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平成25年の年賀状 「10年ひと昔」・「父との生活」

Japan In-depth / 2023年10月12日 22時17分

 





『父との生活』





【まとめ】





・父親にはたくさんのことを教えてもらった。





・「歳よりの気持ちというものは、実際に歳をとってみないとわからないものだ。」





・団塊の世代は、明日は今日よりも豊かになるものと信じて疑いもしなかった。





父親が老人で私が青年だったころのことである。





父親は私によく言って聞かせたものだ。





「歳よりの気持ちというものは、実際に歳をとってみないとわからないものだ。」





そして、





「歳を取るというのは毎年々々なだらかに取っていくのではないんだよ。何年間も少しも変わらないでいる。それで自分は歳を取ることなんか無縁だ、なんて思っていると、ある瞬間に、おやっおかしいな、なにか変だなと思い知らされる。そういうふうに歳というものは階段を下りてゆくように取って行くものなんだよ。」とも。





私は父親が35歳の時の子どもだから、たぶん、父親が今の私くらいだったのだろうか。





一度だけではない。なんども同じことを口にしていた。





その父親は、90歳を過ぎるとよく「もう死なないような気がしてきた。」と述懐し始めた。昔、エッセイストの山本夏彦もそう言っていた。もちろん、二人とも亡くなった。三段論法におけるソクラテスである。人は皆死ぬ。ソクラテスは人である。ゆえにソクラテスは死ぬ。 





そういえば今の私の年齢だったころ、父親は歯の磨き方を若い私に熱心に教えてくれたものだった。





父親は自分の歯が残っていること、20本以上あった、そいつが自慢だった。





「それは偶然じゃないんだよ。こうして――と父親は歯ブラシを手にして口の中で動かしながら――毎回ていねいに磨くことが大切なんだ。」





私は、若者の例に漏れず、聴いているふりをしていただけだったのだろう。年寄の垂れる教訓話というのはそういうものだ。あれは目の前に相手がいて話しているつもりでも、しょせん独り言でしかありえないものなのだろう。





今の私は、父親が教えてくれたようには歯を磨いてはいない。それどころか、どう磨くようにと教えられたのかすら忘れてしまっている。あのときには自分の歯のことなど心配していなかったのだ。





今の私の歯の磨き方は、一度に二通りのやり方を繰り返すのが常だ。一度目は歯と歯肉の間を横に、歯ブラシを斜めに構えて前後に動かして磨く。上、下、それぞれの表と裏とがあるから、それだけで4回。次いで縦に、つまり歯の生えている方向に沿って下から上に、あるいは下から上に、歯ブラシを回転させるように。これも上、下、表、裏とあるから4回である。それがワンセットだ。朝と夜に行う。桃の柔肌を傷つけない程度の圧力で十分だとなにかで読んだことを心がけている。





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