“映画の神様に肩を叩かれた”マヒトゥ・ザ・ピーポー初監督作品『i ai』「余白を大事にしたかった」
CREA WEB / 2024年3月11日 17時0分
ロックバンドGEZANのフロントマンを務めるマヒトゥ・ザ・ピーポーさん。小説執筆や映画出演、フリーフェスや反戦デモの主催などさまざまな活動を行い、自身の思いや言葉を届けてきた。このたび彼が初監督を務め、2022年の東京国際映画祭にも正式出品された映画『i ai(アイアイ)』が、3月8日から渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開される。
本作は、GEZANと関わりの深い実在の人物をモデルに描いた青春映画。主人公コウをオーディションで約3,500人の中から選ばれた富田健太郎さんが、作品の要となるバンドマン・ヒー兄を森山未來さんが演じる。さらに永山瑛太さん、小泉今日子さん、吹越満さんなど実力派キャストが脇を固めた。映画の反響はすさまじく、渋谷ホワイトシネクイントでは火曜日まで既に満席だという。
『i ai』の公開に先駆けてマヒト監督にインタビューを行い、映画を撮ることになった理由や、本作への思いを聞いた。
きっかけは映画の神様に肩を叩かれたという感じですかね(笑)
――そもそも、映画を作ることになったきっかけはなんだったんですか?
映画の神様に肩を叩かれたという感じですかね(笑)。豊田利晃監督の映画『破壊の日』(2020年公開)に役者として出演した時に、現場にいろんな才能が集まって、映画が出来上がっていく過程を見たんです。映画作りの現場の在り方が、自分たちがやっている「全感覚祭」(入場無料、投げ銭方式で開催してきたフェス)と似ている感じがして。
今回の映画は、監督・脚本・音楽と全部自分でやってはいるけど、チームで作ることで自分だけのストーリーじゃないところまで発展するような気がして。その、映画の立体感みたいなところが語りかけてきた感じがしました。
――作品の方向性はどのように決めていきましたか?
まず、映画のルールを知り尽くしているようなチームでは作りたくなかったんですよ。観た人から「初監督作品のわりに、上手にできたね」と言われることを狙ってるわけではないから。音楽でもそうだった。制作に携わるほど初期衝動というか、最初の何も知らなかった頃には戻れない。だから、まだ映画のことを何も知らない、今の余白いっぱいの時間を楽しみたいなと思いました。
あと、音楽家が作る映像作品にありがちな、ミュージックビデオの延長だったり、コマーシャルが繋がっていたりするような映像にはしたくないなと。映画というものをまっすぐに撮りたかった。
余白を大事にして映画と向き合いたかった
――だからこそ、写真家の佐内正史さんに撮影をお願いしたんでしょうか? 佐内さんが長編の映像作品を手がけるのは、今回が初めてだそうですね。
そうですね。まあ、佐内さんはお願いしたというより、佐内さんから名乗りあげてくれたんですけど(笑)。映画のキービジュアルを撮った翌月に「マヒトくんの映画は、僕が撮らないとダメかなと思って〜」って電話で。佐内さんって、写真家としてのキャリアを始めた頃、家に引きこもっていたそうで。そんな佐内さんをいろんなところに連れ出してくれたのが、荒木経惟さんだったらしいんですよ。それで「なんかマヒトくんを見た時に、その役を僕がやんなきゃいけないと思って」と言ってくれたんだけど、俺ってまあまあ外に出てるし、まあまあ友達いるけどなって(笑)。
でも、うれしかったですよ。佐内さん自体、動物的にその場所にいるような人だけど、CMとか商業ベースの仕事もしていて。大きな座組の現場に入っていく難しさっていうものが、ご自身の経験としてあったんだと思うんですよ。きっと、俺が「余白を大事にして映画と向き合いたい」と言ってた部分を守ろうとしてくれたんだと思います。
――商業映画と“マヒトさんのやりたいこと”の橋渡しをしてくれたんでしょうか?
緩衝材になってくれたところはありましたね。例えば映画の撮影中も、プロデューサーが「マヒトさん、ここのカットって普通は逆からも撮ったりするんですよ」って言ってきた時に、俺は「別に普通とか狙ってないんで」みたいなことを返して、ちょっと言い合いになって。そしたら佐内さんが「ま、これはマヒト監督の映画なんで、オッケー! 次の現場行きましょう!」って間に入ってきてくれたんです。あ、意外とそういう立ち回りできるんだ、って(笑)。
未來さんにも同じ船に乗ってもらおうと
――森山未來さん演じるバンドマン・ヒー兄は、ぶっ飛んでいるけど圧倒的なカリスマ性を感じるキャラクターですね。GEZANと深い関わりがあった実在の人物をモデルにしているそうですが、なぜ森山さんにオファーをしたんですか?
ヒー兄という危うい存在を描いていくとなった時に、やっぱり狂気が絶対に必要だと思ったんです。しかも、白黒はっきりつかないような、曖昧なグラデーションがずっとあるような存在で。そういうことを立体的に捉えられる人をと考えた時に、未來さんっていう人は、最初から頭の中に出てましたね。
未來さん自身、ダンスをやったり、芝居をやったり、自分の体をもって、ずっと世界と対峙し続けていて。光でも影でもない曖昧な気持ちを演じ分けてきた人だと思うから、同じ船に乗ってもらおうと。
――マヒトさんは映画のオフィシャルサイトで、森山さんと佐内さんについて「瞬間に対しての切実さ、そして効率の悪い生き方は信頼できる」とコメントされていましたね。
例えば、ちゃんと起承転結があるドラマにしたい場合は、要素をクリアにすればするほど、観客の感情を誘導しやすいと思うんです。だけど、人の死とか生きることって、そんなに簡単にカテゴライズして言い切れることじゃない。その曖昧さを、未來さんと佐内さんは持っていて。自分も含めてちゃんとそこで迷える人、一緒に混乱できる人に、共犯者になってほしいなと思ったんです。未來さんと佐内さんは“詩”が読める人だから、信頼してますね。
試写を観た友人が「誰も芝居してないね」という感想をくれたんですが、それがすごく嬉しくて。もちろん役者は芝居をしているし、脚本は全部俺が書いたものなんだけど、『i ai』のセリフには詩的な表現が多いので、その人のものにするのって難しいと思うんです。言葉が先行して体が追いついてないみたいなことって、他の映画を観ててもいっぱいあるから。その辺は、演出で一番大事にしたポイントかもしれません。
――具体的には、現場でどのように演出しましたか?
現場で全部を説明はせずに、詩は詩として投げて、解釈はその人の中でどう解けていくのかを観察しました。それよりも、詩がその人に解け込んでいく時間が必要だと思ってて。口を動かしてセリフを言うのは誰でもできるんだけど、詩がちゃんと血に解けるかどうか。役者がどうやって生きてきたかが、やっぱりフィルムには映り込むから、その時間の経過を共に過ごしました。
未來さんや瑛太くんとも、撮影中はもちろん、飲みに行って人生の話をよくしていましたね。監督から役者に「こうしてほしい」と一方通行的に伝えるんじゃなくて、話したり飲んだりする過程で、空気が解けていくグラデーションを大事にしました。
劇中のライブシーンは必見
――劇中では、GEZANの演奏をバックに森山さんがライブするシーンがありますね。客席にダイブする森山さんの表情に惹きつけられました。
あそこは芝居じゃなくて、ただのライブでしたね。未來さん、ダイブして目の上にたんこぶ作って帰ってきましたから。というか、普通にミュージシャンとして成立するようなライブができるって、やっぱすごいですよ。例えばボクシングの映画をボクサーが観たら「こんなパンチ打たねえ、当たんねえよ」とか、テニス選手がテニスの映画を観たら「こんな打ち方、普通しないわ」ってなると思うんです。でも音楽家から見ても、未來さんのライブは音楽として成立してた。もちろん、演奏してるのが自分達っていうのはありますけど、未來さんはちゃんと同じ時間の中に入ってきてたから。
そのライブのシーンが未來さんのクランクアップだったんですけど、抱き合って、涙が出そうなぐらい高まりました。でも、翌日に迎えたオールアップは最悪で(笑)。「踊ってばかりの国」の下津(光史/Vo, Gt)の実家の天井に穴を開けさせてもらって、天井からカメラで主人公たちがピザを食べたりビールを飲んだりするシーンを撮影したんです。撮影終了後、そこでもみんなから抱きつかれたんですけど、小泉今日子さんからもらったお気に入りの赤いコートがビールやピザまみれになって、すごいシュンとしながらホテルに帰りました(笑)。
マヒトゥ・ザ・ピーポー
2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子とのNUUAMMとして複数のアルバムを制作。映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル十三月でリリースや、フリーフェスである全感覚祭を主催。また中国の写真家Ren Hangのモデルをつとめたりと、独自のレイヤーで時代をまたぎ、カルチャーをつむいでいる。2019年ははじめての小説、銀河で一番静かな革命を出版。GEZANのドキュメンタリー映画 Tribe Called DiscordがSPACE SHOWER FILM配給で全国上映開始。バンドとしてはFUJI ROCK FESTIVALのWHITE STAGEに出演。2020年1月5th ALBUM 狂KLUEをリリース、豊田利晃監督の劇映画「破壊の日」に出演。初のエッセイ「ひかりぼっち」がイーストプレスより発売。ユリイカ2023年4月号にて「マヒトゥ・ザ・ピーポー」特集が組まれた。今作では初監督、脚本、音楽を担当。
文=石橋果奈
撮影=平松市聖
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