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大和総研副理事長・熊谷亮丸「日本は課題先進国。課題があるからこそ成長の余地がある」

財界オンライン / 2024年3月12日 18時0分

熊谷亮丸・大和総研副理事長

「日本は強みがあるのに、それを活かし切れていない」─。熊谷氏はこう話す。日本は「デフレではない状況」になりながらも、まだ持続的な成長軌道には乗り切れていない。熊谷氏は、その成長を阻害する要因を複数指摘しながら、「課題があるということは、成長する余地があるということ」と前向きに捉える。先行き不透明な中、日本の企業経営者が心すべきこととは─。


デフレからの脱却は最終局面に近づいている

 ─ 日本経済は今、転換期にあると思います。労働力人口の減少も進む中ですが、成長のため必要なことをどう考えますか。

 熊谷 重要なのは労働生産性の向上です。現在、日本の労働生産性は低迷していますが、国際比較で見ても人材投資を中心とした無形資産投資が不足しています。これはリスキリングへの投資なども含みます。

 次に、従来は成長分野が決定的に不足していました。しかし、現在はGXとDXが重要だという方向性は明確に出ていますから、そこに対して民間が安心して投資ができるように、民間の主体に対して予見可能性をしっかりと与えて、成長分野を伸ばしていくことが大事です。

 ダイバーシティ(多様性)の不足も問題です。これがないとイノベーションが起きませんから、女性活躍の推進や、外国人労働力の活用が必要になります。

 国内の過当競争も成長を阻害しています。よく言われますが、国内で甲子園の予選を戦って疲弊して、全国大会に出た時には弱り切っていて1回戦で負けてしまう状況にあるのが日本企業です。

 製品やサービス自体はいいものを提供しているけれども、供給過剰によって適正なプライシングができていない部分がありますから、産業、企業の新陳代謝を促すことがポイントです。

 労働市場の柔軟化なども必要となります。積極的労働市場政策などによって、「失業なき労働移動」を実現する様な、労働市場改革が求められています。

 デジタル化の推進による組織のフラット化、コーポレートガバナンスの強化で企業経営により実質的な規律が働くようにすることも大事になるでしょう。

 ─ 日本は「失われた30年」が続いてきましたが、足元でデフレは脱却したと見ますか。

 熊谷 完全に脱却したとは断言できませんが、少なくとも「デフレではない」状況にはなっていますし、デフレからの脱却は最終局面が近づいてきていることは間違いありません。

 ─ 本格的なデフレ脱却に向けて必要なことは?

 熊谷 日本経済再生に向けては、設備投資をしっかり行うことが必要です。現状を見ると、設備ストックの量の不足、老朽化による設備効率の低下、設備ストックが低生産性分野に偏在していることという3つの問題があります。

 今後は量の不足の解消で潜在GDP(国内総生産)は1割程度上昇、効率低下の解消でやはり1割程度、産業構造の転換で2割ほど上がると試算されますから、これらの課題解決は潜在GDPに対する劇的なプラスの効果をもたらします。

 ─ 政策による後押しも必要になりそうですね。

 熊谷 例えば対象を絞った設備投資減税です。特に設備の生産性が高い分野、具体的にはソフトウエア投資や、非製造業の無形資産投資などに集中的に恩典を与えると、効果としては最も大きくなります。

 そして人手不足が続く中、今後年間16兆円ほど「省人化投資」を行うことで、向こう10年程度の期間で見ると人手不足を補うことができます。

 具体的な投資額では、約10年間で年間5兆円ずつの省人化投資で82万人分、16兆円ずつで245万人分を補うことが可能です。また、年間34兆円ずつの投資を行えば、産業構造が変わったとしても人手不足を補うことができます。


「コストカット型経済」から30年ぶりの転換なるか

 ─ 日本企業は業種を問わず「値上げ」を課題としてきました。現状をどう見ますか。

 熊谷 業種ごとに跛行性があり、まだ完全ではありませんが、一時期と比べれば、値上げに関する企業のスタンス、それに対する国民の反応も変わってきています。完全に浸透したとまでは言えませんが、潮目が変わってきているとは思います。

 公共サービスや保険サービス、外食といった価格改定の頻度が低い「粘着価格」は、日本がデフレに入った1990年代前半から一貫して上がっていませんでしたが、足元では3%程度上がってきているんです。

 定性的に見てもデフレ脱却の蓋然性はかなり高まっています。実際、足元は約40年ぶりの高インフレですし、資産バブルの時に迫るくらいの労働需給の逼迫が生じている。

 また、コロナ禍からの正常化、家計の過剰貯蓄もあり、サービス消費は約3兆円増える余地があります。加えて、価格転嫁に消極的な企業に対して、政府が公正取引委員会も使って企業名を公表しています。

 その意味で「コストカット型」の経済から、30年ぶりに転換する兆しがかなり出ています。

 ─ 経済の潮目が変わる中、企業は何を意識して活動すべきだと?

 熊谷 グローバルに見て、インフレ的な方向に来ていることを意識して企業経営を行う必要があると思います。経済の長期サイクルで見ても、おそらく2020年前後にグローバルな経済のサイクルがボトムを打って、そこからインフレ的な方向に入ってきています。

 今までは、物価は上がらないという、ある種の「ノルム」(社会的な習慣や規範意識)がありましたが、それが徐々に崩れる可能性が出てきているんです。

 日本銀行のスタンスを見ても、それを感じます。まだ確証が持てていないことから、金融政策を完全に変更するには至っていませんが、24年4月頃、春闘における賃上げがしっかりしているのを見極めた段階で、金融政策を徐々に正常化してくる可能性が高いと思います。

 こうした状況を考えても、これまでのデフレ下の縮小均衡型のノルムに縛られることなく、原材料価格や人件費が上がれば売り値に転嫁するという、拡大均衡型のスタンスで企業経営を行っていく必要があります。

 ─ 個人は足元では物価高に賃上げが追いつかない状況が続いています。

 熊谷 家計部門もインフレ的な方向に備える必要があります。大きな流れとして国が「貯蓄から投資へ」を推進していますし、24年から「新NISA(少額投資非課税制度)」も始まります。

 デフレ下では、現金の実質的な価値が上がっていく傾向がありましたが、インフレ下では投資に振り向ける必要があります。それも日本だけでなく様々な地域に、また投資対象についても株式、債券など様々なアセットに分散投資をすることが重要になります。

 さらに時間分散、積立が肝要です。価格がいつ上がるか、下がるかはプロでもわからない話ですから、ドルコスト平均法(価格が変動する金融商品を定期的に定額で積み立てる手法)で投資することで、長い目で見ると最も時間分散ができて、リスクを低下させることができます。


AIが浸透する中、人が仕事を得る方策

 ─ コロナ禍もあり、働き方が変わりました。特に若者の意識の変化は大きいのではないかと思いますが。

 熊谷 かなり変わってきていますね。特に現代は「エンプロイアビリティ」(employability=雇用され得る能力)が問われており、自らスキルを身に付けるためにリスキリングを含め、学び続けて、常に仕事を獲得する能力を高めなくはなりません。

 ─ ただ、徐々に高まっているものの、日本では雇用の流動性はまだ低いですね。

 熊谷 かなり変わってはきましたが、まだ道半ばですね。今後はAI(人工知能)がさらに浸透してきますから、その中で多くの仕事がAIに代替されていくことになります。

 よく言われることですが、医師は代替されるが看護師という人間との触れ合いの仕事はなくならないというように、リアルで触れ合う人間関係の部分は、従来以上に大事になります。

 ─ AIにはできないことが人間にはできると。

 熊谷 人間とAIはどこが違うかというと、一つは体験だと思うんです。実際に身体を使っていろいろなことを体験する。まさに哲学者の西田幾多郎が言った「純粋経験」のような話ですが、リアルな対人関係や、ある種の価値判断、哲学、倫理観が問われるようになります。

 例えばAIが裁判官になれるかというと、被告人に死刑を宣告するか否かといった、価値判断に関わる仕事ですから人間でなくてはできませんし、交渉ごとも人間同士でなくてはできません。その意味で、AIが発達したとしても、対人関係能力や、体験に裏付けられた価値判断や創造性など、人間に残される部分は沢山あります。

 こうした点を意識しながら学んでいくことが、AIが発達する中で人間がエンプロイアビリティを維持することにつながってくるのだと思います。


世界に目を開いて現状を変革する意志を

 ─ 日本の持つ潜在力をどう考えますか。

 熊谷 強みと弱みがあります。

 強みで言うと、まず何と言っても社会が安定していることです。元々、人を大事にし、共存共栄の思想、自然と共生する精神があります。治安がよく、遵法意識も高い。格差や国民の健康問題も諸外国と比べれば限定的です。異文化にも寛容で、海外の文化を受け入れるフレキシブルな面もあります。

 次に課題先進国であるという点です。日本は先進国の中で最も早く少子高齢化が進みましたが、今後中国を含め、アジアの国々がどんどん老いてきます。ですから日本がフロントランナーとして、少子化を克服できるような社会モデルを構築できれば、アジアの国などに輸出していくことができます。

 ユーザーの要求水準も高い。日本人は勤勉、繊細で感性が鋭いことから、世界一のサービス、品質を生んでいる部分があり、諸外国の企業から見ても、日本で通用すれば世界で通用するというブランドになっている。

 モノづくりの伝統があることも強みです。これはよく言われるように「IoT(モノのインターネット)」の世界に移行した際に一定の強みを発揮します。

 文化的な側面では、ミシュランガイドなどで見ても、東京はおそらく世界一の美食都市だという評価がありますし、伝統芸能や芸術、礼節を重視している。

 さらに、功罪両面がありますが、長寿企業が多い。新陳代謝が働いていないということでもありますが、今の世の中、サステナビリティ(持続可能性)が大きな価値になっている面も見逃してはいけません。

 ─ 逆に課題というと、どういうことが考えられますか。

 熊谷 例えば行政の縦割り、既得権益、悪しき前例主義といった硬直的で柔軟性が低い部分が社会全体としてあります。

 ダイバーシティも欠如しています。もっと外国の高度人材を受け入れていかないといけない。どうしても日本企業は横並び、総花主義で、水平分業をせずに自前でやろうとしてしまう傾向があります。効率が悪いですし、ダイバーシティがないから画期的なイノベーションが起きにくい社会構造になっています。

 リスクを極端に避ける国民性があり、スピード感が欠如している点も問題です。具体的には、社会全体が無謬性に過度に執着しており、減点主義の人事システムが定着しています。

 強烈なリーダーシップを嫌う、ある意味で嫉妬深い国民性も改めなくてはいけません。目立つ人が出てくると、寄ってたかって引きずり下ろす面があります。エリート教育が十分に行われておらず、悪しき平等主義が蔓延しているように感じます。

 このように、日本にはいい面も悪い面もありますが、悪い面はできるだけ抑えて、いい面を伸ばしていくことが肝要です。

 ─ 課題を克服すれば、日本にはまだ成長する余地があるということですね。

 熊谷 そうですね。課題が多いということは、潜在的な成長余地があるということを意味します。日本はいい面があるのに、それを活かし切れていません。そして、まだ国民にも危機感がないので、ジリジリと状況が悪化しているというのが現状です。

 元々、日本には先程申し上げた様な強みも沢山あります。政治がリーダーシップを取り、国民1人ひとりが当事者意識を持ってしっかりと理性的な判断を重ねて行けば、まだまだ成長できますし、ターンアラウンド(好転)が可能になると思います。

 企業経営者はもっと世界に目を開いて、世界の標準、大きな流れを踏まえた上で、現状を変革するという強固な意志を持つ必要があります。

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