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「デジタルの先」の中心テーマ「自然資本」とは何か 「気候変動」問題以上に深刻な「生態系の危機」

東洋経済オンライン / 2024年1月22日 11時0分

読者は、以上のような「自然」と「市場経済」に関する理解が、先ほどのシューマッハーの議論と同型のものであることに気づくだろう。思えば、シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』が刊行されたのは先述のように1973年であり、デイリーの最初の編著書である『定常状態の経済学に向けて(Toward a Steady-state Economy)』が刊行されたのも同じ1973年である。

昨今の「自然資本」や生態系保全への関心の高まりを見ると、ある意味で、「自然資本」をめぐる以上のような先駆的議論に、ようやく現実世界の動きが追いついてきているととらえてもよいかもしれない。

さてデイリーは「自然資本への投資のシフト」という興味深いアイデアを提起している。これはどういうことかと言うと、まず彼は基本認識として、「資本を減耗させずに維持するという条件は人工資本にのみ適用されてきた。というのは、過去においては自然資本が希少ではなかったので、それは捨象されたからだ」と述べる。ここまでは先ほどのシューマッハーと同様の認識と言える。

そのうえで、デイリーは次のように議論を進める。すなわち「世界は、人工資本が限定要因であった時代から、残された自然資本が限定要因になる時代へと移行しつつある。漁獲生産を現在制限しているのは残されている魚の個体群であって、漁船の数ではない。木材生産を制限しているのは残されている森林であって、製材所ではない。……われわれは、自然資本が相対的に豊かで、人口資本(と人間)が少ない世界から、後者が相対的に豊かで、前者が少ない世界に移行した」(『持続可能な発展の経済学』、強調原著者)。

つまり「世界における希少性のパターン」が変わったのであり、以前であれば「人工資本の収益を最大にし、人工資本に投資する」ことが経済の論理として求められたが、現在では人工資本は十分あり、逆に自然資本こそが不足してきているのだから、「われわれは今や自然資本の収益を最大にし、自然資本に投資しなければならない」(前掲書、強調引用者)ということになる。

これはある意味非常にわかりやすい内容であり、こうしたデイリーの議論は、あくまで“経済合理性”に依拠しつつ、経済のロジックからしても「自然資本」を重視することが求められること――逆に言えば、自然資本を重視しないような経済は皮肉にも経済そのものの破綻を招くこと――を説いている点で、シューマッハーの議論よりも現実的な説得力を持つと言えるかもしれない。

ハーマン・デイリーのピラミッド

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