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2浪阪大「物理学者の夢破れた」彼が歩む意外な道 ジャニーズ問題等の企業リスク扱う准教授に

東洋経済オンライン / 2024年1月21日 12時10分

「ホッとしました。3浪しなかったのは、ここまでやってこの結果なら、多分自分の能力だとここまでなんだと思えたからですね。全力を尽くして体調をうまく管理しての結果なので、後悔はありません」

高校2年生から4年で偏差値を大きく上げた西山さん。

浪人してよかったことについては、「努力する習慣ができた」、頑張れた理由については、「いじめた人たちを見返したかったから」と答えてくれました。

「人生を勉強で打開するしかないと思ったときに物理学に出会えていなかったら、今のような人生は歩めなかったんだろうなと思います。自分にとっては当時、自分の置かれた環境の中で、最善の策を選んだつもりなので、浪人をした人生のほうが明らかによかったと思います。まったく後悔はしていません」

阪大に入ってからの西山さんは、まさに学びで人生を切り開いていきました。大学での単位はすべて取得し、授業も全額免除・半額免除を受けていた彼は、応用物理学科目を成績トップで卒業したそうです。それから「自分の専門の物性物理では京大より研究者の層が厚い」と判断した東京大学の大学院を受験して合格し、理学系研究科に入学しました。

物理学者の夢を諦めて進んだ新たな道

そこでも勉強を続けていましたが、彼は大学院2年目のある日、物理学者になるという夢を諦めます。

「それまでは自分も物理学の世界で戦えると思っていました。でも、何をやってもこの分野ではかなわない人がいることに気づいたんです。土日もクリスマスも研究室に行って、1日16時間勉強をしていたので東大の学科でも上位2~3割には入れたのですが、上位1割くらいは自分が努力しても到達できないような人たちでした。

その当時の自分でも研究者としてやっていけなくはなかったのですが、僕がなりたかったのはあくまで一流の物理学者だったので……。泣く泣くこの道を断念しました。でも、それは死ぬほど勉強したからこそわかったことで、その勉強をする習慣を作ってくれたのは、やはり浪人時代の経験のおかげだと思います」

その後、就活をして電通総研に入った西山さんは、19年間リサーチ、マーケティング、PR業務等に従事した後、株式投資の勉強をして資産を増やして早期退職。個人事業主として沖縄で4年間過ごしたのち、2021年に桜美林大学の准教授として採用され、現在桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授として教鞭を執っています。

現在、著書『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』でも執筆した電通時代の広告・マーケティングやSNSの口コミ分析の経験を学生に伝えている西山さん。

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