老親介護の兄「自宅を離れたくない」、別居の弟「遺産はキッチリ分けてもらう」…手詰まりとなった難問に、通りがかりの〈救いの神〉がもたらした妙案【弁護士が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年3月7日 14時15分
(※画像はイメージです/PIXTA)
相続において「不動産はあるが、現金がない」というケースはトラブルになりやすく、注意が必要です。ここでは、調停寸前まで揉めて膠着状態となった難問に、想定外の打開策がもたらされたケースを紹介します。不動産と相続を専門に取り扱う、山村暢彦弁護士が解説します。
法定通りの遺産分割なら、介護に尽くした長男が家を失う…
60代の男性が、筆者の元へ相談に訪れました。
「父が亡くなり相続が発生したのですが、2人の弟とトラブルになっています。弟たちは弁護士を立ててきて、私だけでは対処できません…」
話を聞いたところ、父親は遺言書を残しておらず、相続財産がほとんどすべて不動産であるため、3人の相続人への平等な相続が難航しているというのです。
相談者の方は3人兄弟の長男で、結婚後も横浜市にある実家で両親と同居してきました。2人いる弟は、いずれも就職時に家を離れ、その後は結婚して都内にマイホームを建てています。相談者の方の母親は3年前に亡くなっています。
相談者の方の亡くなった父親は、地主の家系の出身で、複数の不動産を所有していました。しかし、3人の息子たちの教育資金や、夫婦の老後の生活費にたくさんのお金を費やしており、相続財産としてはほとんど残っていませんでした。
所有する不動産の詳細は、自宅のほか、築年数・規模・収益が異なる2棟の賃貸アパートです。
「私は両親からずっと〈長男なのだから〉といわれ、さまざまな制約を受けてきました。そのため、結婚後もずっと両親と同居し、両親が高齢になってからは、妻と2人で介護もしてきました。それだけでなく、実家近くの父のアパートの管理も、すべて任されてきたのです」
「弟たちは実家を離れ、自由に生活をしてきました。当然、両親の介護は一切していません。そんな弟たちからは〈相続は平等〉といわれ、納得できない気持ちはあるのですが…」
父親は、口頭では「すべてを長男に」といっていたものの、遺言書を残すといった対策は取っていませんでした。そのため、長男も「悔しいが、遺産分割はやむを得ない」と考えています。
「私は、長年住み慣れた自宅を相続したいと考えています。2人の弟は〈不動産はいらない、現金がほしい〉といっていて、その点は全員が納得しているのですが…」
問題となっているのは、2人の弟に支払う「代償金」です。相続財産には、ほとんど現金がないからです。
二男と三男は、不動産の評価額の1/3に該当する金額をキッチリ払ってもらいたいと主張しています。
相談者の方が生活拠点となっている実家を手放したくないのは当然なのですが、2棟のアパートのうちの1棟は、築古で収益が低く、収益物件として機能しているのは15年前に建築された1棟だけです。しかし、この2棟を手放しても、代償金の支払金額には届きません。2人の弟が主張する代償金を支払うには、自宅不動産の売却が必要なのです。
弟たちが立てた弁護士に「不動産売却」を迫られ…
この「代償金の捻出」は、非常に頭の痛い問題でした。数字に基づき不動産評価額を算出し、1/3に該当する金額を弟たちに支払う…という方法は現実的に難しく、また、相談者の方はすでに定年退職しており、金融機関から資金を借りることもできません。
筆者は、不動産価格の再評価や、長男家族の両親への介護の寄与分を算出するなど、あらゆる方法を検討しましたが、自宅を残して代償金を払うのは、どうしても無理な状況でした。
弟たちの弁護士からは、不動産の売却による代償金の捻出を迫られていました。筆者も手詰まりとなってしまい、頭を抱えましたが、親の介護に尽くして60歳を超えた依頼者が、住まいを追われるのは、あまりに気の毒です。
もし家を手放せば、いまから賃貸マンション等に住み替えるしかなく、もし収益物件を手元に残せたとしても、修繕費や賃借人募集の費用が必要であることから、将来の金銭的な不安が残ります。
偶然訪れた不動産会社社長の提案が解決策に
ところが、筆者が眠れないほど悩んだこの案件に予想外の解決策が見つかりました。
事務所の外で相談者の方と会っていたところ、たまたま共通の知り合いの不動産会社社長が、そこを通りかかったのです。
「久しぶり!」という挨拶から、話の流れで不動産会社の社長に事情を説明したところ、意外な言葉が出てきました。
「それなら、いまの自宅を建て直し、賃貸併用住宅にするのはどうですか?」
賃貸併用住宅とは、建物のワンフロアをオーナーの住居とし、ほかのフロアに1ルームアパートを複数作って賃貸に出すスタイルの建物です。
賃貸併用住宅は、賃貸部分の収入で建築費等を返済していけるほか、実家を賃貸併用住宅に建て直す際、相手方に支払う代償金についても、銀行から融資が引けることが判明しました。
賃貸併用住宅には「事業用ローン」が使えるのですが、これは住宅ローンとちがい、物件の収益性で融資判断を行うため、高齢でも融資を受けることが可能です。建築費の支出は賃貸部分から回収します。
当時は融資情勢がよかったのも幸運でしたが、たまたま通りかかった不動産会社の社長の提案で、すべてが収まるべきところに収まったのは驚きでした。
最初は筆者も半信半疑だった社長の提案ですが、数字を詳細に検証したところ、これ以外に方法がない良策だとわかり、思わずうなりました。法律だけではどうにも対処しきれなかったこの案件が、不動産を活用したことで、相続人全員が納得できる着地となったのです。
相談者の方は「社長はまさに、救いの神でしたね。亡くなった両親が、めぐり合わせてくれたのかも…」と、感慨深くおっしゃっていました。
不動産は相続トラブルになりやすく、ときに親族関係が壊れる原因になることもあります。ところが、工夫次第では「ウルトラC」ともいえる選択肢を編み出せることもあるのです。それこそが不動産の相続案件の特色であり、興味深いところだといえるでしょう。
(※守秘義務の関係上、実際の事例と変更している部分があります。)
山村法律事務所
代表弁護士 山村暢彦
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