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「国土防衛に強い執念」持つイスラエル、驚愕の歴史 根源にあるのは「自由への長い苦難の道」

東洋経済オンライン / 2024年7月10日 21時0分

死刑執行人の役をつとめる準士官、ブウクザンが進み出た。何らの感情も示さずに彼は大尉のサーベルをとり、絞首刑囚の首を綱が砕くように、膝の上で刀身を折った。次に士官の肩章をひきちぎり、

――アルフレッド・ドレフュース、貴下はフランスのために武器をとるに値いしない。

観衆にざわめきがひろがり、やがてそれは復讐の不吉な叫びとなった。

――裏切り者を殺せ。ユダヤ人を殺せ。

この光景はジャーナリストを預言者に、変貌させることになる。アルフレッド・ドレフュースと同じように、テオドール・ヘルツルはユダヤ人だった。そしてドレフュースと同じように、その国の社会に完全に溶けこんだ同化ユダヤ人であって、種族や宗教の問題には無関心だった。

それでも彼が青年期をすごしたヴィーンで、彼自身その一員ではない東方のユダヤ人大衆の運命についてのはなしを聞いたことがある。そしていま、冬のパリの凍てつく風に吹きさらされる広場での、世界でもっとも高い文化をもつ人びとの叫喚は、コサックの野蛮な叫びを突然彼に思い出させた。雷電のように、天啓が彼を襲った。

アンティ・セミティスムの火山は決して消えることがなく、民族国家の世紀にはユダヤ人はナショナリズムの発展の犠牲とされる。彼ら自身が国家を形成しないかぎり、生きのびることは不可能であろう。

打ちひしがれて、テオドール・ヘルツルは刑場をあとにした。しかしこの朝彼の胸の底に芽生えた兇暴な革命は、1つのヴィジョンとして結晶し、ユダヤ人の運命と20世紀の歴史を変えることになる。

宗教的シオニスムが、政治的シオニスムとなった。2カ月後にヘルツルはこのヴィジョンに現実の姿を与え、100ページばかりの宣言文を書きあげた。この小冊子は福音書となって、ユダヤの民を解放へと導いてゆく。ヘルツルはこれに、もっとも単純な表題を与えた。ディ・ユーデンシュタット――ユダヤ人国家。

「国家を望むユダヤ人はそれを手に入れるであろう。このことばを書きながら、(そう彼は日記にしたためる)私には奇妙な物音がきこえてくるような気がする。あたかも鷲が、頭上を羽音高く飛翔するかのようである」

「バーゼルで、私はユダヤ人国家をうち樹てた」

2年後、ヘルツルはスイスのバーゼルの「カジノ」で開かれた第1回世界シオニスト会議の席で、シオニスムの運動を正式に発足させた。空想と現実主義とがまざりあった、奇妙な会議である。会議は国家の創設を決議したが、どこにどうしてということはわからなかった。なぜならオスマン帝国が、パレスチナのすべての門戸を閉ざしていたからである。

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