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「石原慎太郎さんとの私的な思い出4」 続:身捨つるほどの祖国はありや 17

Japan In-depth / 2022年5月13日 11時0分

平川先生の紹介を見るや、私は早速その「突出して高い」本を買い求めた。1万1,000円だった。


賀屋興宣については、石原さん自身が、『私の好きな日本人』(幻冬舎 2008年)で尊敬心を吐露している。日本史のなかから、織田信長を始め10人だけ選んだその一人としてである。「巨きなリアリスト」と副題がついている。


最近書かれた『死者との対話』(文藝春秋社2020年)所収の『死線を越えて』(『文学界』2017年10月号)でも、石原さんは、「私が政治家の中でただ一人私淑した無類のリアリスト」と評している。(164頁)


私は石原さんと賀屋興宣の話をしただろうか?記憶はよみがえってこない。賀屋興宣についての会話はあったかもしれないが、悲しいかな、おぼえていないのだ。日本が桁違いの国力のあるアメリカと3年も戦うことができたのは大蔵大臣だった賀屋興宣の力なんだよと石原さんに教えてもらったような気がしないでもない。誰かにそう言われたことだけは確かなので、やはり石原さんしかいないのかもしれない。考えてみれば、本をたくさん出している石原さんとは、二人でいた時に出た話なのか、石原さんが本に書いていたのを私が読んだだけで、実際に面と向かって二人で話したことではないのか、いまとなっては混然としてはっきりしないことがあるのだ。


いや、私は石原さんの『公人』という題の短編小説の話を、石原さんと直接にした気がする。私はあの小説は石原さんにしか書けないものだなと読んだ時から心に刻んでいたから、初めてお会いしたときに話していても少しも不思議ではない。


『公人』というのは、こんな稀有な純愛物語だ。(『遭難者』 新潮社 1992年所収 『文芸』誌 昭和48年1月号初出)


賀屋興宣と小学校の同級生だった美しい女生徒との間での、生涯にわたるプラトニックな恋愛関係が主題である。小学校を卒業してから長い間、一度も顔を合わせることのないままに、女性は賀屋興宣の大蔵官僚としての人事情報を、同じ公務員である旧制高等学校の教師である夫の持ち帰る官報の記載で追いかけ続け、賀屋興宣は賀屋興宣で、ある偶然で早くにその女性の夫が公務員であることを知り、同じように官報でいつも女性のことを、さらにはその夫が亡くなったことを含めて、把握していたというのだ。


そんな奇跡のようなことが本当にあるのだろうか?


しかし、石原さんは、その『私の好きな日本人』のなかで、賀屋興宣がみずから『私の履歴書』に簡潔に「十歳の時同級生の女の子に恋愛感情をいだいた。」と記している部分を引用している。(188頁)その引用は「私はまじめに彼女との結婚を考えたが、とても口にはだせなかった」と続くのだ。


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