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最終節のブーイングは「去り際かなと…」酒井高徳を直撃、日本復帰の可能性は?

ゲキサカ / 2019年6月6日 23時13分

―代表から退くという考えはロシアW杯のベルギー戦のあとに出てきたのでしょうか。
「W杯の前からですね。日本代表で試合に出ること、スタメンになること、W杯に出ることを常に意識してやってきた中で、自分が思い描く活躍と自分がいる現状にギャップを感じていました。W杯には本当に行きたかったし、何かを成し遂げたかった。23人のメンバーに入るために全身全霊で4年間やってきて、そのW杯の結果次第では、という気持ちは持っていました。ロシアW杯でもなかなか試合に出られませんでしたが、(サポートメンバーだった10年南アフリカW杯、メンバー入りした14年ブラジルW杯を含め)過去のW杯を見てきて、23人の選手がどうまとまっていかないといけないかは僕が一番分かっているつもりだったので、その中で自分の役割を全うしました。西野さん(西野朗前監督)のプレゼントではないですけど、そういう自分の姿勢を評価してもらって、本職ではなかったものの、(グループリーグ最終戦の)ポーランド戦に出させてもらいました。その試合で負けてしまったことも自分の中で堪えたというか、(会場からブーイングを浴びた)試合終盤のボール回しの件も含めて、そういう状況にならざるを得ないシチュエーションに僕らがしてしまったことが悔しかった。みんなが頑張って望みをつないできたそれまでの2試合があって、ここで奮起しないといけない選手たちがすでに(グループリーグ突破の)望みがないチームに負けてしまったことが悔しくて、次のベルギー戦が終わったときに『もう十分にやっただろう』と、自分の中で切れたものがあったのは確かです」

―ポーランド戦では先発6人を入れ替え、酒井選手は本職ではない右サイドハーフで先発しました。引き分け以上で自力突破が決まる試合だったとはいえ、難しいシチュエーションだったと思います。
「それでも完璧にこなしたいタイプだったので、逆にそれがよくなかったのかなと思っています。もっと本能的にプレーできればよかったけど、試合中にいろんなことを考えすぎたのかもしれません。ただ、一つだけ決めていたのは絶対に俺のサイドからはやらせないぞということ。(酒井)宏樹と俺で絶対に守ると。宏樹は次の試合にも出る可能性が高い選手だと思っていたので、試合前に『お前は楽をしろ。俺が死ぬまで走るから』と言っていました。『俺がプレッシャーにも行けるところまで行くから。その代わり攻撃のときはサポートしてね』と。守備で負担はかけたくないと思っていたので、『俺が走るから任せろ』と試合前から話していました」

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