アングル:最重要な個人情報・脳神経データ、米で保護法制定の動き
ロイター / 2024年3月25日 13時43分
米コロラド州の神経科医、ショーン・パウザウスキー氏は「今後2、3年のうちに思考を読み取る装置がたくさん出てくるのは間違いない」と研究の進展ぶりに興奮を隠さない。一方で、パザウスキー氏はこうした技術が悪用されるのではないかとの危惧も抱いている。写真は2023年9月、テキサス州リッチモンドの自宅で装置を使用する、脳卒中から回復した男性(2024年 ロイター/Evan Garcia)
Avi Asher -Schapiro
[ロサンゼルス 21日 トムソン・ロイター財団] - 米コロラド州の神経科医、ショーン・パウザウスキー氏は、患者の脳波をとらえて電気信号の流れに生じている問題を調べるために、以前は高価で扱いにくい病院配備の専門機器に頼っていた。
しかし、数年前から睡眠パターンをモニターしたり脳機能を高めたりする目的で一般にオンラインで販売されているヘッドバンドを使うようになった。
市販のヘッドバンドは価格がわずか数百ドルと安い上に使いやすく、性能は病院の最新機器とほぼ同じ。最初は患者が自宅で、自分の手で脳波測定ができるとわくわくしていたパウザウスキー氏だが、その後は心配になった。「これでは患者の全ての脳神経データが、民間企業の手に渡ってしまう」と気付いたのだ。
脳科学が進歩し、人間の脳神経データの詳細な流れを把握し、読み解くことが簡単にできるようになった。最近の実験では神経学的な作業により思考が操作できる可能性も示されている。
テキサス大学の研究チームは人工知能(AI)を駆使して電子的な脳画像を処理し、被験者が思考中の言葉を正確に予測することさえできた。
この分野の進歩は大きなブレークスルーを引き起こしており、半身不随の患者が脳波を通じてコミュニケーションをとったり、脊髄損傷で機能を停止した神経経路の回復に役立ったりしている。
パザウスキー氏は「今後2、3年のうちに思考を読み取る装置がたくさん出てくるのは間違いない」と研究の進展ぶりに興奮を隠さない。
だが、パザウスキー氏はこうした技術が悪用されるのではないかとの危惧も抱いており、最近になってコロラド州で脳神経データの個人情報保護法の導入を進める議員や科学者のグループに加わった。法案は先月、賛成多数で州議会下院を通過し、現在は上院で審議されている。
こうした法案の整備に向けた動きは、全米各地で見られる。ミネソタ州議会には3月に独自の法案が提出され、カリフォルニア州でも法案提出に向けた準備が進んでいる。
専門家によると「ニューラルライツ(脳神経データに関する個人の権利)」の推進は、脳神経データ読み取り機器が普及する前に、新興ハイテク企業に対して消費者保護を義務付けようとする異例の取り組みだ。
脳神経データを収集し、転売したり共有したりできる機器はすでに販売されており、多くの新興企業が近々機器を発売する予定だ。
アルストン&バードのサラ・プルーレン・グエルシオ弁護士は「脳神経データに関しては、法律が本当につぎはぎだらけだ」と懸念を示した。医療目的で収集された脳神経データは医療データ保護法の対象になるが、商業目的で収集された場合は規制がはるかに緩いと指摘。「脳神経データを無法地帯にしたくない」という。
<以前は考慮されず>
米国には連邦レベルの個人情報保護法がなく、15州が独自に法律を制定しているが、脳神経データを直接対象としたものはないと、弁護士でニューロライツ財団の共同設立者であるジャレッド・ゲンサー氏は説明する。
コロラド州の場合、既存の個人情報保護法の「センシティブデータ」という項目に脳神経データを盛り込んでいる。企業は脳神経データを収集する前に顧客の同意を得ることが必要となり、顧客にデータの利用範囲に制限したり、データを削除する権利を与えたりすることが義務付けられる。
ゲンサー氏は「脳神経データが既存の法律から抜け落ちているのは、法律が作られたときにこうしたデータが考慮されなかったからだ」と述べた。
コロラド州議会議員のキャシー・キップ氏は法案の文言について、急速に進化する脳神経分野で将来的にも対応できるように幅を持たせたいと考えている。今はヘッドセットで読み取っている脳神経データが、明日はリストバンドで収集されるかもしれないからだ。
<法制化の動き>
一方、州レベルの個人情報保護法がないミネソタ州では、法制化に向けてコロラド州とは異なるアプローチが取られており「認知的自由(精神的自己決定の権利)」を明記し、同意なしに脳神経データにアクセスしたり、脳神経技術を使って思考に干渉したりした場合に罰則を科す法案が検討されている。
カリフォルニア州議会のジョシュ・ベッカー上院議員は、脳神経データ権利保護法案の草案を準備中で、今月中に発表する予定。
一方、こうした州ごとにばらばらな対策が産業界にどの程度の効力を持つかまだはっきりしないとみているのは、ホーランド&ナイト法律事務所のレイチェル・マーモア氏。「強制力のある措置がたくさん導入されるまでは、企業の取り組み状況を見極めるのは難しい」と語った。
個人情報保護法を導入しても、それが結局は無数の項目にチェックを入れたり、長くて複雑なプライバシーポリシーをクリックしたりするだけに終わってしまう恐れがあると警告。「年間に何千件もの個人情報保護に関する開示情報を読むことを強制するというやり方ではうまくいかない」とくぎを刺した。
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