平成25年の年賀状 「10年ひと昔」・「父との生活」
Japan In-depth / 2023年10月12日 22時17分
今の私はもう鉋はもちろん、鋸を使うことも、それどころか鰹節を削ることもない。パックに入った削り済みの鰹節が、それなりに美味しい。時代である。しかし、白衣の料理人が目の前で鰹節を鰹節削り器でゆっくりと薄い天女の羽衣をつくるかのように引いてくれ、たっぷりとあるその削り節をふっくらと炊き上がった白いご飯に載せ、ほんの少しの醤油をたらして食べることがある。そうした一瞬には、日本人にしかわからない美味しさの感覚なのかなと思いながらも、人生はこの悦楽で定義されるんだなと一人納得する。
父親にはたくさんのことを教えてもらった。いっしょに兄の使っていた自転車にペンキを塗りなおしたことがあった。海老茶色のペンキを塗ったのだが、前のペンキを十分に剥がすことを怠ったせいでか、きれいな仕上がりにはならなかった。それでも、私は自分の手で塗り上げた自転車を嬉々として乗り回していたものだ。
父親は昭和10年、1935年に重電製造会社に入社した。20歳だった。「今でいうとソニーみたいな感じかな」と言われたのは、私が子どものころのことだ。本当は東京海上に入りたかったのだが、高等商業で可愛がってくれた先生が、毎年東京海上に一人推薦枠を持っていたので期待していたのだが、どういうわけか「その重電会社は素晴らしい会社だよ」と強く入社を勧めてくれたのでそれに従うしかなかったのだということだった。
さらに、中途で退社して今の一橋大学である東京商科大学へ進学したかったんだと漏らしたこともあった。会社の同僚にはそうやって何年か遅れで一高、今の東大に入った人もいたのだという。父親によれば、一橋からなら外交官になる道が開かれていたので、外交官になりたかったんだよということだった。なんでも、東京商科大学へは父親の卒業した高等商業からは進学の便宜がはかられていのだという。
ところが母親、つまり私の祖母に、やっとここまで苦労を重ねて育てたのだからもう勘弁してくれと泣いてすがるように言われて諦めたとのことだった。
そんな父親だったから、日常、突然フランス語の詩句を口にすることがあった。第二外国語はフランス語だったのだ。
国立の高等商業を出ていたので、早慶などの私立大学出身者よりも2歳若いのに、同じ月75円をもらうことができたのだという。ちなみに東大をでていれば月100円だったそうだ。その他に、軍需景気のおかげで会社はたくさんのボーナスを払ってくれたので、豊かな青春を送ることができた。
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