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トランプ発言で注目「カナダ」の日本との"深い縁" キャノーラ油の品種改良の背景に"両国の信頼"

東洋経済オンライン / 2025年1月15日 16時0分

江戸時代以降、国産の菜種油は天ぷらを筆頭に、料理に広く使われていた。菜種は、コメを収穫した後の二毛作の絶好の品目として栽培されていた。しかし、稲作事情の変化で、田植えが梅雨の時期から5月、さらには4月と前倒しされ、かつ減反政策で、稲作自体が縮小。菜種を輸入せざるを得ない状況に直面した。

しかも、菜種をめぐる健康と安全の問題は、日本でも同じであった。ゆえに、日本植物油協会は、代表団を何度もカナダに派遣し、「ダブル・ロー」品種改良の促進を訴え、責任を持って輸入する旨を約束した。

カナダにとっては、安定した需要先が確保されていることで、先行きが完全には見通せない革新的な品種改良に腰を据えて取り組めたのだ。両国間の信頼の原点がここにある。

その甲斐もあって、最初の成果は、1974年マニトバ大学のキース・ドーニー博士とバルダー・ステファンソン博士の共同研究により、エルカ酸含有量を5%を下回るまで削減。

一方、1977年にはWHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)の合同委員会がエルカ酸過剰摂取に関する警告を発出する。食の安全確保こそが品種改良の鍵だ。

1978年「キャノーラ」が誕生

そして、1978年、西部カナダ植物油協会は、ダブル・ローをめざし品種改良されてきた新たな菜種は、従来品種とは完全に異なることを広くアピールするために、新品種の菜種を「キャノーラ」と命名する。

品種改良は倦(う)むことなく継続され、80年代になると、エルカ酸2%未満、グルコシノレート30ppm未満のキャノーラが普及。1985年には、アメリカ食品医薬局(FDA)のGRAS(一般的に安全と見なされる食品)に登録された。

これをきっかけに、オーストラリアやヨーロッパでも生産は増え、キャノーラ油のマーケットも拡大し、今日に至る。

そこで、「百聞は一見に如かず」だ。筆者は、カナダ・キャノーラ評議会に調整を依頼し、同評議会の農学専門委員イアン・エップ氏が経営する農場を視察する機会を得た。2023年9月のことだ。

サスカチュワン州の最大の都市サスカトゥーン近郊ブレイン・レイクの農場に、最新式の大型コンバイン等が並ぶ姿は圧巻だった。訪問した際には、天候良好で例年より早く収穫されていたが、2000エーカー(東京ドーム約174個分)の広大な農場の収穫直後の光景は忘れられない。

エップ氏の説明のポイントは以下の通り。

・サスカチュワン州北部は土壌の保水力が高く、乾燥した気候がキャノーラに適している。
・同じ作物の連作は土壌の養分不足や病害虫の発生につながるので、農地を区分けして、小麦、オート麦、大麦、亜麻、エンドウ豆などを輪作している。
・内外の需要も伸びて価格も上昇している。
・カナダ産キャノーラの90%が輸出されていて、アメリカ、日本、中国が主要な輸出先である。

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