『「超」整理法』シリーズで知られる野口悠紀雄が、シニアになったら文章は「音声入力」で書くことを薦める理由
集英社オンライン / 2024年4月16日 8時0分
定年退職後のシニアの生活。これまでの仕事関係者とは縁遠くなり、身体面でも衰えを感じはじめ…ならば「『衰え』はデジタルに助けてもらおう」と語るのは大ベストセラー『「超」勉強法』をはじめ、独自の勉強法を編み出してきた経済学の大家、野口悠紀雄氏。「デジタル機器」「加齢」「残り時間」をも味方につける「人生100年時代の勉強法」を伝授した『83歳、いま何より勉強が楽しい』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
デジタルで社会的なつながりを維持できる
それまでの会社勤めの生活を終えて退職後の生活に入ると、人々に接触する機会が大きく減ることになります。それまでは、会社の人々、そして取引先の人々などと多くの接点を持って仕事をしていたのに、退職後はその世界が一挙に縮まって、自分の家族だけとしか会わないといったことになります。
シニアにとっての大きな問題は、このように人と人との相互接触の機会が大きく減少することです。このために、多くの人が、退職後の生活が意味のない生活になると感じます。
そこで、学校時代の友人たちとゴルフに行く、将棋の会をするといったことが行われます。これらは確かに人と人とのつながりを維持するために役立つことだと思いますが、それよりもっと積極的に、一つ一つの接触を広げていくことが必要です。
このための技術と環境が、コロナによって大きく変わりました。それはZoomなどのオンライン会議が急速に普及し、多くの人々がこれを日常的に使うようになったことです。この仕組みは無料で40分程度の会合ができます。10人程度までであれば、お互いに会話ができます。
「Zoomでは実際に会っているような会話はできない」と批判する人がいます。確かにそういった面はあるのですが、実際の集まりだと、隣の人とはよく話すけれど、遠くにいる人と話せないという問題があります。
それに、オンラインだと、わざわざ移動する必要もない。これまでもこのような技術は利用可能だったのですが、人々がそれを受け入れないという問題がありました。「実際に会えばいいのに、なぜオンラインで会合を開かなければならないのか?」という反応が多かったのです。これが、コロナによって移動や接触が制限されるようになって、大きく変わりました。
Zoomなどの方法は、最初に在宅勤務で使われ、その他の会合にも使われることが多くなりました。そして人々は、この新しい方法による会合に、大きな意味があると気づくようになったのです。
私の場合も、いま仕事上のほとんどの打ち合わせは、直接に会うのではなく、オンライン会議で行っています。それだけではなく、友人たちとの集まりもオンラインに移行しました。
PCもスマートフォンも使えないという友人は、確かにいます。そうした友人の場合、電話をかけて話すことも考えられますが、相手の都合を考えずにやたらに電話することはできません。また、格別の用件がない限り、長い手紙を書く気にもなれません。こういう人たちは、悪くすれば家族との連絡だけしかできないことになり、孤立してしまいます。
またメールの場合には文字を入力する必要がありますが、Zoomであれば会話なので、文字の入力は必要ありません。テレビ電話でも相手を見ながらの会話はできますが、通話料金がかかります。しかし、Zoomではインターネットに接続している限り、格別の料金は必要ありません。
Zoomの場合には、電話と違って遠いところに住んでいる家族との会話にも便利です。ChatGPTと並んで、高齢者には極めて重要な手段です。
スマートフォンはシニアの敵か?
スマートフォンなどのデジタル機器の扱いがよく分からないと尻込みするシニアが大勢います。ところが、若い人たちは、何の苦もなくこれらの機器をすいすいと使いこなしています。そうした様子を見ると、「デジタル機器はシニアの敵だ」と考えるシニアが出てきても不思議はありません。
多くのシニアが、コンピュータを敵と捉えています。そして、どうしてもそれらを使わなければならないので、辛いけれどもそれらの使い方に習熟し、自分を防御しなければならないと考えています。こう考えると、デジタルはますます敵になってしまいます。
ところが、考えを変えてスマートフォンを使うようになれば、世界は大きく広がります。メールで簡単にやりとりができるし、オンライン会議ができます。高齢者にとっては最もありがたい手段です。
私は、昔から「敵味方理論」(私の造語です)というものを信じています。それは、「敵だと思うと離れていく。しかし、味方と思うと、近づいてくる」というものです。
この考えは、スマートフォンなどのIT機器に関してとくに言えることです。これらが敵だと考えると使わないので、いつになっても使い方が分かりません。つまり、スマートフォンはどんどん離れていってしまうのです。
ところが何かのきっかけでやってみると、簡単に使えるし、いろいろと役に立つことが分かります。スマートフォンは味方になるわけです。そこで、さまざまな使い方を調べ、スマートフォンの使い方に慣れていきます。そうしているうちに好循環が発生し、スマートフォンは、シニアのためにさまざまな仕事をやってくれるようになるでしょう。
視力の衰えにもITで対処
特に視力の衰えのせいで勉強が進まないと訴える人もいるかもしれません。しかし、IT機器で見ているなら、文字を拡大することもできるし、オーディオブックなら、そもそも目を使わずに情報をインプットできます。
ノートパソコンをディスプレイにつなげると、大きな画面で見ることができます。ダークモードにすれば(バックグラウンドを暗くすれば)、目が疲れません。
これだけ補う方法があるのですから、もはや加齢による衰えは勉強をしない言い訳にはならないと心得るべきです。
スマートフォンの唯一の欠点は、まぶしいこと、そして、字も小さすぎるということです。これは目にとってあまりよい環境ではありません。一つの方法は、ダークモードを採用することです。それでも字の大きさについては画面全体の制約がありますから、難しい。長い仕事には、やはりPCかタブレットのほうがよいでしょう。
「音声入力」は、シニアの味方
それでも、文字の入力はかなり面倒です。ただし、これについては、音声入力という強力な手段が利用できます。これを使えば楽々と入力できます。音声入力は、とくにシニアにとっての力強い味方です。私は日常的に音声入力で原稿を書いています。
ただ、これを知らない人が意外に多いので驚きます。「最近、手がうまく動かなくなったので、キーボードから入力するのが面倒になった」という話を聞いたので、「音声入力でやればよいではないか」と助言したところ、「非常によいことを教えてくれた」と言って喜んでいました。
これまでは、スマートフォンから音声入力するしか方法がありませんでしたが、いまはウィンドウズのPCでも音声入力ができます。検索をする場合も、いちいちキーボードから入力するのでなく、音声で入力するほうが簡単かもしれません。
なお、音声認識が可能になったのは、それほど昔のことではありません。私の若い時代に、そうした技術はありませんでした。そして私は、その技術を非常に強く求めていました。1990年代にⅠBMがデスクトップPCで用いる音声書き起こしソフトを作ったのですが、ほとんど使いものになりませんでした。
音声認識が実用になったのは、スマートフォンができてからです。私は、夢の技術が登場したことに感激し、『究極の文章法』(講談社、2016年)という本を書いたほどです。そして、この数年、さらに目覚ましく進歩しています。
文章を書くとき、私は音声入力を活用しています。夜寝ている間に考えていたことを、目覚めた直後に1000字くらいの文章にすることもあるし、散歩中の30分間で3000字の文章を書くこともあります。新しいデジタル技術は敵であるどころか、心強い味方です。
デジタル技術が味方だと分かれば、それを習得することの意味合いも変わってきます。必要に迫られて仕方なくやるのではなく、それを利用して自分を強くして、人生を豊かにする。そう考えられるようになれば、楽しんで学べるようになるでしょう。
文/野口悠紀雄 写真/shutterstock
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