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「多環芳香族炭化水素」の一部はマイナス170℃未満の低温環境で生成された? 従来の見解とは逆

sorae.jp / 2024年1月8日 21時16分

宇宙空間に存在する炭素化合物のうち、約20%未満が「多環芳香族炭化水素(PAHs)」と呼ばれるベンゼン環が複数繋がった化合物の形で見つかります。その起源には議論があるものの、一般的には恒星の近くのような高温環境で生成したのではないかと考えられてきました。

カリフォルニア工科大学のSarah S. Zeichner氏などの研究チームは、小惑星「リュウグウ」と「マーチソン隕石」の各サンプルに含まれる多環芳香族炭化水素を分析し、合成された環境を推定しました。その結果、小さな分子サイズの多環芳香族炭化水素はマイナス170℃ (100K) 未満の低温環境で生成されたという、従来の考えとは逆の環境で生成された証拠が見つかりました。一方で、大きな分子は高温環境での生成を示していることから、これは宇宙における有機化合物の生成の研究に影響するでしょう。

【▲図1: 高度約6kmから撮影した小惑星リュウグウ。 (Image Credit: JAXA, 東京大学, 高知大学, 立教大学, 名古屋大学, 千葉工業大学, 明治大学, 会津大学 & 産業技術総合研究所) 】【▲図1: 高度約6kmから撮影した小惑星リュウグウ(Credit: JAXA, 東京大学, 高知大学, 立教大学, 名古屋大学, 千葉工業大学, 明治大学, 会津大学 & 産業技術総合研究所)】 ■注目される炭素化合物「多環芳香族炭化水素」

生物は複雑な有機化合物の塊と言えるため、「宇宙においてどのような種類の有機化合物がどのような環境で生成するのか?」という疑問に答えるのは、生命の起源を探るなどの意味で重要です。

その中でも注目されている有機化合物の1つに「多環芳香族炭化水素」があります。これは炭素原子6個が正六角形の形状で結合したベンゼン環が複数繋がった分子です。多環芳香族炭化水素に酸素や窒素など他の元素が化合し、タンパク質の素となるアミノ酸や、DNAの素となるヌクレオチドが生成される反応が自然に起こると考えられています。このため多環芳香族炭化水素は、生命の元となる複雑な有機化合物の前駆体として注目されています。

一方で、比較的複雑な分子である多環芳香族炭化水素が生成されるメカニズムはよくわかっていません。観測では、多環芳香族炭化水素は宇宙に存在する炭素化合物の約20%未満を占めているとされているため、化学反応が進んだ環境を知ることは重要です。これまでの研究では、温度が1300℃(1000K)以上という恒星の周辺環境で生成されるという説が有力でしたが、より低温な環境で反応が進む可能性も検討されているなど、議論がある状態でした。

■「リュウグウ」や「マーチソン隕石」の多環芳香族炭化水素は低温環境で生成された

Zeichner氏らの研究チームは、宇宙における多環芳香族炭化水素の起源を探るため、小惑星「リュウグウ」と「マーチソン隕石」の各サンプルに含まれる多環芳香族炭化水素を分析しました。リュウグウのサンプルは2020年にJAXA(宇宙航空研究開発機構)の「はやぶさ2」が地球に持ち帰ったものであり、マーチソン隕石は1969年に地球に落下した隕石です。これらのサンプルに共通するのは、炭素化合物が非常に多く含まれていること、太陽系誕生時からほとんど変質していないこと、そして太陽系誕生以前の物質 (プレソーラー物質) が含まれていることです。

多環芳香族炭化水素の生成環境を知るには、炭素の同位体の比率を調べる必要があります。同位体とは、化学的には同じ元素に分類される原子同士であっても、わずかながら重さが異なる原子のことを指します。重さの違いは、物理的・化学的な変化による原子の動きやすさにも影響するため、同位体比率の違いをもとに、その分子が生成された時の温度といった環境の違いを知ることができます。

【▲図2: 今回の研究で分析された多環芳香族炭化水素。炭素の同位体比率を調べた結果、比較的小さな分子は低温環境で生成されたことを示す結果が得られました。 (Image Credit: 彩恵りり) 】【▲図2: 今回の研究で分析された多環芳香族炭化水素。炭素の同位体比率を調べた結果、比較的小さな分子は低温環境で生成されたことを示す結果が得られました(Credit: 彩恵りり)】

Zeichner氏らは、リュウグウとマーチソン隕石に含まれる多環芳香族炭化水素の同位体比率を分析し、分子の種類ごとにどのような環境で生成されたのかを調べました。その結果、ナフタレン、フルオランテン、ピレンといった比較的低分子な多環芳香族炭化水素には、重い炭素原子 (炭素13) が多く含まれていることが分かりました。生成環境とは無関係に、偶然に重い炭素原子が多く含まれていると仮定したモデルと比べて、最大で5.1%ものズレがあることから、この違いは温度によるものであると考えるのが妥当となります。この分析結果は、小さな多環芳香族炭化水素はマイナス170℃未満、つまり恒星の間にある星間物質のような、かなり低温な環境で生成されたことを示しています。これは従来の考えとは逆の結果です。一方で、フェナントレンやアントラセンといった比較的高分子な多環芳香族炭化水素は、従来の考えと一致する高温環境で生成されたことを示す結果が現れました。

今回の分析結果は、宇宙における多環芳香族炭化水素の生成には未だによく理解されていない部分があることを示唆しています。また今回の研究は、リュウグウやマーチソン隕石に含まれる低分子の多環芳香族炭化水素が太陽系誕生前に生成されたことを示しており、この点でも興味深い発見です。

 

Source

Sarah S. Zeichner, et al. “Polycyclic aromatic hydrocarbons in samples of Ryugu formed in the interstellar medium”. (Science) Lucien Wilkinson. “Organic compounds in asteroids formed in colder regions of space: study”. (Curtin University)

文/彩恵りり

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