頻発する“悪質M&A”…売り手オーナーが知るべき「トラブル回避策」とは【M&A支援のプロが解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2025年1月11日 9時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
悪質な買い手企業へ事業を売却してしまった結果、売り手オーナーがトラブルに巻き込まれる事例が数多く報道されています。その数は実に100社以上にのぼり、関与したM&A仲介会社も実名で報じられ、業界を揺るがす事態に発展しています。本稿にて、報道されているトラブルの実態と、売り手オーナーが取るべき対策を見ていきましょう。M&A支援を行う作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)が解説します。
中小M&Aで頻発するトラブルの構図
報道されているトラブルの特徴は、買い手が対象企業の現預金の引き抜きを目的として買収を行うものです。現預金を引き抜かれた対象企業は資金繰りが悪化し、倒産する事例も報じられています。一方で、買い手はさまざまな理由をつけて買収後も経営者保証の切り替えを履行せず、売り手オーナーには、資金繰りが悪化した対象会社の借入金に対する債務保証が残されていました。
報道されている個々のトラブル事例を見ていくと、さらにその特徴が明らかになってきます。
1つめの特徴は、買い手の目的でもあるとおり、譲渡金額に対して多額の資金が対象会社から引き抜かれている点です。譲渡金額をはるかに上回る資金が引き抜かれているケースも散見されます。東洋経済のルシアンホールディングス幹部へのインタビューでは、「資金を回すためには買収した会社の現預金を引き抜く以外に方法がなく、案件を紹介してくれるM&A仲介会社との関係を維持することが絶対条件であった」という異常な実態も語られています。
2つめの特徴は、譲渡対価の相当部分が退職金など後払いとされていた点です。買い手が取引時に支払う対価を低く抑える目的で後払い部分を多額に設計していたものと考えられますが、結果として退職金が支払われていないケースも散見されます。
3つめの特徴は、買い手との初回面談からM&Aの成約までの期間が極めて短いことで、2~3ヵ月で成約に至っているケースが目立ちます。このような短期間となれば、デュー・デリジェンスや当事者間の条件交渉は十分に行っていなかったものと想像できます。現に、トウキョウファーム代表が朝日新聞の取材に答えるなかで、「デュー・デリジェンスはせず当たり外れもあった」、「契約書はネット上のひな形や仲介会社に割とまかせて作ったものであった」と供述しています。
後述しますが、デュー・デリジェンスの実施は、買い手のリスク管理の観点からはもちろんのこと、売り手の利益を守るためにも極めて重要なことです。成約スピードを謳うM&A仲介サービスには特にご注意ください。
トラブルが誘発される背景・原因
中小M&Aにおいてこうしたトラブルが頻発する背景や原因には、何があるのでしょう。
原因の一つは、M&A仲介サービスの構造上の問題でしょう。これまで本連載で見てきたとおり、M&A仲介サービスは中立の立場で売り手・買い手をマッチングするサービスです。当事者の立場から交渉やM&Aプロセスを支援してくれる機能はありません。上述のとおり、そのことを極めて短い成約期間が物語っているといえます。
また、売り手・買い手双方を支援するM&A仲介会社の担当者が成約を優先させるための情報操作を行いうる立場にあることも、トラブルを助長しうるポイントです。特に、M&A仲介担当者は1件案件を成約させると高額な成約ボーナスを受け取れる設計になっており、顧客ではなく仲介会社の利益を優先するリスクを助長しているといえます。こうした環境によって、とにかく仲介担当者にとっては案件の成約が最優先となる結果、案件スピードが最重視され、成約後のことは知らないといわんばかりにデュー・デリジェンスや契約交渉をないがしろにする事態が生じます。売り手にとっては重大な回収リスクが生じるにも関わらず、安易に退職金を活用するなどして対価の後払いを提案して案件をまとめにいこうとする誘因も生じやすいところです。
また、悪質な買い手であるにもかかわらず、M&A仲介会社から多数の売り案件が紹介され続けていた状況も大きな問題でした。成約すれば多額の仲介手数料が得られる仲介会社と、資金繰りを保つために買収を繰り返さなければならない悪質な買い手の利害が一致していた状況といえるでしょう。仲介会社からしてみれば何度も買収を繰り返すストロング・バイヤーは上顧客ですから、悪質性を疑いにくい関係性であったとも考えられます。なお、こうしたトラブルが頻発したことを受け、中小M&Aガイドラインでは、M&A支援業者に買い手が最終契約を履行し、事業を引き継ぐ意思・能力を有するかを調査するよう求める改訂を行っています。
なお、経営者保証の解除や切り替えはM&Aの当事者ではない金融機関が関与する問題であるため、譲渡後の買い手による経営者保証の解除や切り替えは、契約書において努力義務になりがちです。ここにも本質的にトラブルになりやすい状況が存在します。売り手の利益を考えれば、買い手の経営引き継ぎの意思や能力に関する調査に加えて、経営者保証の解除や買い手への経営者保証の切り替えについて事前に金融機関に照会することも、選択肢として検討する余地があります。この点、報道されているトラブル事例をめぐっては、仲介会社が売り手オーナーに対して金融機関に事前照会をしないよう依頼していた事実も報じられています。
売り手がトラブルを回避するための対策
こうしたトラブル事例を踏まえて、売り手オーナーはどのような対策を取るべきでしょうか。
〈専門家による支援体制について〉
●M&A仲介サービスとFAサービスの違いを理解する
売り手オーナーは、大前提としてM&A仲介サービスが中立の立場から支援を提供するサービスであることを理解したうえでサービスを利用しなければなりません。売り手オーナーとして、間に入る業者に自分の利益やメリットを考えた支援をしてほしいと希望するのは当然のことです。こうした期待に応えてくれるサービスとしてM&A仲介サービスを利用してしまうと、売り手オーナーのサービスに対する期待と、M&A仲介サービスが提供できる機能との間に大きな乖離が生じてしまい、ひいてはそれがトラブルの温床となります。
売り手の利益を守り、追求する機能を求めるのであればFAサービスを利用するべきです。ただし、中小M&AにおいてはFAのサービス品質もまだまだ改善の余地があると感じています。FAだからといって手放しに任せることなく、「本当に専門家としての能力・経験は十分か?」という慎重なスタンスで提案を聞くべきでしょう。
●弁護士も必ず任用する
また、弁護士も必ず任用するべきです。費用もかかるし、M&A仲介会社が書類作成も引き受けてくれるからといって弁護士を任用していないケースが散見されますが、極めてリスクの高い行為です。後々のトラブルを避け、自分の身を守るための重要な支出と位置づけて、しっかり弁護士にも関与してもらって事業売却を進めましょう。
ただ、弁護士であっても、M&A領域の実務経験が乏しい場合やM&A仲介会社の案件支援しか経験のない弁護士では、売り手にとっての最善に向けた支援ができない可能性があります。できることなら、FAと一緒にM&Aを支援した経験のある弁護士を任用することをおすすめします。
〈案件進行中の対策〉
●買い手に対する不安がある場合
M&A支援業者などから紹介された買い手の情報が少なく、不安を感じる場合もあるでしょう。前述のとおり、中小M&AガイドラインはM&A支援業者に、買い手が対象事業を引き継ぐ意思・能力を有しているかを確認および調査をするよう求めています。買い手の実態等について不安がある場合には、M&A支援業者に買い手企業に関する調査結果について説明を求めるとよいでしょう。
関連して、経営者保証の解除や切り替えに関して不安がある場合もあるかもしれません。経営者保証の解除や切り替えについては、買い手の義務を契約書に明記する対応(ただし努力義務となる可能性が高いことは前述のとおり)に加え、前述のように事前に金融機関に相談することも選択肢として検討する余地があります。中小M&Aガイドラインは、売り手が経営者保証について士業等専門家や金融機関等に相談を希望する場合には、M&A支援業者にその実施を拒まないよう求めています。
●M&A支援業者の進め方に不安がある場合
売却活動を進めるなかでM&A支援業者の進め方に不安を感じる場合には、他のM&A支援業者の意見を聞いてみることも有益です。中小M&Aガイドラインは売り手が他のM&A支援業者にセカンド・オピニオンを求めることを許容するよう求めています。セカンド・オピニオンの照会先としては、利益相反がなく、顧客の利益追求を業務としているFAがよいでしょう。
「いついつまでにM&Aを完了できないのであれば、買い手が降りるといっている」などとM&A支援業者が取引を急かしてくる場合もあるかもしれません。そうした場合においても、デュー・デリジェンス(DD)は省略してよい手続きではありません。買い手がDDを希望しないからといって情報開示を行わずにM&A取引を行うことは譲渡後のトラブルに繋がりかねません。
売り手の表明保証に関連しては、「DD等で買主が認識していた事項については補償の対象にしない」(アンチ・サンドバッキング条項)の設定も可能です。具体的には、売り手としてDDを通じてしかるべき情報開示を行うことで、買い手が当然に情報を認識していたはずだと言える状況を作り、株式譲渡契約書のなかで売り手のリスクを限定する対応を指します。そもそもデュー・デリジェンスを蔑ろにする買い手はリスクが高いもので、取引を避けるべきと心得ておきましょう。
補償条項に関しては、期間や上限金額、範囲などについて買い手と交渉を行うべき内容です。M&A仲介会社から、「条件の相場はこんなものだから」などといって、仲介会社の株式譲渡契約書のひな形の利用を提案されても、そのまま利用することは避けるべきです。多くのトラブル事例が、十分な条件交渉を行わずに1~3ヵ月というスピード感で成約していった事実を忘れず、FA・弁護士を任用して、買い手と十分な交渉を行いましょう。
●後払いについて
報道されているトラブル事例を通じて見てきたとおり、退職金や対価の後払いをめぐって多くのトラブルが発生しています。M&Aの対価を抑えるため、買い手やM&A仲介会社が役員退職金の後払いやアーンアウト(条件達成時の追加支払い)を提案してくる場合がありますが、支払われないリスクが相応に存在することを理解し、採用にあたっては慎重な判断をするようにしましょう。応諾する場合には、後払い対価に対応する仲介手数料についても後払いにしてもらうことも検討するべきでしょう。
作田 隆吉
オーナーズ株式会社 代表取締役社長
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