かつての横浜市民の足「市電」にまつわる6つの謎 ビールを運んでいた?ロマンスカーがあった?
東洋経済オンライン / 2024年7月27日 7時30分
ところが終戦後のハイパーインフレで1946年2月に20銭に引き上げられたのを皮切りに度々値上げが実施され、1947年6月には1円、1951年末には10円と、わずか数年で100倍にまで跳ね上がった。
1953年には13円という中途半端な運賃になったが、これは車掌泣かせだった。今よりも冬が寒かった当時、「かじかんだ手で釣り銭を渡したり、切符にパンチを入れるのが辛かった」(車掌経験者談)という。
しかし、その後は政府の公共料金抑制政策などによって市電の運賃は、ほぼ据え置かれることとなり、これが交通局の累積赤字を膨らませる大きな要因となった。1972年3月の市電全廃までのおよそ20年間で運賃が値上げされたのは、1962年(13円→15円)と1966年(15円→20円)の2回のみだった。
このように低額で利用可能な市電廃止の議論が持ち上がると、利用者から次のような意見が出された(いずれも、当時の神奈川新聞への読者投稿)。
「赤字だから、じゃまだからといって低所得者の安い交通機関を廃止するのはおかしい。バスの切り替えは実質的な値上げです(注:当時、市電運賃20円に対し、バスは30円だった)」「子安~本牧だと私鉄なら百円以上かかり、タクシーなら五、六百円かかります。市電は二十五円に値上げしても往復五十円です。(中略)車がこむから廃止しろというのは自分勝手です」
新型が「昔ながら」に逆戻り
■Q6:最新技術の導入がアダになった?
信号技術の進歩が事故を減らし、台車の進歩が乗心地を改善したように、交通機関にとって技術の進歩は基本的には歓迎されるべきものである。
ところが、最新技術の導入が、かえってアダになったような市電車両があった。1951年に20両が製造された1500型(製造:日立製作所)である。
戦後、横浜市交通局はバス・タクシー等の新たな交通機関に対抗するため、乗り心地の改善と性能向上を目指した新型車両の研究を開始。その成果を生かして登場した1500型は、防振台車や間接制御(運転台で架線からの電流を直接制御するのではなく、床下にある制御器を遠隔操作して間接的に制御する方式)などの新しい技術を導入。アメリカの高性能路面電車のPCCカー(Presidents' Conference Committee Streetcar)になぞらえて「和製PCCカー」ともいわれた。
だが、この間接制御は故障が多かったという。交通局に長年勤めた依田幸一さんが記した『チンチン電車始末記』には、原因について次の記述がある。「横浜の道路構造には不向きのようで、(昭和)三十年頃になると、途中で動かなくなる事故が続いた。原因は、床下の主制御器のドラムの接点に、”綿ホコリ”のようなゴミがつまった。このため接触不良になって通電が不可能になる」
さらに、1960年10月から市電の軌道敷内への自動車の進入が許可されると、「道路渋滞で(市電が)牛歩状態となったため、レスポンスの遅い間接制御を止める」(『RM LIBRARY 横浜市電(下)』岡田誠一、澤内一晃)こととなり、1967年、1500型全車を直接制御化した。せっかくの最新鋭車両が、昔ながらの市電車両に逆戻りしたのである。こうした技術的な退行も、その後の市電の運命を示していた。
森川 天喜:旅行・鉄道ジャーナリスト
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