世界初、迫るiPS細胞由来再生心筋細胞のヒト移植
LIMO / 2020年3月23日 20時20分
世界初、迫るiPS細胞由来再生心筋細胞のヒト移植
慶應義塾大学医学部教授 福田恵一氏が講演
本記事の3つのポイント
iPS細胞由来再生心筋細胞のヒト移植が間近に迫っている。研究チームが20年度からヒトへの移植研究を開始する
これまでの手法では時間がかかりすぎてしまうなどの問題があったが、今回開発した手法は短時間でかつ大量に細胞を培養することが可能
治療の到達点として、心筋細胞の壊死による喪失、収縮不全の状態で、細胞移植による心筋の補充(再生心筋細胞の移植)をすることで、心不全から回復させることが可能に
2019年11月29日に関西医科大学(大阪府枚方市)が開催した大学院企画セミナーにおいて、慶應義塾大学医学部循環器内科教授の福田恵一氏が「臨床前夜となったヒトiPS細胞由来再生心筋細胞を用いた難治性重症心不全治療法の開発」と題した講演を行った。
20年度に、人類が初めてヒトiPS細胞由来の心筋細胞を重症心不全患者に移植するもので、症状に苦しむ多くの患者に大きな希望を与えることになる。
20年度にiPS細胞由来再生心筋細胞のヒト移植
福田氏の研究チームは、HLA(Human LeukocyTe AnTigen)のHaploType homoのiPS細胞を用いてヒト心室筋細胞の作出、高純度の精製、大量培養法を確立。その再生心筋細胞を微小心筋組織(心筋球)として形成し、免疫不全マウスやラット、サルなどに移植し、高率に生着できることを確認している。
安全性試験、催不整脈性試験では有意な問題事象は観察されず、さらには、造腫瘍性試験では腫瘍形成は観察されなかった。20年度にはヒトを対象としたFirsT in humanの移植研究を実施する予定となっているなかで、再生医療の現状と将来展望について解説した。
福田氏は、研究・開発に取り組むこの治療法が、米国で20万人、日本で数万人と推定される治療法のない難治性重症心不全の患者を対象とし、治療の到達点として、心筋細胞の壊死による喪失、収縮不全(心不全の進行)の状態で、細胞移植による心筋の補充(再生心筋細胞の移植)をすることで、心不全から回復させることであると語った。
iPS細胞を用いた難治性心筋疾患に対する解析・治療法開発の流れとして、遺伝性心筋疾患などの心移植待機患者から採血し、末梢血T細胞を取り出し、センダイウイルスによる4因子導入、TiPS細胞の導入により心筋細胞への分化を誘導し、大量培養、純化・精製させ、ヒト心筋細胞を移植し心不全を治療するとともに、活動電位記録など病態解明・創薬へとつなげる。
この治療法は、オーダーメード多能性幹細胞、免疫拒絶反応がない、倫理的問題がないという大きなメリットがあることを強調した。
1滴の血液でiPS細胞樹立
心疾患の病態解明・心不全治療に向けた心筋細胞再生のテーマとして、①高品質で安全性の高いiPS細胞を効率的に樹立する、②iPS細胞を大量に培養する、③iPS細胞から効率的に心室筋特異的心筋細胞をつくる、④心筋細胞を細胞分裂させて細胞数を増やす、⑤心筋細胞を純化・精製する、⑥効率的な心筋細胞の移植法を開発する、⑦非臨床安全性試験、製造方法:生物由来原材料基準を挙げた。
従来の方法では、採取した皮膚組織(必要なのは真皮層)を培養し、線維芽細胞まで約1カ月間、線維芽細胞からiPS細胞樹立まで約1カ月半、計2カ月半を要していた。またこれまでのiPS細胞では、ゲノムを傷つけてしまう、残存する挿入遺伝子の再活性化、腫瘍形成の可能性(がん化の危険)がある。
今回開発された方法は、わずか1滴(0.1mL~)の血液で樹立が可能で、血液中のT細胞を抗CD3抗体とインターロイキン2(IL-2)で活性化し、この活性化T細胞と相性が良いセンダイウイルスを使ってリプログラム遺伝子を一時的に導入する。ここまでにかかる期間は数日間に短縮されている。センダイウイルスはRNAウイルス、細胞質で増殖・転写するウイルスであり、核内のゲノムを傷つけない。
iPS細胞作製方法で日米欧特許、他の再生医療へも応用可能
こうして完成したTiPS細胞は、ゲノムを傷つけず挿入遺伝子も残らないことから腫瘍形成の頻度が激減し、最小限の患者負担(少量の採血のみ)であることから女性や乳児でも可能であり、樹立にかかる時間が少ないことから臨床へも応用がしやすいというメリットがある。
この非染色体組込・細胞質型センダイウイルスベクターによるiPS細胞の作製方法は、日米欧で特許が成立している。さらに、心筋細胞のほか、血液細胞、神経細胞、肝細胞など他の再生医療への応用、疾患iPS細胞の樹立への道も切り拓いたことになる。
続いて、福田氏はスーパーiPS細胞の作り方、ES細胞で発現する多分化能を獲得させる遺伝子(OcT4、Sox2、Klf4)を導入する際、開発した新しい手法について解説した。ES細胞は、卵母細胞から1細胞期、2細胞期、4細胞期、桑実胚を経て胚盤胞から得られるが、このプロセスの卵母細胞から1細胞期、2細胞期に発現しているタンパク質に着目。
そのうち、リンカーヒストンH1が遺伝子発現の門番の役割をしていることを突き止め、さらに、そのうちのH1Fooが遺伝子の初期化に最適なことが判り、これを一緒に投与することで、大幅なiPS細胞作製効率の向上に成功した。
高品質iPS細胞樹立と世界流通
福田氏は、黒いマウスから作ったiPS細胞と白いマウスの受精卵を混ぜることにより白と黒のまだら(斑)のマウス(キメラマウス)を作成し、iPS細胞の品質を評価したところ、そのiPS細胞はES細胞と同等のキメラ寄与率を達成した。
このスーパーiPS細胞は精子にも分化できる能力を持つ、つまりES細胞レベルの高品質iPS細胞樹立が可能である。これはヒト細胞でも同様の効果があり、山中研との共同研究により世界に流通させることを目指している。
心臓再生医療への治療戦略
心臓再生医療への治療戦略として、選択的心筋細胞の分化誘導(3段階心筋再生法:ヒトES細胞/ヒトiPS細胞から前方中胚葉誘導→心筋誘導→心筋増殖)に取り組み、成熟心室筋細胞の特異的分化誘導に成功した。純化ヒトiPS心筋細胞の多くがマーカー(MLC2v)陽性の心室筋細胞であり、心室筋型の活動電位を示し、刺激薬IsoproTerenolへの反応も良好なことが判明した。
未純化のiPS細胞由来心筋細胞を用いた移植治療では、腫瘍形成があることから、心筋細胞の純化精製に取り組んだ。ES/iPS細胞と心筋細胞のエネルギー代謝の相違点を利用して、無グルコース条件下でグルタミンを除去することで効率よく未分化幹細胞を死滅させることで、心筋細胞の純化精製に成功した。
この慶應法による純化精製後のiPS細胞含有率は0.001%以下を達成している。ヒトES由来精製心筋細胞では、腫瘍形成は認められなかった(8週間)。
また福田氏は、こうした数々の偉大な成果を達成しながら、自動大量培養プラントによる再生心筋細胞の製造など、再生医療の産業化に向けた評価基盤技術の開発も進めている。
心筋球(心筋微小組織)移植を採用
再生心筋細胞の移植に際しては、移植心筋の生着は最大3%にとどまるという問題が横たわる。
各種移植法を見ると、単離浮遊心筋細胞は、トリプシンなどの処理により容易に用時調達ができる。輸送の問題も解決するという利点の一方、酸素処理により細胞が障害、移植針の穴から流失(移植効率が著しく低い)という欠点がある。
細胞シートは、移植する心臓外科医にとって操作が容易という利点に対し、心外膜と心表面の死亡のためレシピエント心筋との直接結合ができない、血流がないため細胞が早期に喪失(短期のパラクリン効果に期待)するという欠点がある。
心筋球(心筋微小組織)移植は、心筋微小組織の形成は細胞外基質、液性因子、ストレッチ刺激が加わることにより、強い組織を形成でき、移植細胞が高効率で生着できるが、心筋球の輸送方法を開発することと、外科医による移植方法の工夫が必要となる。
福田氏は、心筋球(心筋微小組織)移植を採用し、微小組織球の作成と心筋球法の開発を進め、免疫不全マウスに移植し、90%の心筋細胞を生着させることに成功した。
免疫不全ラットに移植されたヒト再生心筋細胞は長期間生着するとともに、細胞の生理的肥大・サルコメア構造の発達・長軸方向への伸長を示し、心筋としての成熟化が確認された。また、2週間後の段階で胎児型心室筋がまだ残存しているが、次第に完全な心室筋型に移行すること、さらに、ヒトiPS由来心筋細胞の高い生着と有効性、ラット心機能が改善することが確認できた。
移植穿刺針の作製にも工夫を凝らし、外径25G(0.51mm)の先端を鈍尖に加工し、また、1本の針に6個の側孔を設けた。この孔のサイズは、心筋球が通ることができる250×375μmとした。このように加工した高密度移植針6本をインジェクターにつなぎ、一定量の細胞を一定速度で均一に、6カ所同時に移植することが可能となった。
医師主導型臨床3例と企業治験も実施予定
次いで福田氏は、臨床研究プロトコールの概要(移植の方法)、心筋シート移植と心筋微小組織移植の相違点の開設を行い、最後に、心臓再生医療の今後の展開、20年度中にFirsT in humanの実施予定について説明した。
①NYHA 3度の心不全患者のHLAを測定し、本邦の最頻度HLAと3座(HLA-A、B、DR)以上の一致している症例を選択(実際には6座一致の症例を選択する予定)、②京大CiRAが作製したiPS細胞を用いて心室特異的心筋を分化誘導、純化精製したのちに微小心筋組織(心筋球)を作成し、③特殊移植針を用いて、5000万個の再生心筋細胞の直接移植を予定しており、医師主導型臨床3例に引き続き、企業治験も実施する予定であることを説明し、講演を締めくくった。
電子デバイス産業新聞 大阪支局長 倉知良次
まとめにかえて
iPS細胞の研究は世界的に広がっており、大学や研究機関だけでなく、民間企業でも本格的な研究が始まっています。最近ではiPS細胞を使って肝臓がんの作製に成功したことを岡山大学の研究チームが発表しており、肝臓がんの予防や治療法の開発に役立つと期待されています。
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