「あの時申し訳ないことをしたヒロトにお願いしたい」松重豊が40年越しに甲本ヒロトに主題歌を依頼したワケ〈『劇映画 孤独のグルメ』公開〉
文春オンライン / 2025年1月11日 11時0分
松重豊氏 Ⓒ文藝春秋
俳優の松重豊氏が監督・主演・脚本を同時に務めた『劇映画 孤独のグルメ』が1月10日に公開された。この映画の主題歌「空腹と俺」を歌うザ・クロマニヨンズ・甲本ヒロト氏と松重氏は、実は40年来の旧知の仲。明大生だった松重氏が初めてメガホンを取った映画で、甲本氏が主演を務めたという。
◆◆◆
初めての大きな挫折
僕が進学した明治大学文学部の演劇学専攻は、「演劇」と冠するだけあって、ほとんどの学生が役者志望。僕も自然と演じる側にのめり込むようになりました。なにせ、当時の演劇界は非常に刺激的で、まだアングラ演劇の残り香が漂っている頃でした。唐十郎さん率いる「劇団唐組」の移動式劇場「紅テント」や、寺山修司さん主宰の劇団「天井桟敷」といった、そこまでやるかというくらいに強烈な演劇が影響力を持っていました。僕も新宿のゴールデン街の小劇場で、奇抜な演出の芝居をしたことはよく覚えています。そんなぶっ飛んだ挑戦を、お客さんも大人しく受け入れていた。その瞬間、「あ、この世界で生きていくのもアリかな」と思ったんです。
演劇に心惹かれていった僕ですが、やはり映画制作も諦めたくなかった。揺れる日々の中で、ロックをテーマにした自主映画を制作することにしました。当時のパンクロックやビートロックは、僕の揺れ動く心のような、“青春の衝動”を表すのにしっくりきたんです。
その映画の主演をお願いしたのが、下北沢の中華料理店でともにアルバイトをしていた甲本ヒロトです。後に「THE BLUE HEARTS」「ザ・クロマニヨンズ」などのボーカルとして大活躍する彼とは上京直後、同じ日にバイトを始めて、互いに音楽好きということもあって意気投合しました。当時の下北沢にはバンドや演劇で一旗揚げようとしている若者がたくさんいましたが、ヒロトはその中でも頭一つ抜けた存在だったのです。
しかし、ヒロト主演のロック映画は失敗に終わります。
およそ3分の2まで撮影がおわり、あと少し撮って現像しようというところで、制作資金がショート。フィルムや現像代が高価な時代で、学生のバイト代でなんとかできる額ではありませんでした。結局撮影は頓挫して、作品はお蔵入り。僕の不甲斐なさが招いた結果でした。僕にとって初めての大きな挫折で、これを機に僕は映画監督になる道を完全に諦めて、役者の道に進んだのです。
それが約40年の時を経て、再びメガホンを取ることになった。「じゃあ俺、監督やろうかな」と呟いた時に僕の心の中にあったのは、「封印したあの時の夢に、もう一度挑戦してもいいんじゃないか」という想いでした。
下北沢時代の「腹減った!」
還暦を迎えたことで、人生の大きな節目にさしかかったんだな、という自覚はありました。でも、そこで人生をリセットする必要はなくて、20歳の頃に戻って、再スタートしてもいいんじゃないか。だって、これまで培ってきた経験や人脈を持ったまま20歳に戻ることができたなら、それはものすごいことじゃないですか。もちろん全てがうまくいくわけではないかもしれませんが、夢を取り戻す大博打を打つことに決めたのです。
だからこそ映画の主題歌は、あの時申し訳ないことをしたヒロトにお願いしたいと、当初から考えていました。今回、ヒロトが快く僕の願いを引き受けてくれて、「空腹と俺」という、映画にピッタリの曲を作ってくれました。かたちは違うけれど、40年越しにまた一緒に映画をつくることができて、本当に感慨深い。しかも、この曲の歌詞「腹減った!」は、下北沢で将来を夢見ていた僕たちがしょっちゅう口にしていた言葉でした。
※本記事の全文(約3700文字)は「文藝春秋」2025年2月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(松重豊「 甲本ヒロトと40年越しの大博打 」)。さらに、松重豊氏のグラビア「 日本の顔 」も同時掲載されています。
(松重 豊/文藝春秋 2025年2月号)
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