続々・ネットで議論の相手をされない人々のパターン

ガジェット通信 / 2013年3月11日 16時0分

続々・ネットで議論の相手をされない人々のパターン

今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

■続々・ネットで議論の相手をされない人々のパターン

一つ前のエントリに、典型的な「議論が下手」なタイプの人がはてブでコメントをつけていた。俺がサッカーを例に出したら、サッカーなら審判に退場を言い渡されるような議論をする人が多い、と。

まさにこういう主張をする人が多い。サッカーなら確かに審判がいるが、一方のチームが審判をするわけではない。当たり前だ。ところがこういう主張をする人は自分の中に「俺ルール」を持っていて、それに照らして「審判がいれば、絶対相手は退場になるはず」という思考をする。

そういう人にいいたい。「あなたは審判ではない」と。よくスポーツでも審判の判定に納得できず「あれは絶対、アウトだ」とか言うファンが少なくない。つまり彼らの頭の中には自分の都合のいい審判がが存在し、その審判ならこう判断するに違いない、と言ってるわけだ。

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ちょっとまえに芸能人同士が行うゲームで、最終段階で挑戦をせずに、その時までに獲得した賞金をゲットして終わりにした芸能人が非難された。

ルールとしてはそれが認められているにもかかわらず、「それじゃ番組が盛り上がらないだろ」といった批判だ。まあこれはあくまでバラエティであって、形式的なルールとしては認められていても、事実上最後まで挑戦し続けることが不文律として決まっているというのはあるかもしれない。

スポーツでも逃げまわるだけで、あまりに戦意が見られないような戦い方をするとペナルティをとられるルールもあったように思う。

こうしたものは不文律を含めて、それがルールなのだから、問題ない。しかし不文律を含めて、どこにもないような「俺ルール」を勝手に想定し、ルール違反だと相手を非難したらだめだろう。

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以前のエントリでも述べたが議論の強者はどんなルールの下でも強い。それは何がルールかをきちんと把握し、それを上手に利用するからだ。一方弱者は逆で「俺ルール」を持ち出すことが多い。

対戦ゲームなどで、セコセコと逃げまわり、こっちが焦って攻撃をすると、チクチクと僅かな隙をついて、小さなダメージを積み重ね、最終的に勝つ。そんな戦法をとる人間がいるけれど、ゲームのルールとしてそれが認められている以上は、しかたのないこと。

それに対して「そんな卑怯な戦い方はモラル違反だ」とか言い出すのが弱者。まあ気持ちはわからないでもないが、いくら相手をそうやって「俺ルール」で非難したところで、自分のゲームの腕前が上達するわけではない。気持ちはわかるけどね~(笑)。

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というわけで議論が下手な人間というのは、自己中心的なタイプが多いと思う。なのにどういうわけか自覚がなく、むしろ相手をモラルのない人間だと非難する。まあ自己中な人間というのはそういうものかもしれないが。

俺ルールを持ち出すのが絶対ダメだとは言わないけどね。でもその場合そのルールが妥当だということを自力で説得しなければならない。たいていの場合この試みは失敗する。当然だ、同意するならそもそもそういう行為をしないわけで。

桁外れに議論に強い人間なら説得して俺ルールを相手に押し付けてしまうことも可能かもしれないが、弱者がやったらほぼ確実に失敗する。まずはそんな超上級者の技にチャレンジするのではなく、基本的な戦い方をマスターすべき。つまり「俺ルール」なしに勝てるように精進すべき。

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「常識」とか「良識」を安易に持ち出して、それに頼った議論をするのも弱者の特徴。いや常識や良識の中身を、相手が説明を求めればきちんと説得力のある形で説明できるならいいと思うよ。

毎回同じ事を説明する手間を省くために、一般に○○は常識だと言われている、と語るならいい。それで相手が納得するなら手間が省けるからね。しかし相手が納得しない場合は、なぜ○○なのかを自分の言葉で説明できなければならない。

たとえば「議論で相手の揚げ足を取るのはモラルに反する」と主張したとする。相手が「確かにそうですね」と同意すればそれでいい。しかし「なんで揚げ足を取るのがいけないんですか?」と相手が行ってきたら、「それはこれこれこういうわけだ」ときちんと説明できなければならない。

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それができないのに安易に常識とか良識とかを持ち出すから、相手を「常識がない!良識に欠ける」と非難するしかなくなる。議論に弱い人は、常識や良識という言葉を持ち出さずに議論する練習から始めるべき。

数学の定理とかと同じだと思うんだよね。これは○○の定理により~という時、求められれば○○の定理が正しいことを自力で証明できなければならない。単に暗記しているだけではダメなのだ。「○○の定理って正しいんですか?」と言われた時「馬鹿、そんなの常識じゃないか!」ではダメなのだ。

でも議論が弱い人というのは、定理を丸暗記しているだけなのか、ちゃんと中身を理解した上で使っているのか区別が付けられない。一見表面的には同じように見えるからね。なので自分と相手の実力の差がなかなか実感できない。

んで、「理解した上で喋ってるんだろうな」と思って聞いてたら、実は全然理解しておらず表面的な付け焼刃の知識だけで喋っていたことがわかると、思わず「予想外の馬鹿」と口にしたくなるわけだ(苦笑)。

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定理を理解している人だって、暇じゃないから毎回「その定理が正しいことを証明せよ」と要求されたら、「いや、ちょっと」と答えるだろう。だからなおさら素人には両者を区別するのが難しいかもしれない。これは相手の他の発言の深さから推測するしかないことも多々ある。

氷山の一角というか、海面に見えている部分だけなら、それほど両者に差がないように見える。でも普段は見えない海面下まで比較すると、もうまったく太刀打ちできないレベルの差がある。強者の見えてる部分だけ真似しても強くはなれない。強くなりたいなら海面下の部分の方を注視し、それを真似するように心がけるべき。

格上の人間とどうせ議論するなら、そういう部分(相手がそれぞれの概念をどう定義して使っているか、とか)を学ぶべきだと思うんだよね。自分が曖昧で漠然とした意味でしか考えていなかったものを、相手は意外とビシっとした意味で使っていたりする。そっくり真似しろとは言わないが、自分も最終的にはそのレベルの精度で自分なりの定義ができるようにならないと、そいつには勝てないということ。

「1+1=2」を証明するのに数百ページかかるという。時間さえ与えればそれができる人間と、「小学校で習ったから」で満足している人間が戦って、後者が勝てるわけがない。誰もがそうなるように頑張れとは言わないよ。勝てないからといってヒステリーを起こすのは不毛だということ。実力の差なのだから仕方ないと諦めるべきだし、諦められないなら、やっぱ努力するしかないだろう。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年03月08日時点のものです。

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