品として良い感じに収まった。でもテクノロジーとのバランスは大切なことで、このスタジオを見ても分かるように、僕はたくさんの機材、テクノロジーを使って音楽を作っている。そして技術の進化は止まることを知らない。だが技術を使っている人は、ある年齢に達すると、もう進化しなくても良いと思うようになる。自分がやりたいことはいまの技術を使えばなんでもできるから、進化の必要性をこれ以上、感じなくなる。だが、進化はさらに続き、いまとなっては、テクノロジーが人のために音楽を書いてくれるという状態になっている。人間たちが作ってきた世界なのに、その世界において人間たちの居場所が脅かされているというのはおかしな話だね。 


Photo by Imogene Barron

─イーノの作品とは常に、アートと技術および科学への橋渡しとなるものだったとするなら、あなたの作品はアートとスピリチュアリティや自然への橋渡しとなるものだと言えるのではないか――と思ったのですが、いかがでしょうか。

ホプキンス:とても素敵なコメントだね。そういう風に受け止めてもらえているなら嬉しいよ。スピリチュアリティ、自然、そして内面の風景へのロードマップーーこの3つのコンセプトが個人的には気に入っている。人々が、内面への(精神的な)体験をするために、そのような構造的枠組みを提供できていたら嬉しい。

─哲学者のウィトゲンシュタインは、人間とは「儀式的動物」であると言いました。儀式(Ritual)は、地域や民族や国家や宗教を超えて、あらゆる人類があらゆる時代において行ってきた文化であり、つまり儀式とは「文化の核」であると。あなたが今作に「儀式」と名付けた理由を教えてください。

ホプキンス:いまの言葉が、まさに僕の回答でもあると言えるね(笑)。僕はその哲学者の言葉を知らなかったけれど、同じように考えている。儀式とは、時間の建築物であり、僕たちが日々の活動時間を区切る方法として機能している。それが無いと、僕たちには構造というものに欠けてしまう。たとえそれが、例えば、「毎朝に飲む一杯の紅茶」といった些細なことや、「友人と一緒にディナーに行く」という行為も、全て儀式に含まれる。このアルバムのタイトルは――音楽を聴いたら感じてもらえると思うけれど――いま挙げた行為よりも深い体験を指しているけれど、タイトルとしては「白紙」のようなものであって欲しい気持ちもあるんだ。リスナーに偏見を持たせたくないし、僕が考えている『RITUAL』をリスナーに押し付けたいとも思わない。それに先ほども話したように、文字にして書かれた時にカッコよく見える、という点においても気に入っている(笑)。特にヴァイナルにした時の見栄えはすごく良い。

─今作についてあなたは、「"アルバム"という感じではない。 もっと多くのプロセスを経て、自分に作用する何か。同時に、この作品は物語を聞かせるようにも感じられる」とコメントを寄せています。『RITUAL』という体験がリスナーにもたらす作用や効果については、どんな期待があなたの中にありますか。

ホプキンス:良い質問だね。それはこれから分かることだから、楽しみだよ。僕の願いとしては、人々がカタルシスを感じてくれることだ。何かを通り抜けて、心の平穏を感じられる場所へと辿り着いてくれたらいいと思う。それに呼吸法や瞑想の修行、そしてサイケデリックな体験において構造的枠組みを提供するために役立ってくれたら嬉しい。だから僕の期待する作用や効果はたくさんあるけれど、僕の役割は音楽を作って、それを世に送り出すことだ。その後にどんなことが起こるかというのは、音楽の役割というか、音楽にかかっている。人々の反応を知るのが楽しみだよ。

─これまでユニークな作品とディスコグラフィーが続いていますけれど、今後はどういう作品を発表していきたいですか。

ホプキンス:直感的な答えになるけど、次はいまやっているようなものとは対照的なものになると思うよ。僕はこの経路を辿ってきて、かなり遠くまでやってきたと感じる。『RITUAL』はその終着地だと思う。次はシンガーやポップ・アーティストとコラボレーションして短い楽曲を作っていきたい。いままでやってきたことの正反対の方向に行くというのが面白そうだから、次はそういう感じになると思う。

─たとえば、今作のきっかけとなった「Dreamachine」のような、音の展示や音楽を使ったインスタレーション、メディア・アートといった表現方法に挑戦したいという考えはありますか?

ホプキンス:もちろんだよ。『RITUAL』においての理想としては、人々がアルバムを体験できる、常設の場所を作ることなんだ。いつでも行ける場所として存在しているというのが理想なんだ。作曲に関しても、イーノが長年やってきた、ある特定の空間のために、サウンドインスタレーションを作るというのもやってみたい。そういう展示なら、人々が歩き回って音を体験することができる。例えば、部屋のこちらの隅に行ったら、ある種類の音が聴こえたり、通路を抜けていくと、その奥からはベース音が聴こえてくるなど。そのような音の構造体の中を散策できるというアイデアに興味がある。

─ちなみに、最近気になっているミュージシャン、クリエイター、印象に残っている作品、関心を持っているテーマなど何かありますか。

ホプキンス:ふむ、それは難しい質問だね。こういう質問をされるといつも頭の中が真っ白になってしまうんだ(笑)。僕の生活は、音楽を作るというのが大半で、最近では、このアルバムの音楽について(取材などで)話したりもしている。それ以外の時間で僕が求める娯楽には、シンプルなものや当たり障りのないものが多く、逃避感覚でやっていることが多い。制作活動をやっている時、僕は、探究心を深めていくことはしないんだ。僕が好きなことは、評判の良いレストランに行って、美味しいものを食べて、友達と時を過ごす。探究心が深まってしまうような考えから自分を切り離せるような活動をするようにしているよ。

─今日はお時間をありがとうございました。来日を楽しみにしています!

ホプキンス:こちらこそありがとう! また日本にも行きたいと思っているよ。良い一日を!



ジョン・ホプキンス
『RITUAL』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14062

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