米国大統領が「日本製鉄」をこうも目の敵にする訳 人気取りは、時に自国民の利益よりも優先される
東洋経済オンライン / 2025年1月11日 8時50分
今回の買収騒動に最も関係があるのは、「神聖」のモジュールである。もともとは病原菌などの「汚染を避ける」という適応課題によって出現したとされ、それが概念的な意味を含む「不浄の忌避」へとその範囲が拡大していったものだ。
ハイトは「〈神聖〉基盤は、悪い意味でも(汚れている、あるいは汚染しているので)、良い意味でも(神聖なものを冒瀆から守るために)、何かを『手を触れてはならないもの』として扱えるようにする」と述べている(同前)。
恐らく保守的な思想を持つアメリカ人にとって、この神聖モジュールが作用している対象がUSスチールなのではないかと推測できる。これらのモジュール=スイッチが非常に厄介なのは、思考以前の深い情動レベルの働きだからである。
つまり、ある行為についての評価(悪いことなのか、良いことなのか)を直観的に方向づける影響力を持っているのだ。これは言い換えると、その判断がほとんど無意識に行われていることを示唆している。
ハイトは、神聖モジュールが反応しやすいものについて、「もの(国旗、十字架など)、場所(メッカ、国家の誕生にまつわる戦場の跡など)、人物(聖者、英雄など)、原理(自由、博愛、平等など)」といった例を挙げ、「神聖の心理は、互いに結束して道徳共同体を築く方向に人々を導く。
道徳共同体に属する誰かが、その共同体の神聖な支柱を冒瀆すれば、集団による情動的かつ懲罰的な反応がきわめて迅速に起こるはずだ」と指摘している(同前)。
USスチールは「共同体の神聖な支柱」
トランプ次期大統領は、自身のSNSで「かつて偉大で強力だったUSスチールが日本製鉄に買収されることに全面的に反対する」と投稿したが、バイデン大統領も以前 「USスチールは1世紀以上にわたりアメリカの象徴的な鉄鋼会社であり、国内で所有され、運営されるアメリカの鉄鋼会社であり続けることが極めて重要だ」と発言している。
USスチールはアメリカの力と繁栄を象徴する「共同体の神聖な支柱」なのであり、それが他国の手に渡ることは冒瀆に近い行為になり得るのだ。
21世紀に入っても、この神聖モジュールが国の威信やナショナルアイデンティティを体現する「もの」や「場所」などにしっかりと根を張っているだけでなく、依然としてその深層にある感情を目覚めさせるポテンシャルを秘めていることが改めて浮き彫りになったといえる。
けれども、なぜ同盟国による買収計画で、しかも中国との競争が念頭にあるにもかかわらず、かたくななまでに拒絶するのだろうか。BBCによれば、「アメリカ政府は1990年以降、外国企業による買収を8件しか阻止していない。そのほとんどは過去10年間のもので、中国企業が関与していた」という(日本製鉄とUSスチールが米政府など提訴 「政治目的で不適切な影響力行使」と/2025年1月7日/BBC)。
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