「ピチピチの10代には負けへんで」 体操ニッポンで稀有な存在、24歳・杉原愛子に宿る覚悟と信念
THE ANSWER / 2024年4月16日 10時3分
■競技復帰で3年ぶり全日本個人総合出場、繰り返した「体操をメジャーに」という言葉
体操女子の24歳・杉原愛子(TRyAS)が弾ける笑顔で観客を魅了した。16年リオデジャネイロ五輪、21年の東京五輪代表に続く、3大会連続五輪出場を目指して本格的に競技に復帰。パリ五輪代表2次選考会を兼ねる全日本個人総合選手権(群馬・高崎アリーナ)に3年ぶりに出場した。
5位につけた決勝後、記者に囲まれると「体操が好きなんやなって思って、めちゃ楽しかったです」「ピチピチの10代には負けへんでって思いながら、24歳、頑張りました」と、あふれる思いをストレートに関西弁に乗せた。体操競技では珍しく、弾けるような笑顔と明瞭な言葉は「囲み」の外にまで届いた。
いろいろな競技を取材していると、体操選手の声の小ささが気になる。サッカーやバレーボールなどの球技と違って、もともと大きな声を出す必要がない。練習もコーチとの1対1が多く、近距離での会話になるから自然と小声になる。集中を欠く大声が邪魔になることさえあるから声量が控えめになるのもよく分かる。
70~80年代以降、低年齢化が進んだ女子の場合は特に顕著だ。一生懸命に体操をしてきた高校生が、日本のトップになった瞬間にコメントを強いられる。それも、突然知らない大人に囲まれてだ。思いがうまく伝えられずに言葉に詰まるのも当然だし、声が小さくなるのも無理はない。少し前の競泳女子などでも同じだった。
もちろん、例外もある。12年ロンドン五輪に25歳で出場した田中理恵や21年東京五輪中に25歳になった村上茉愛らは自分の意思をはっきりと口に出して伝えていた。最近は高校生でも「場慣れ」していて大きな声で話す選手もいる。それでも、杉原の「言葉」は際立っていた。声の大きさとともに、その内容が目新しかった。
何度も繰り返したのは「体操をメジャーに」という思い。確かに、最近他の競技の選手からも聞くことが多い言葉だ。「メジャーにしたい」「見てほしい」「知ってほしい」……。純粋に競技の素晴らしさを多くの人に届けたいという思いとともに、競技が衰退していくことへの危機感から発せられる言葉なのかもしれない。そこには、他の「メジャー競技」との比較もある。
ただ、体操選手の口から同様の言葉が出るのは珍しい。良くも悪くも多くのトップ選手は幼少期から体操一筋。両親が体操選手というのも珍しくなく、開始年齢も就学前というのがほとんどだから、体操以外の競技にまで目が届きにくいのだろう。
唯一、五輪個人総合2連覇の内村航平が競技を俯瞰でみて「まだまだマイナー、盛り上げていきたい」と口にしていたぐらい。「お家芸」と呼ばれて五輪でも数多くのメダルを獲得してきた実績があるから「メジャー」「マイナー」などという考え方自体が日本協会も含めて体操界全体に希薄になっているのだ。
全日本個人総合選手権、床運動で演技する杉原【写真:中戸川知世】
■「WBCは凄かった。バスケやバレーも感動した。でも、体操も素晴らしい」
だからこそ、杉原の「メジャーに」が響いた。東京五輪後「一区切り」として競技を離れた。子どもたちへの指導や大会のレポーター、各地での演技披露や講習会など体操に違った面から関わった。性的画像問題にも正面から取り組み、自らレオタードをデザインするなどユニホームの選択肢を広げる取り組みもした。体操の未来を模索しながら幅広く活動。「普及に関しては選手の時から関心があった」とも明かした。
「WBCはすごかったですよね。バスケットボールやバレーボールも感動しました。でも、体操も素晴らしい。だから、もっともっと知ってほしい。同じ採点競技のフィギュアスケートのようになったらいいなと思います」と話す。他にもメジャーにする方法はあっただろうが「まだできると思ったし、周囲も後押ししてくれた。自分が実際に演技して、魅力を発信することが一番なので」。昨年6月の種目別選手権で大会に復帰。いきなり床運動で優勝してみせた。
「プロ」としてパリ五輪を目指すことを決めたのは昨年11月。練習環境を整えるために立ち上げたクラウドファンディングでは、多くのファンの支援を得た。目標額を上回る500万円超が集まり、米国合宿も実現させた。「たくさんの人の支えに感謝したい」。これも最近、各競技の選手がよくする発言。少し「流行り言葉」のようにも聞こえるが、杉原の言葉には重みがあった。「女子体操選手のロールモデルになりたいんです」。強い覚悟と信念を感じた。
リオ五輪前年の15年、NHK杯で初優勝し、日本代表としてシニア大会にデビューしたアジア選手権(広島)で個人と団体の2冠を手にした時は高校1年生だった。跳躍力を武器に高難度のひねり技を連発し、大勢の報道陣に戸惑っていた15歳は、表現力を武器に正確さと美しさで高得点をマークし、自らの意思をストレートに発信する24歳に変わった。その成長ぶりに驚き、感動を伝えると、「泣いてくださ~い」と言ってニッコリ。そんな茶目っ気は、変わっていなかった。
日本女子体操史上3人目の3大会連続出場を決めるためには、5月のNHK杯との合計得点で上位4人に入る必要がある(他にチーム貢献度で1人選出)。5位につけている杉原は「4位に入っていないことが悔しいし、うれしい。自分は最強や、と思って1か月練習したい」と言い切った。華やかで美しい体操の魅力を多くの人に伝え、体操を「メジャーに」することを目指して、杉原の挑戦は続く。(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
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