平成19年の年賀状 「『我が師 石原慎太郎』、日米半導体戦争、そして失われた30年」・「三回の欠礼、M&Aとコーポレート・ガバナンス、そして人生と仕事」
Japan In-depth / 2023年7月12日 18時0分
なにがあったのだったか?
私にとって、年賀状を皆さんのお手元にお届けする、それも正月元旦に間に合うようにお届けすることはとても大事な、長い間の暮らしの一部であり続けた。長い間、そうだった。初めて購入した自宅、公団のテラスハウスを買った年の年末、毛筆で宛て先と相手の氏名を書くという年賀状書きに追われたのを覚えている。あの回、やっと何千枚かの年賀状を書き終えたときには、もう正月に入っていた。ただ毛筆で書くという作業に執着したばかりに、中身のない「謹賀新年」の賀状を出したのだった。
それでも、「墨痕鮮やかな年賀状をありがとう。」と返してくれた友人がいた。『孵らなかった芸術家の卵』の主人公、元抽象彫刻家、当時ハンコ屋の専務だった高校時代の友人だった。その返事がありがたく、妙に記憶の底に残っている。
ところが不思議なことに、平成18年の賀状を出さない結論に踏み切った原因を思い出すことができない。記憶が欠落している。書いてある文面のどこかがどうにも気に入らなくて止めたのだったと推測してみるのだが、どうにもはっきりしないのだ。
文案には「二月。広島に帰りました。」ともある。なぜ帰郷したのか、いまではもうその理由もわからない。いったいなぜ年賀状を出すのを止めると決断したのか。なにかよほどの理由、経緯があったに違いない。だが、それを今はおぼえていない。では、いつまでは覚えていたのだろうか。もっと以前のことも沢山覚えている。人の記憶というのは、大脳のなかに映画のように順番に映像と音とがつながっているのではないと読んだことがある。回想するたびに記憶を創り出すのだ、とあった。
ひょっとしたら、「二月に広島へ帰りました。原爆ドームの街。私にとっては小さな橋と細い路地の街」とある部分が引っかかったのかもしれない。それが比治山橋という名の木造の細い頼りない細長い橋を指していたことは覚えている。目の前に積み上げられた、印刷済みの文案のその部分を読んで、その橋、細い路地をいっしょに歩いた或る女性の記憶が余りに生々しく蘇ったせいなのかもしれない。
あれは私が中学生の時のことである。つまり、文案のときからそれは40年前のことである。平成18年の年賀状を準備したのは55歳のときである。55歳の、分別ざかりの弁護士は、年賀状の文案を読み直してみて40年以上前の子どもだったころの女性との思い出が突然心のなかにあふれ出し、センチタルな感慨に全身が囚われてしまい、その思いをほんの少しでも表にだすことが恥ずかしくて堪らなくなったということだったのだろうか。
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