資産を使い切って「ゼロで死ぬ」という考え方<5-9>夫婦、老後を考える
トウシル / 2024年4月26日 16時0分
資産を使い切って「ゼロで死ぬ」という考え方<5-9>夫婦、老後を考える
これまでのあらすじ
信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始めた。毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。FPにリアルな老後の収支計算をしてもらった二人は、現実的な老後の生活をイメージし、一安心する…。
資産を使い切って「ゼロで死ぬ」という考え方
年金を受給する年齢に差し掛かっても、預金や投資は続けられる。FPが言った言葉を反芻しながら、二人はその夜、ビールで乾杯した。一安心したのか、格安の発泡酒からビールに銘柄が戻っている。
「65歳以上でも…まだ投資できるんだよね…」
「資金の余力しだいだけど、仕事で忙しい今より時間が取れるから、きちんと投資の勉強もできるかもしれないね」
自分たちに今、足りていないのは、「金融知識」だが、まず今、足りないのは、知識を得て資産形成に立ち向かうための「時間」なのだ。仕事を辞めた後は、意欲さえあれば学ぶ時間を確保できる。大金を稼ぐためではなく、しっかりと投資に向き合うことで、生き方の選択肢が増えるはずだ。
「金融知識を増やせたら、日本株だけでなく米国株などにも挑戦してみたいな」
理香は、信一郎の声がずいぶんと明るくなっていることに気づいた。俄然楽しみになってきた老後ライフに、ワクワクし始めた証拠だろう。
「シンちゃん、[DIE WITH ZERO]っていう本が今とても売れているの、知ってる?」
「なんだ、それ?」
「マイケルからの受け売りなんだけどね。直訳すると[ゼロで死ね]っていう意味なの」
理香は自分の上司であり、資産形成の師匠ともいえる自分のアメリカ人上司の名前を挙げた。
「老後をつましく過ごして資産を残しても、ほとんど税金で持っていかれてしまう。それくらいならば、老後の生活を思い切り楽しんで、資産ゼロで死ぬ方法を模索してもいいんじゃないか、っていう内容の本なのよ」
子供に遺産を残しても、かなりの額の税金を持っていかれてしまう。それくらいならば、一緒に旅行に連れて行ったり、自分たちにできるかもしれない「孫」に、法的範囲内で教育費援助してあげたほうが使いみちとして納得がいくでしょ。
「マイケルはまさにそれを実践してるのよ。自分は大好きな日本に移住して、好きな仕事をして、体が動く限り大好きなサーフィンを楽しむっていう人生を満喫してるわ。見ていてすごく楽しそう。将来への備えは最低限にして、今の親子4人の生活をもっと楽しんでもいいんじゃないかな」
理香はそう続け、信一郎はうーんとため息をついた。
「資産を使い切って、残額ゼロで死ぬ…か…。スゴイ…。考えたこともなかったな…」
「自分の持ち時間には限りがあるでしょ。もしかしたら明日事故で死ぬかもしれないし、大きな病気が見つかって自由に動けなくなるかもしれない…。老後のことを心配しすぎてお金を積み残して死ぬより、それまで頑張ってきた分、楽しく生きて満足して死ぬことも大事よね」
よく言われることだが「想い出はプライスレス」だ。二人で鬱々と、この後続くかもしれない老後に備えて節約しながら暮らすより、計画性をもとに、使える金額をしっかり使って楽しく暮らすほうがいいに決まっている。
今回の試算で、老後に関しては過度におびえなくてもよいという結果が出たことは、最低限の安心とともに、今後の生活を楽しむ準備をする心の余裕が生まれた。好奇心旺盛な理香とは、老後も退屈せずに暮らしていけるだろう。信一郎は改めて、二人ですごす老後シーンを考え始めた。
月に一度はウォーキングがてら、ホテルの朝食を食べに行く。お昼は軽く済ませて、夜はおいしい肉を焼いて軽く晩酌。退屈な夜は二人でサブスクの映画を見る。死ぬまでに絶対見たいと思っているのは、オーロラとマチュピチュだ。湯布院温泉にも道後温泉にもまだ行ったことがない。
子供のために精一杯のことをするのは親の役割だが、「親」を卒業した後は、自分のために時間とお金を使う老後も輝かしい。信一郎はなんだか老後が楽しみになってきた。隣で理香もソワソワしている。また何か、スゴイ妄想を掻き立てているのだろう。
信一郎の両親は、長野県へ移住することも考えている、と言っていた。きれいな空気で緑の多い場所を選んで、2人にちょうどいいコンパクトな家に住み、共通の趣味であるウォーキングをして過ごす老後はさぞ楽しいだろう。
自分たちも、老後を過ごす場所を、今、決めなくてもいいのだ。生きてさえいれば、拠点も時間も自由に決められる。今、自分たちが精いっぱい働き、投資で資産形成に取り掛かっているのは、人生を豊かに生きるためなのだ、と信一郎はしみじみと痛感した。
「これからの人生が楽しみになってきたわね」と理香が言う。
二人は顔を見合わせて、愁いのない笑顔を交わした。
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(中桐 啓貴)
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