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何も言えなくたっていい。「言葉にならない思い」にこそ真実があるのだから/『口の立つやつが勝つってことでいいのか』書評

日刊SPA! / 2024年3月5日 8時50分

 こうして頭木さんは「言葉にできないこと」を取りこぼさない、文学というものに魅力を感じていく。読み進めていくうちに、こんなふうに「言葉にできないこと」にこそ真実があり、他者に対しても「言葉にできない思いがあるのではないか」と推し量り合うことで、世界は少しずつ良くなっていくんじゃないかと本気で思えてくる。この本には、そういう不思議な説得力と優しさがあるのだ。

 たとえば、ビジネスシーンでは敬遠されがちな「理路整然としない話し方」にこそ、魅力が詰まっているのではないか、と頭木さんは言う。言語化できることなんてほんのわずかで、言語化するというのは箸でつまめるものだけをつまんでいるようなものだ、と。スープのようなものは箸でつまめないが、切り捨ててしまったスープにこそ理路整然とした話し方からは抜け落ちてしまったはずのものが含まれている。ふと、普段対面で話す相手とオンライン会議をしたときに何か違和感があったことを思い出した。あれは理路整然と、必要最低限の話をし合ったことに対するものだったのかもしれない。きっと、取るに足らない雑談の中に本質的なことが含まれていたのだ。

 好きな理由を答えられた恋人同士が別れてしまうことや、「感謝がたりない」という感覚の怖さなど、さまざまなエピソードから「言葉」そのものが紐解かれていくのが心地良くて、いつまでも読んでいたくなる。なかでも2つ目の「思わず口走った言葉は本心なのか?」というエッセイは、身に覚えがありすぎて思わず頷きながら読んだ。これは、「言葉にできない」とは真逆の「思わず出てしまった言葉」について考察するエッセイで、売り言葉に買い言葉で返したセリフが、全く本心ではないために自分でも驚いたが、引っ込みがつかなくなってそのまま言い切った、という頭木さん自身の体験談が書かれている。ドラマの中の言葉など、外からの借り物が出てきたんじゃないかと考察されていて、納得するのと同時に、なんだか救われたような気持ちにもなった。

「言葉」の持つ力は強い。だからつい盲信してしまうけれど、それがすべてではないのだ。むしろ無駄や余白を愛することでかえって生きやすくなるんじゃないか。理想論に思えるかもしれないが、このエッセイを読んでいると心から納得してしまうから不思議だ。それはきっと、頭木さん自身が難病という困難な立場にありながら体得していった、かけがえのない生の言葉だからなんじゃないかと思う。

 大好きな人に何も言えなかったあの日の出来事は、言葉にしなかったからこそ、私だけの、私にしかわかりえない、大切な思い出になった。

評者/市川真意
1991年、大阪府生まれ。ジュンク堂書店池袋本店文芸書担当。好きなジャンルは純文学・哲学・短歌・ノンフィクション。好きな作家は川上未映子さん。本とコスメと犬が大好き

―[書店員の書評]―

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