平成19年の年賀状 「『我が師 石原慎太郎』、日米半導体戦争、そして失われた30年」・「三回の欠礼、M&Aとコーポレート・ガバナンス、そして人生と仕事」
Japan In-depth / 2023年7月12日 18時0分
だが、私の賀状はその女性には届かない。
にもかかわらず、広島の「小さな橋と細い路地」と書いてある部分を読んでも、誰一人として顔が炎に包まれたような私の衝撃を想像もしないだろう。それでも、あの年末、私はそのように感じて、決定を下したのだろうか。
わからない。たぶん、そんなことではなかったのかもしれない。どうやら、人は自分の過去とそのように曖昧に付き合って生きるしかない生き物のようだ。
「八月。首都高を走っているとなる携帯。」
このことはよく覚えている。今も毎週のようにこの高速のあの部分を通る。そのたびに、ああここだったな、と思い出している。弁護士としての一つの頂点にいたる大きな瞬間だった。
携帯の鳴ったのはレインボーブリッジ方面への芝公園出口の直前だった。車を飛ばしていた私は急いでスピードを緩めて芝公園の出口から車を出し、すぐ脇の道路脇に車を停めた。電話をくれた依頼者に電話を返し、その年の夏休みが消えることになった。「短すぎる夏の煌めき」とは、上の空のうちに過ぎてしまったあの夏のことである。
王子製紙が北越製紙を敵対的に買収するとした公開買付があり、56歳の私は北越製紙の代理人として防衛側に立った。攻防の結果は、王子製紙が諦めて終結に到った。最後にはあっけない展開だった。野村證券がアドバイザーとして王子側についていて、最大級の法律事務所も助言していた。撤退は王子なりに内部的な理由があって、腰砕けのような終わり方を選んだのだろう。あのときもいまも、不可解な点が多い。
渦中にいた私は法廷闘争になることを覚悟していた。どうすれば、どう説明すれば裁判官の琴線に触れることができるのか、裁判官に「なるほど、北越側が勝たないとおかしい」と思ってもらえるのか。それを一心に考えた。考え抜いた。そしてたどり着いたのが、今に続く、株式会社は雇用のためにあるという発想だった。私なりの歴史観、社会観にもとづく株式会社論だ。会社は経営者次第、そしてその会社が社会で存在している意義は雇用を維持・拡大するためだというものだ。株式会社は株主のものではない、人々のためにこそあると結論した。従業員中心は戦後日本の歩みと重なり、今ではマルティプル・ステークホルダー論として世界中で認められている。
その後、ロバート・ライシュの「国の経済は居住する国民のために存在すべきであり、その逆であってはならない。」という言葉に出会ったとき(『格差と民主主義』104頁 東洋経済新報社2015年刊)、私は心から彼に同感することができた。講演の機会があるごとに、この言葉を引用することが多い。
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