宇宙探査機の時間と空間をめぐる冒険:「現在」をどうやって決めるか?

sorae.jp / 2020年8月25日 11時9分


太陽系を旅する探査機の運用では、地球上のアンテナを使って探査機と信号を毎日送受信していますが、時にはその距離が数百万キロメートルに及ぶこともあります。これらの信号は探査機に到着するまで、そして地球に戻ってくるまでに広大な宇宙の空間と時間を旅してくることになるのですが、このことからいろいろと面白いことがわかります。一方で、探査機を意図した通りに運用するためには苦労があるようです。

■ 火星探査機との「日記」のやり取り

欧州宇宙機関(ESA)のSimon Wood氏は、火星探査機「マーズ・エクスプレス」に携わる技術者の一人です。マーズ・エクスプレスは2003年に打ち上げられた歴史あるミッションで、Simon氏は長い間この仕事をしてきました。Simon氏はマーズ・エクスプレスのことを熟知していますが、それでも通信にはいつも問題があったと言います。「惑星間のミッションをコントロールするには忍耐が求められます。探査機を操作するコマンドを送っても、探査機に届くまでにしばらくかかり、そのコマンドがうまくいったかどうかを知るのにもまた同じ時間がかかります。『すぐ』ということがまったくありません。まるで手紙をやり取りしているようです。探査機にやってほしいことを書くのですが、それが届いて読まれるまではお互いに宙ぶらりんな状態です。手紙が戻ってくれば火星で何が起こったかを知ることができますが、そのときにはもう最新の状態ではなくなっているのです。」とSimon氏は説明します。「手紙」が重複するのを避けるためにマーズ・エクスプレスとの通信は時間を空けてある程度まとめて行われ、1日に一度、マーズ・エクスプレスのチームは過去24時間の状況を受け取ります。その日の「日記」のようなものです。

火星探査機「マーズ・エクスプレス」(Credit: ESA)

■「現在」という時間は存在しない?

マーズ・エクスプレスのように、探査機を運用するチームが対応しなければならないこうした問題には、物理学者アインシュタインの「特殊相対性理論」の基礎となっている「光の速さよりも速く運動できるものは存在しない」という事実が関係しています。探査機を操作するコマンドは電波を使って送られます。電波も光の一種で、周波数では約30ヘルツから約300ギガヘルツまで、波長で表現すると1ミリメートルから1万キロメートルのものまでありますが、探査機のコマンドは周波数や波長によらずおよそ秒速30万キロメートルという速さで進んでいきます。地球と火星の位置関係によって信号が火星に届くまで4分から25分ほどかかるため、行って戻ってくるまでの時間を考えると大雑把には1時間を考える必要があります。そのため、私たちが知る「火星で何が起こっているのか」という情報は火星にとっては過去のものであり、これが「今」とはいつなのか?を決めるのを難しくしています。

そうした意味で、宇宙探査機のミッションにおいてリアルタイムで起こることというのはほとんどありません。日常のルーチンとなっている運用では一連のコマンドを探査機に送信し、数日間、場合によっては数週間の間、運用を続けられるようにします。これらのコマンドでは探査機が持っている時刻である「Spacecraft Event Time」というものを使用します。Spacecraft Event Timeは探査機に搭載されているコンピューターにもとづく時刻です。しかしこれは私たちがイメージする時計とは異なり、コンピューター内の装置が独自に秒針をカチカチ動かしているようなもので、それをそのまま地球の時刻にすることはできません。そのため、探査機の運用に使うソフトウェアで人間が解釈できる時刻に変換しています。代表的なものは「協定世界時」(Universal Time Coordinates: UTC)と呼ばれるもので、これはイギリスのグリニッジ天文台を基準とした「グリニッジ標準時(平均時)」(GMT)とほぼ同じ時刻で、日本とは9時間の時差があります(なお、UTCとGMTは概念的には別のものです)。

地球とマーズ・エクスプレスの間の時間の遅れを示すコンピューターの画面。片道の時間、往復の時間、そして地球からの距離が示されている。(Credit: ESA)

一方で、時計は放っておくと少しずつずれていってしまう性質があります。マーズ・エクスプレスの場合は太陽との距離に応じて温度が変わり、それによって時計が速くなったり遅くなったりします。そのため正確な時刻を維持するためには地球の時刻と定期的に同期させる必要があり、マーズ・エクスプレスの場合は通常は週に1回、同期処理を行っています。なお、時刻同期は探査機のミッションに限らず、一般企業や銀行のサービス、オンラインで使う各種サービスを提供するコンピューターでも一般的に行われています。

マーズ・エクスプレスのオペレーションズ・マネージャーであるJames Godfrey氏は「地球から送信したコマンドが探査機に届き、その信号が地球に戻ってきてコマンドが受け付けられたことが確認できるまで最短で8分かかります。長いですが何か他のことをするほどでもなく、もどかしい時間です」と語っています。「長いときには20分、あるいは50分ほどになることもあり、ティーブレイクやランチに充分な長さになって長時間のオペレーションでは歓迎なのですが。」

■ 地球を周回する人工衛星でも「今」が重要

マーズ・エクスプレスのように遠い宇宙を旅する探査機ではなく、地球を周回する人工衛星の場合ものんびりと仕事ができるわけではないようです。地球を周回するSentinel-1衛星のオペレーションズ・エンジニアであるThomas Ormston氏は「人工衛星と通信しているときは火星のミッションのようにティータイムなどありません。しかし、地球を周回する軌道にある衛星に対応できる地上局の数には限りがあるため、1日に1回か2回だけしか通信することができません。」と言います。「注意深く準備・計画すること、そしてチームワークという点では同じということです。これは、地球に近い軌道では宇宙ごみを避けるという一か八かのゲームに対応するために特に重要となります。」

地球を周回するSentinel-1衛星。(Credit: ESA)

■ 太陽の重力が時間を「食う」

探査機の運用に影響を与えるのは探査機との距離だけではありません。探査機が太陽のように重い天体にどれくらい近いのかということも重要になります。太陽探査機「ソーラー・オービター」は太陽に接近して観測を行う探査機ですが、太陽のような大きな質量をもつ天体に近づくほど、時間と空間が地球付近とは違ってくるのです。これは一体どういうことなのでしょうか。

太陽の巨大な質量は、周囲を通る光を曲げてしまう。(Credit: ESA)

ソーラー・オービターのフライト・コントローラーの一員であるDaniel Lakey氏は「地球と太陽の間で光が往復するのに約16分かかることを考慮に入れるだけではなく、時間に何が起こるのかを考える必要があります」と語ります。「ソーラー・オービターが太陽の重力に引き寄せられるにつれ、『重力による時間の遅れ(伸び)』の影響が出始めます。」

この興味深い効果は、時計が重力源に近づくほど、時間がゆっくりと進むというものです。相対性理論によるこれらの効果は非常に小さく、「理想の」正確な時計があったとするとソーラー・オービターのミッションの10年間で地球の時計に比べて3秒ほど「失われてしまう」計算です。とはいえそのような理想の時計は存在せず、ほとんどの時計には何らかの時間のずれが発生し、それが探査機の運用に影響を及ぼします。そのため相対性理論が予測する時間の遅れも含めて探査機に光が届く時間を正確に計算するため、時刻の同期を定期的に行い時計のずれを修正しているのです。

太陽の周囲では、たとえばゴムでできたシートに重たいボールを置いたときのように空間・時間に歪みが生じます(相対性理論では時間と空間を一緒に考え、「時空」と表現します)。ソーラー・オービターの場合はミッションの科学目標に影響するほどではありませんが、この歪みによって信号が探査機から地球に届くまでの距離にわずかな差が出ることになります。飛行力学の専門家であるDavid Antal-Wokes氏は「探査機の位置と速度を測定するときは、地球の時計と探査機の時計との差を修正するのに時空の歪みの効果を考慮する必要があります。それはつまり、コマンドの送信や実行する時刻を決めるのに影響するということです。科学者のチームには機器のデータが提供されますが、そのデータは天体力学に関して私たちが理解する限り最高の精度で作られているのです」と語っています。

太陽に近づくソーラー・オービター(Credit: ESA)

 

Image Credit: ESA
Source: ESA
文/北越康敬

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