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「これは初めてのネタばらし」松本隆が“風街さんぽ”で明かした松田聖子「マイアミ午前5時」の“舞台”

CREA WEB / 2024年11月16日 11時0分

「そろそろランチにしない?」

 筒美京平さんの墓前でセンチメンタルな気分に浸っていたのもつかの間、電池切れとなってしまった松本さんがエネルギー補給を訴えた。

「京平さんとのことを思い出していたら、なんだかお腹が空いちゃった。ペコペコ」

 そんなこともあろうかと、準備万端、松本さん行きつけの葉山の蕎麦店に予約を入れている。「大丈夫です。時間もちょうどいいので、そろそろ向かいましょう」と言うと、松本さんは安堵の表情を見せた。

 何を隠そう、松本さんはお腹が空くと少々機嫌が悪くなる。誰しもがそうだといえば、そうなのだが、こと、食い道楽の松本さんは、適宜「おいしいもの」を補給しないとパタッと動かなくなってしまう。食欲旺盛な75歳なのである。

 鎌倉から葉山へと車を走らせた。


蕎麦を待つ松本隆さん


葉山の堀内にある「惠土」で蕎麦懐石を堪能。松本さんは「おいしい店」をGoogleマップで発見することが多いそう。「だいたいカンで見つけるんだけど、当たることが多いよ」

 松本さんは2000年代のある時期、東京の自宅とは別に鎌倉にも家を借りていたことがある。雪ノ下と小町に都合4年ほど住み、2010年代初頭には江ノ島を望む片瀬海岸にも住んだ。ゆえに、湘南地区の地理にやたら詳しく、地元民のわたし(実はわたしは鎌倉育ち。近年再び実家に戻った)もよく知らないおいしいお店をよく知っている。

「だから、もちろん、湘南を舞台にした歌も結構あるんだ」と松本さん。

 ああ、確かに。石川秀美の「ゆ・れ・て湘南」(82年)はタイトルからしてズバリそうだし、松田聖子の「赤いスイートピー」(82年)の冒頭、「春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ」は、東京から熱海・沼津間を走っていたオレンジと緑のボディの湘南電車と、鎌倉・藤沢間を走る江ノ電のイメージをミックスしたものだと松本さんは以前語っていた。綾瀬はるかの「マーガレット」(2010年)もそうだ。歌詞に江ノ電が登場する。

『Tシャツに口紅』舞台の葉山の森戸海岸へ

「あと、ラッツ&スターの『Tシャツに口紅』(83年)は葉山の森戸海岸。海に向かって防波堤がまっすぐ突き出ているんだけど、それが歌の舞台になっている。ここから近いから、あとでブラッと散策してみようよ」


葉山の森戸海岸へ。天気が良ければ富士山もよく見える。海岸のそばには森戸神社もある。

夜明けだね 青から赤へ
色うつろう空
お前を抱きしめて

別れるの?って 真剣に聞くなよ
でも波の音が
やけに静かすぎるね

色褪せたTシャツに口紅
泣かない君が 泣けない俺を
見つめる 鴎が驚いたように
埠頭から飛び立つ
――「Tシャツに口紅」(作曲:大滝詠一)

 昼食後、森戸海岸へ行くと、季節外れの浜辺は閑散としていた。お目当ての防波堤には、釣り人の姿がちらほら見える。どうやら立ち入り禁止ではなさそうだ。とはいえ、足場は相当悪い。一歩間違えば海に落ちてしまいそう。しかし、怯むわたしを置いて、松本さんはひょいひょいと軽い足取りで進んでいく。

「ど、どうですか? 大丈夫ですか?」。足がすくみ、前進するのをやめたわたしは、少し離れた場所から松本さんに声をかける。松本さんは、「うん。いい眺めだよ」とのんきに答えた。

「昔は砂浜がもっと広かった気がするんだけど。向こうにある一色海岸も歌のイメージになってるんだ。大滝さんが歌った『雨のウエンズデイ』(82年)。次はそっちにも行ってみよう」


ちょっとしたスリルを味わいながらで森戸海岸の埠頭に立つ。

 一色海岸は森戸海岸線を少し南下した所にあり、葉山の御用邸につながる海岸だ。この辺のビーチの中ではいちばん海の透明度が高く、「世界ベスト100ビーチ」にも選ばれているという。海岸を一望できる長者ヶ崎から見下ろしてみた。「こっちにもよく遊びに来たんだよね」と松本さんは目を細める。

 ここでわたしはふと気づく。松本さんの歌に登場する湘南は、1980年代の楽曲に集中している。実際に松本さんが居住していた時期よりずっと前に書かれたものだ。ということは。

「そう。ぼくの湘南通いは高校生の頃から始まっている。時代でいえば60年代半ば。クラスメイトが免許を取ったから(注:昔は16歳で軽自動車の運転免許を取得することができる『軽免許制度』があった。68年に廃止)、彼の運転するスバル360にみんなで乗ってよく来てたんだ。そして、昔は砂浜も広かったし軽自動車で走ることもできたんだ。でも、スバルは丸っこいからすぐ転がっちゃうの。ゴロゴロゴロって(笑)」

 そういう話を聞くと、石原裕次郎や加山雄三の映画を思い浮かべてしまう。葉山を舞台にした狂った果実の太陽族とか、砂浜でマドンナに弾き語りを聴かせる若大将とか。

「きみ、それは時代が古いよ(笑)。まあ、二人とも慶應の先輩なんだけどさ」

「これは初めてのネタばらし」


一色海岸には青春時代の思い出がつまっている。

 海辺の恋は?

「あったかもね(笑)。でも、夏の恋だから。秋になると別れちゃう。それで歌ができるわけだ」

 なるほど。じゃあ、やっぱり、松本さん自身の体験を重ね合わせつつ?

「もちろん、それをそのまま書くわけじゃないよ。あくまでイメージ。ただ、ぼくは、そういったネタは全部中高、大学生ぐらいまでのことがベース。それをちょっとずつちょっとずつ使って80年代末まで乗り切った。だからその後はスッカラカンになったけどね(笑)」

壊れかけたワーゲンの
ボンネットに腰かけて
何か少し喋りなよ
静かすぎるから

海が見たいわって言い出したのは君の方さ
降る雨は菫色 Tシャツも濡れたまま
wow wow Wednesday
――「雨のウエンズデイ」(作曲:大滝詠一)

 一色海岸は大学生時代によく訪れたと松本さんは言う。

「その頃、細野さんと一緒にバーンズというアマチュアバンドをやっていて。夏になると海の家でよく演奏してたんだ。客なんて4~5人しかいなかったな(笑)。だから、『雨のウエンズデイ』に出てくる『壊れかけたワーゲン』はバーンズのメンバーの愛車がイメージになってる」

 大滝さんのサウンドもあいまって、ハワイのような、南国リゾート地のワーゲンをわたしは想像していたけれど、「長者ヶ崎の駐車場だから」と松本さんは笑った。


青春の思い出がヒットソングに生まれ変わっていった。

「だいたい、専業作詞家になってからは、どこかへ遊びに行く時間なんて全然なかった。『明日の朝までに1曲お願いします』ということの連続だから、そういった学生時代の経験や記憶を小出しにして切り貼りして想像を膨らませるしかなかったんだ。じゃあ、もうひとつ、面白いネタばらしをしてあげようか。松田聖子の『マイアミ午前5時』(83年)の舞台はどこだと思う?」

 え、マイアミ……じゃないんですか?

「ふふふ」

海辺の三叉路を横切って
タクシーだけ待ってたの


(中略)

マイアミの午前5時
ブルー・グレイの海の
煙るような夜明けを
あなたも忘れないで

――「マイアミ午前5時」(作曲:来生たかお)

「あそこだよ」

 と、松本さんが指さす方向を見ると、葉山御用邸前の三叉路が。ああ、確かに! 歌の通り「海辺の三叉路」がそこにはある。

「とうとう言っちゃった。これは初めてのネタばらし(笑)」


ここが「マイアミ」の三叉路だった。

 聖子ちゃんファンにとっては『スラムダンク』なみの聖地になってしまうかもしれませんね。

「あはははは」

 松本さん、ほかに聖地はありませんか。この際ですからめぐってしまいましょう。

「じゃあ、これよりもう少し先、秋谷海岸まで足を延ばしてみようか」

細野さんが不機嫌そうな顔をして出てきたんだ

 ということで、「マイアミ」の三叉路から海岸線をさらに南下、横須賀市の秋谷海岸へ。

「実は、秋谷には細野さんの家があったんだ。夏の間だけ借りていた家。学生時代、ぼくは一人でこの辺に遊びに来たことがあって、森戸のほうから、てくてく秋谷まで歩いてきた。そうだ、この辺に細野さんの家があるはずだ。そう思って訪ねてみたんだ。

 すると、細野さんがものすごく不機嫌そうな顔をして出てきたんだ。『なにしに来たんだ!』って。『この辺に来たから寄ってみたんだけど』って言ったら、『帰れよ!』って追い返されちゃった。たぶん、女の子と一緒にいたんだと思う……なんて話をしたら細野さんに怒られるかな。50年以上前の話だからお許し願おう(笑)。

 秋谷海岸もいくつかの歌の元になっていて。吉田拓郎の『サマータイムブルースが聴こえる』(81年)もそうだし、南佳孝の『スタンダード・ナンバー』と薬師丸ひろ子の『メイン・テーマ』(84年)もそう。『スタンダード・ナンバー』と『メイン・テーマ』は、メロディーは同じで、詞がそれぞれ男目線、女目線になっているんだけど、これは、完全に秋谷海岸の駐車場に車を停めて、というイメージ。

 というのも、作詞の仕事がものすごく忙しかったとき、どこにも遊びに行くことができず、唯一の楽しみが夜のドライブで、この辺にフラッとくることが多かったんだ。都内からだと第三京浜と横横線で1時間ちょっとで着く。それで、海岸沿いの駐車場に車を停め、海をボーッと眺めながら、イップク、ということをよくしてたんだ」


秋谷海岸を歩く松本さん。

時は忍び足で 心を横切るよ
何か話しかけてくれないか
あっけないKISSのあと
ヘッドライトを消して
猫のように眠る月を見た
――「スタンダード・ナンバー」(作曲:南佳孝)

時は忍び足で 心を横切るの
もう話す言葉も浮かばない
あっけないKISSのあと
ヘッドライト点して
蝶のように跳ねる波を見た
――「メイン・テーマ」(作曲:南佳孝)


松本隆(まつもと・たかし)

1970年にロックバンド「はっぴいえんど」のドラマー兼作詞家としてデビュー。解散後は専業作詞家に。手がけた作品は2,000曲以上にもおよぶ。

文=辛島いづみ
撮影=平松市聖

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